帯広の森アクアスロン大会 完走記(4)
これまで長い完走記も久しぶりです。ご容赦ください。
午前10時。いよいよスタートである。「ロングとミドルの選手はプールに入ってください。」というアナウンスがある。緊張も高まる。
一斉に選手がプールに入っていく。私のレーンには14人が犇めく。幅1メートルくらいのレーンにである。当然ながら前後となる。「速い人は前に行ってよ~。」とか、「私は最高年齢(後で見たら72歳の方)なので後ろからゆっくり行きますから~。」とか「私は初めてなのでゆっくり行きますから~。」などいろいろと、皆さんが言い合っている。
そんな中、とうとうスタートのポーンという合図。一斉に泳ぎ始めない。速い人は速く。あとでゆっくり行く人はおもむろにスタートするという具合である。
スイムアップのときの、「まあ、何とか泳げるかなあ。」とは思っていたが、ついついスピードアップしたのか、次第に苦しさが微妙に増してくる。でも、無難に100、200と泳ぎ、速い人達が私を追い越していく、あの後でゆっくり行くといっていた登別から来た山さんも追い越していく、最高年齢だと言っていた石さんも追い越していく。おそらく男性のゲッツになったと思われる気がし、次第に焦りと諦めの入り交じった心証の中で泳ぎ続ける。300,400メートルといった時点であと半分である。これからが結構大変。あと半分もあるのかあと思っていた。
先に書いた通りターンはタッチターンで今泳いでいるレーンから隣のレーンにロープをくぐって行かなければならない。結構慣れるまで難しいものである。山さんもタッチして立ってから再度潜ってロープをくぐっているのを一度確認した。なかなか初めてではうまくいかないものである。
このプールは片道50メートルなので、往復すると当然100メートル。これがとってもわかりやすい。いつもの25メートルプールだと2往復で100メートルであるが、何周かしたら今自分がどれだけ泳いだかわからなくなる。ジョグで走っていたとき、走りに無理がかからないのでいろいろなことを考えていたら今自分がどれだけ周回したかわからなくなるようなものである。
それでも大会中に600だったか700だったかがわからなくなっていた。そうしたら、例のペットボトルで叩かれた。「あ~あと1周だあああ!!」。本当にうれしかった。おそらくミドルの皆さんは誰もいないだろう。残っているのはロングの選手と私だけって絵が私の脳裏に付いていた。でも、今回はとにかく完泳、完走だと思い、平常心を保ちつつ(開き直りともいう。)、最後の100に臨んだのである。
そしてようやく800メートル終了。プールの中に何人いるのかも確認する心の余裕もなく、プールから上がり、多くの皆さんの声援の中、プールを出て、受付時に借りたナンバー付きのキャップを回収箱に入れて更衣室へ。スイムタイムは私の時計で23分だった。速いのか遅いのかはわからない(遅いに決まっているが・・・。)。
すぐに選手がやってきた。ロングの選手である。後のアナウンスでロングのこの選手は3位の選手。私が800泳ぎ切る間に、この選手は1500メートルを泳ぎ切ったということになる。鉄人である。私なら単純にこの倍近くの50分くらいだろう。驚きである。
あらかじめ用意していたタオルで身体を簡単に拭き、ゼッケン72番を付けていたTシャツ(洞爺湖の参加賞)を着て、靴下を履き、手袋、キャップをかぶり、サングラスを付けて、シューズとタオルやゴーグルなどを入れたレジ袋(受付時に受領・ナンバー付き)を持って、廊下を走り玄関へ。途中レジ袋を係りの人に預ける。その間、皆さんから拍手とガンバレーの声援。今思い出してもうれしさがこみ上げる。このためにやっているのかもしれないとも思った。
玄関でモタモタしながらシューズを履き、次はランである。ここからは本業と思い、走る始めた。
更に続いてしまいます・・・。すみません。
午前10時。いよいよスタートである。「ロングとミドルの選手はプールに入ってください。」というアナウンスがある。緊張も高まる。
一斉に選手がプールに入っていく。私のレーンには14人が犇めく。幅1メートルくらいのレーンにである。当然ながら前後となる。「速い人は前に行ってよ~。」とか、「私は最高年齢(後で見たら72歳の方)なので後ろからゆっくり行きますから~。」とか「私は初めてなのでゆっくり行きますから~。」などいろいろと、皆さんが言い合っている。
そんな中、とうとうスタートのポーンという合図。一斉に泳ぎ始めない。速い人は速く。あとでゆっくり行く人はおもむろにスタートするという具合である。
スイムアップのときの、「まあ、何とか泳げるかなあ。」とは思っていたが、ついついスピードアップしたのか、次第に苦しさが微妙に増してくる。でも、無難に100、200と泳ぎ、速い人達が私を追い越していく、あの後でゆっくり行くといっていた登別から来た山さんも追い越していく、最高年齢だと言っていた石さんも追い越していく。おそらく男性のゲッツになったと思われる気がし、次第に焦りと諦めの入り交じった心証の中で泳ぎ続ける。300,400メートルといった時点であと半分である。これからが結構大変。あと半分もあるのかあと思っていた。
先に書いた通りターンはタッチターンで今泳いでいるレーンから隣のレーンにロープをくぐって行かなければならない。結構慣れるまで難しいものである。山さんもタッチして立ってから再度潜ってロープをくぐっているのを一度確認した。なかなか初めてではうまくいかないものである。
このプールは片道50メートルなので、往復すると当然100メートル。これがとってもわかりやすい。いつもの25メートルプールだと2往復で100メートルであるが、何周かしたら今自分がどれだけ泳いだかわからなくなる。ジョグで走っていたとき、走りに無理がかからないのでいろいろなことを考えていたら今自分がどれだけ周回したかわからなくなるようなものである。
それでも大会中に600だったか700だったかがわからなくなっていた。そうしたら、例のペットボトルで叩かれた。「あ~あと1周だあああ!!」。本当にうれしかった。おそらくミドルの皆さんは誰もいないだろう。残っているのはロングの選手と私だけって絵が私の脳裏に付いていた。でも、今回はとにかく完泳、完走だと思い、平常心を保ちつつ(開き直りともいう。)、最後の100に臨んだのである。
そしてようやく800メートル終了。プールの中に何人いるのかも確認する心の余裕もなく、プールから上がり、多くの皆さんの声援の中、プールを出て、受付時に借りたナンバー付きのキャップを回収箱に入れて更衣室へ。スイムタイムは私の時計で23分だった。速いのか遅いのかはわからない(遅いに決まっているが・・・。)。
すぐに選手がやってきた。ロングの選手である。後のアナウンスでロングのこの選手は3位の選手。私が800泳ぎ切る間に、この選手は1500メートルを泳ぎ切ったということになる。鉄人である。私なら単純にこの倍近くの50分くらいだろう。驚きである。
あらかじめ用意していたタオルで身体を簡単に拭き、ゼッケン72番を付けていたTシャツ(洞爺湖の参加賞)を着て、靴下を履き、手袋、キャップをかぶり、サングラスを付けて、シューズとタオルやゴーグルなどを入れたレジ袋(受付時に受領・ナンバー付き)を持って、廊下を走り玄関へ。途中レジ袋を係りの人に預ける。その間、皆さんから拍手とガンバレーの声援。今思い出してもうれしさがこみ上げる。このためにやっているのかもしれないとも思った。
玄関でモタモタしながらシューズを履き、次はランである。ここからは本業と思い、走る始めた。
更に続いてしまいます・・・。すみません。