刀匠が以前書かれていたのですが、「外国人に刀を売れば良い」という謎アドバイスを素人から受ける事があるそうです。
昨日私が書いた記事にもTwitterで多少似たようなコメントも頂きました。
もちろんそれは現実的ではないのであまり行われていないわけです。今回は、なぜ外国人に新作刀を売るのが現実的ではないのかを自分なりに考えて書いてみたいと思います。
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円安なので去年はたくさんの日本刀が外国人に売れたと聞きます。外国人に売れる刀は歴史的価値の高い古い名刀、ちゃんと日刀保の鑑定書がついた状態の良い刀。日本人が欲しいと思う刀を資金力で競り勝てる外国人バイヤーが買い漁っているわけです。
日本刀を買う外国人は古美術品の価値をよくわかっているので、資産価値のある刀しか買いません。
外国人も日本人も古い刀が好きです。現代刀は人気がない。だから中古の現代刀は安い。新作刀は中古より高いので新作現代刀はなかなか売れない。
無監査レベルの刀匠になると海外から注文を受けて販売している人もいます。日本人より高く買ってくれるそうです。でも、それは人気のある無監査刀匠だからです。日本人からの注文だけで成り立つレベルの刀匠が高値で買ってくれる外国人からの注文も受けている、というのが現状。
日本人から注文されずに廃業する刀匠の刀を買う外国人などいるでしょうか。
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どんな名工もはじめから名工であるはずもありません。中学卒業してすぐに弟子入りして五年・21歳で資格をとった架空の刀匠を例にして話を進めてみます。
20代・入賞未満期
コンクールで入賞できない段階
30代・下位入賞期
努力賞クラス
40代・上位入賞期
優秀賞クラス
50代・特賞期
特賞とれるレベル=一流刀匠
60代以降・無監査期
特賞10回で無監査に(例外あり)
コンクールは年一度
↑この架空刀匠は超優秀な設定です。特賞など人生で一度も取れない人がほとんどです。努力賞すら取れずに終わる刀匠の方が割合は多いと思います。刀の注文がないとコンクールに出品出来ないわけです。そして注文がなければ受賞前に廃業。
未来に日本刀が作られ続けるには新作刀の注文が継続的に一定数必要です。
ここでいう「新作刀の注文」というのは、上の架空刀匠でいうと20代30代の入賞未満〜下位入賞期の注文の事なのです。
当たり前ですが刀を作らないと上手くならないわけです。先の段階に進めるのは若手の時に注文をこなして刀を作れた人だけなのです。
現代でも特賞クラス・無監査クラスは注文がある。でも、入賞未満〜下位入賞クラスは注文が無いので作れない。そうなると将来の特賞・無監査クラスは生まれなくなる。
売れないなら安く作って経験を積めば良いじゃないかと素人的には思います。ではまず原価で売るといくらになるのか計算してみます。
銀ハバキ・白鞘入り・美術研磨
定寸くらいの長さとして
刀身原価
炭と玉鋼7万円
鍛刀場ローン3万円(仮)
ハバキ3万円
白鞘5万円
美術研磨20〜25万円
完成刀原価 約40万円(税抜き)
利益なしで刀身製作に失敗しない前提の原価は40万円です(前提条件により変動します)
もしこの構成の刀を毎月2振50万円(税抜)で売れたら月20万円、年収240万円になる。最低限の生活ができるギリギリのラインがここでしょうか。
刀匠の立場では極貧レベルまで無理しての50万円という価格。しかし買う側にとっては50万円は決して安くない。これを毎月二つ注文をとり続けるのは至難のわざです。そもそもそんなに売れるものじゃない。
中古なら30万円で買える現代刀。50万円出せば中古だと無監査刀匠の中古刀が買えることすらあります。それなのに入賞未満の刀匠に50万円払って作刀を依頼する理由はあるのか。
私なりに考えた答えが昨日の記事の内容です。
現状、日本人に買われないこのクラスの刀匠の刀を外国人に売れるストーリーが私には思いつかないのです。もちろん、私が素人だからそう思うだけで上手く外国人に売る方法はあるのかもしれません。
ちなみに、若手でも50万円とかで刀を作る刀匠はほぼ存在しません。毎月二つも売れないからこそ価格を高くして利益率を上げようという考えが主流なのです。入賞未満・下位入賞クラスでも依頼料金が100ー150万円というのがむしろスタンダードなようです。もちろん注文はとれないようなのですが。
お金があって注文打ちで刀を作ろうという人は200万円払ってでも無監査や特賞クラスの人に作ってもらいたいと思うものです。だからこそ、若手刀匠は無理して安くしても居直って高値にしても注文が取れない。
現在の無監査クラスの刀匠が若手の頃は、まだ刀剣バブルの残り香みたいなものがあった時期なのでやってこれたようです。昔は若手の刀を買う人がいたのです。例えば師匠のツテとか付き合いで。名人に刀を作ってもらったら、お礼にお弟子さんにも注文してやろうかというような古き良き時代があったのです。というか、そういう付き合いがないと名人には作ってもらえなかったのかもしれません。今でも一部の名門刀匠の一門ではこういう買われ方をしている気がしますが、どうでしょうか。そういう名門が存在するので「産業としての刀作り」が消滅しても皇室や伊勢神宮に納める刀は作られ続けるでしょう。
昨日の記事に頂いた助光刀匠から以下のようなコメントを頂きました↓
今の40代が刀匠としては最後になり、あとはアマチュアの世界になると思います。
現状は既にここまで来ているようです。
※切り抜きで誤解があるといけないので、昨日の記事のコメント欄の原文も参照してください。
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もう一つの「外国人に新作刀が売れない理由」
中国メーカーの日本刀
↓↓
この刀は中国製のものなのですが、本物の日本刀との違いがわかるでしょうか?
商品説明には甲伏せ・玉鋼などと書かれてもいます。
私程度の者の目には、本物の日本刀と見分けがつきません。
おそらくですが、この刀は日本人の刀匠の技術指導を受けた人が作っています。研磨も同様です。
刀鍛冶の資格を取ったのに売れずに廃業した人はたくさんいるのです。そういう人の指導を受けた中国人が技術を広めて安く作っているものだと思います。
厳密には、日本人の指導を受けた中国人がさらに現地人に指導して人件費の安いミャンマーとかバングラデシュとかで作られている可能性もあるでしょう。現状がそうでなくても今後そうなる気もします。
しかし、この日本刀もどき。果たして偽物と呼べるのでしょうか?
たたら製鉄で製作した鋼を使用し、日本刀と全く同じ技法で外国人が外国で製作した刀。
外国で作った日本酒を日本酒と呼んで良いのか、、、というのと同じ話だと思うのですが。
あと、この刀の販売サイトをよく見て欲しいのです。サイトがわかりやすいのです。英語圏の人は世界中の人がこのサイトからこの刀を買えるのです。アマゾンで買い物するのと大差ない感覚で買えると思います。あと、これは素人にはわかりにくい所なのですが、この会社はマーケティングが非常によくできている事がサイトから読み取れます。どういう商品が売れるのかよく研究されています。高級版の本鍛錬刀から廉価版のスノベ刀まで品揃えも豊富。外装も良さげに見える。
外国人に新作刀を売るというのは、この会社と直接競合して勝たなければならないということなのです。
歴史的価値の高い古名刀や日本トップの無監査刀匠であれば、価格帯も客層もこことは競合しません。しかし、若手刀匠:入賞未満~下位入賞クラスが外国人に売る場合は完全に競合してしまうのです。
刀のレベル以前に販売力で到底勝てないと思います。そして価格より刀のレベルを気にする人はどのみち若手刀匠に注文しない。
この会社以外にも似たような会社が他にもありそうな気がします。日本刀は世界的に有名なだけに、既に世界には競合がいてそのレベルは決して低く無い。
これが私が考える「若手刀匠が外国人相手に刀を売れない理由」です。若手じゃなくても特賞クラス以上でないと無理だと思います。
昨日書いたように、日本人の若者に価値を伝えて売る方が現実味があるように私は思います。幸い銃刀法で守られているので海外製の日本刀は国内では売れません。つまり国内市場で売る方がぬるい。
そもそも、そこまで大きな市場を求める必要もないという面もあります。
現在活動している刀匠は全国で100人ほどと聞きました。全員で法律の上限まで作っても年間2000振ほど。これに対して日本人の年間出生数が80万人ほど。
毎年80万人のうち2000振り売れれば良い。比率でいえば0.25%に過ぎない。世界に売る難易度を考えると銃刀法で保護された国内市場を再開拓するほうが難易度が低そうに思えます。
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かつて「給料の3か月分」といわれた婚約指輪。
あれはブライダル業界・宝飾業界のマーケティング戦略によって作られていた価値観です。
だからあんな「必要ない物」を皆が高値で買っていた。
すっかり日本も貧しくなってしまいましたが、同じ事が日本刀でできないとは言い切れないでしょう。価格も若手刀匠が無理をすればそれくらいに抑えられなくもないようにも思います。嫁入り・誕生・成人など人生の節目に新作刀を贈る風習はかつて日本にあったのですから。なにより人口比0.25%で良いのです。
特賞とれるようになったら外国人に300万円で売る方法も考えれば良いと思うのですが、そこに至るまで刀を作れるかが問題なのです。
う~ん、なんか素人が偉そうな事を書いてしまった気がする・・・
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