蕨手刀 日本刀の始源に関する一考察
石井昌国 著

 

1966年の本で、たぶん日本刀の成立過程を勉強するうえでの古典的名著なのだと思います。

 

この本を図書館で借りて読んでみました。

 

 

 

 

 

 

60年代の本とは思えないような画像の美しさなども合わせて、名著の名に恥じぬ書籍だと思います。

 

 

この書籍を含めた石井氏の影響の大きさは、現在にいたるまで通説として有名である

 

蕨手刀→毛抜型蕨手刀→毛抜型太刀→日本刀

 

という日本刀の成立過程を広めた事にあるといえます。

 

 

 

この日本刀の発展機序は石井の発案ではなく、昭和23年の大場磐雄博士によるものとのことです。

 

大場博士が毛抜型太刀は奥州に発達した毛抜型透の蕨手刀の変形として起こり、後に武士がこの様式の太刀を佩い用するゆえんは蝦夷の後裔が多く武士に混じったことをしめすものであり、毛抜型太刀こそ「蕨手刀の貴族化」ともいうべきものであろうと論ぜられている

 

と書かれています。

 

この説を精査したうえで研究を重ねブラッシュアップして発表し、通説化したのが石井氏であると言えるのでしょう。

 

 

この書籍を通じて感じるのは、石井氏の尊さです。

 

内容の詳細さ・興味深さもさることながら、研究の真摯さのようなものがにじみ出ているようです。

 

まさに、こういうところが大家の大家たるゆえんなのかもしれません。

 

なんと言いますか、この内容の真偽を疑うなんていうのは不敬なのではないかと思えるほどです。

 

 

石井氏の学説は現在に至るまで大きな影響力を有しています。

 

この説を基に発展させているような話もあり、この説の内容を検証する事で新たな疑義を呈している話もある。

 

いずれにせよ、この書籍の内容は今日に至るまで日本刀の起源の研究のベースとして重要な位置を占めているという事です。

 

間違いのない名著だと思うので興味のある人は図書館で一度見てみると良いと思います。

 

ただ、あまりに偉大な古典的名著だけに60代以上の古い真面目な愛刀家はこの書籍の知識がベースになっていてそれ以降の知見を受けつけられなくなっていたりするのかな、、、なんて思ったりもしました。

 

 

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今回この本を読んだのは、

 

「蝦夷の騎馬戦術の影響で、馬の上で使いやすいように反りのある日本刀ができた」

 

という説がこの石井氏のものだと思っていたからなのです。どういう書き方をされているのか確認してみようと思ったわけです。しかし、この書籍には載っていませんでした。どうも石井氏自身の説ではないように思いました。

 

ただ、「日本刀は3人斬ったら脂で斬れなくなる」みたいのと同列の、はじめからの俗説ではないはずです。

 

wikipedeliaを見る限り、

 

武士の成長と院政 (日本の歴史)
2001年5月
下向井 龍彦 (著)

 

この本にはそれらしい事が書かれているようですし、それよりも古い時期に「日本刀:馬上使用説」は見た記憶があります。私が子供の頃、1990年代にはすでに広まっていたはずです。

 

日本刀の源流が蕨手刀→蝦夷の騎馬戦術→反りがあるのは馬の上で使いやすいから→馬の上で使いやすい刀として日本刀が誕生した

 

↑きっとこんな感じで、石井氏の学説を元に発展させた推論が誰かの文献に書かれた事があるのだと思います。それが誰の説なのかはよくわかりません。根拠があるものではないはずなのですが、なんとなくそれらしいので一般書にも記載されて俗説としても広まったのだと思います。

 

 

ここ10年で出たの専門書を見てみたところでは「日本刀は馬の上で~」という話は一つも見つけられませんでした。

 

馬説の前提になっている「日本刀の源流は蕨手刀」という部分が疑わしくなってきているからだと思われます。

 

石井氏の学説以降の新たな出土物との整合性がとれなくなりつつあるからです。2010年の学説で従来説に疑義が呈されて以降、あまりこの旧説が通説として書かれなくなってきているように思います。

 

新説は、日本刀の源流は方頭大刀(上古刀)なのではないかという意見です。

 

上古刀(直刀)と古太刀の中間のような、柄に反りがついた方頭大刀が見つかっているからです。

 

また、石井氏は蕨手刀の反りは「それが斬撃に有利であるから」と書いていますが、それも否定されています。

 

蕨手刀の平均刃長が1尺5寸程度であり、そもそも斬撃には適していないという事が古文献のスクリーニングから言われています。馬の上からであればなおさらです。

 

 

 

 

 

 

 

↑先日も紹介したこの2冊と合わせて、石井氏の古典的名著も読んでみられることをお勧めします。

 

うちの近所の図書館には3冊ともありました。

 

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