↑何度ものせている図なのですが、日本刀はハマグリ刃です。
切れ味だけなら右側のフラットグラインドの方が切れますが、これだと強度が弱くなるため刀はハマグリ刃にされます。
では、どれくらいの切れ味の刃なのかというと、戦国時代頃だとほぼ鈍器に近いようなものだったようです。成瀬関次は旧大名家で戦国時代の刀をそのまま油づけにした物を見たがそんな感じだったと書き残しています。
そんなもので人間が斬れるのかというと、斬れるようです。
中国の青龍刀というのは刃先が丸くて刃物としての切れ味はありませんが、人間の首はよく斬れるようです。
↓青龍刀
https://plaza.rakuten.co.jp/finlandia/diary/201111020000/
居合の上手い人は模造刀で畳表巻や竹を斬れるそうですが、つまりそういう意味での「斬る」能力においては刃物としての刃がなくても斬れるようです。また、刃先を鋭利にすると強度が落ちて刃こぼれ・刃まくれが起こりやすくなるので、戦国時代の刀は鈍器に近いレベルのハマグリ刃だったのでしょう。甲冑に打ち付けて使う「打ち刀」なので、刃物としての切れ味より打ち付けても壊れない強度が求められたはずです。
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じゃあ、そんな鈍器のような刃の刀が良いのかと聞かれると、私はそんな刃の刀は嫌だと思ってしまいます。
そもそも、そんな鈍器のような刀が使われていたのはおそらく戦国時代という特殊な時期に限られたものだったのではないかと思われてなりません。まさに「太刀」から「打ち刀」に変遷したタイミングです。刀の差し方だけではなく、打ち付けるのに適した刃に変遷したのではないでしょうか。
成瀬関次の実戦刀譚には以下のような記載があります。
源頼朝が、激戦中にその刀がササラのようになり所々刃まくれしたので、自ら小刀でその部分を削って再び戦った事が『平治物語』に出ている
https://plaza.rakuten.co.jp/finlandia/diary/201111090000/
鈍器に近いようなハマグリ刃であれば刀が刃捲れしてササラのようになったりはしないでしょう。少なくとも平治物語が書かれた頃には刃物として切れる刃がついていたのではないでしょうか。
そして、江戸時代に入るとまた刀の刃は鋭利になります。甲冑を着た人間を相手にするというより平時の護身具・儀仗アイテムになったためでしょう。「刀は武士の魂」などと言われた時代ですので、研ぎあげて磨き上げていたのでしょう。
なんでそんなに必要以上に研ぎあげたのかというと、以前書いた事があるのですが元々は日本人の宗教観からきているのではないかと考えます。
日本刀を武器として考えるのであれば、研磨は白研ぎで十分です。刃文や地鉄の肌が見えるまで磨き上げる必要は実用の観点からは皆無です。
しかし、刀を「神器・お守り」として見ていたために極限まで磨き上げていたのだと思われます。そして、刃先も鋭利に研ぎあげたのではないでしょうか。
戦国時代の実用一辺倒の時代には、上級武士の刀以外は研磨も白研ぎレベルだったかもしれませんし、刃も鈍器に近いものを使用前に寝刃合わせして使っていたと思われます。
ただ、中世の太刀や中国に輸出され「宝剣」と呼ばれたような日本刀はそういう刀ではなくて、地鉄が見えるまで研磨されてカミソリのように切れるまで研ぎあげられた刀だったと考えます。
といって、あまり刃肉を落とすと実用的ではなくなってしまうので、切れ味と強度を保つギリギリのラインの刃付けが為されたのではないかと考える次第です。
まさに「ナタの強さとカミソリの切れ味」と形容されるような日本刀のイメージです。