日本刀の切れ味について、さほど刃物に詳しくない人には誤解があると思うんですよ。
詳しくない人ほど日本刀の切れ味を過大に思っているような気がします。
日本刀は家庭用包丁ほど切れません。これはどんな名刀でも例外なくです。
日本刀は紙や野菜を切るような刃付けをしていないからです。
↑非常に不適切な日本刀の使用動画なので不快に思われる方も多いと思いますが、刀では野菜や果物がさほどシャープに切れない事がよくわかる動画です。普通の三徳包丁の方がはるかに綺麗に切れます。
刃物の切れ味というのは刃先の角度と硬度によって決まります。
刃先が鋭角であるほど、硬度が高いほど、シャープに切れます。
家庭用包丁の刃先は15°くらいで、日本刀の刃先は30°くらいです。
刃先が硬くて鋭角な刃物の代表がカミソリやカッターナイフです。
しかし、刃先を鋭角にするほど強度は脆弱になりますし、硬度が高くなるほど刃が欠けやすくなります。硬度が増すと靭性という性能が下がって粘りがなくなるのです。
カッターナイフの刃はポキポキ簡単に折れますよね。
この図でいうと、
和式包丁などはフラットグラインド
蛤刃は刀以外だと斧が代表的かな。
洋式ナイフはホローグラインドかスカンジグラインドが多いように思います。
切れ味だけでいえばフラットグラインドにした方が鋭角にできます。だから蛤刃の日本刀は包丁より切れないのです。
しかし、鋭角なフラットグラインドの刃で甲冑や硬い竹などに力いっぱい打ち付けたらすぐに刃が欠けてしまいます。
また、刃を鋭角にするためには必然的に刀身を薄くする必要がありますので、当然刀身も脆弱になります。ハードな使い方をしたらすぐに折れたり曲がったりしてしまいます。
だから日本刀は蛤刃にして刀身の鉄を増して強度を強くしているのです。
日本刀がよく斬れるというのは、あくまでも当時の外国の刀剣などと比較して「よく斬れる」という意味です。
よく日本刀の切れ味を
「カミソリのような切れ味」
と例えますが、本当にカミソリと同程度の切れ味の刀は存在しないし、もし存在したらそれは実用を無視した駄作です。
刀でヒゲはそらないのです。
江戸時代後期の名工にして新々刀の祖と言われる水心子正秀は以下のような意味の言葉を残しています。
「刀に包丁や鎌のような鋭利な刃をつけてはいけない。斧や鉈のような刃にしないと額やスネなどの硬い所に当たった時に刃が欠けてしまう」
こんな事が言われるくらいに、江戸時代の半ば頃にはもう実用よりただ刃が鋭利である事を喜ぶ武士が多かったかもしれません。
でも、普通に刃付けされた日本刀なら竹が切れるくらい丈夫でも紙が結構シャープに切れる程度の切れ味に刃付けする事ができるので、きっと「カミソリのような切れ味」と例えられているのだと思います。
↑過去に売られていた刀の紹介動画。竹試斬を意識して平肉を厚めにしていると書かれていますが、紙も普通に切れています。しかし紙を切るならカッターナイフの方がずっとシャープに切れるはずです。
売られている日本刀の中には下手な化粧研ぎで刃先が丸くなってしまっていてシャープに紙が切れるような刃先にはなっていない刀もたくさんあります。「下手な化粧研ぎ」というより「美術品なのに切れたら危ない」という理由で切れないように研がれている事も多いようです。でも本来の用途(人間の斬殺)に対してであればそれでも問題はないとも思われます(私はそういう刃は嫌ですが)
刀が使用されていた時代も頻繁に研師に出したりは出来ないので、自分で荒砥で軽く研いで使用する事が多かったようです。だから昔から刀の刃先が常時研ぎ上がり状態でピンピンに立っている事はむしろ稀だったかもしれません。
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昔の外国の刀剣はあまりシャープに刃をつける事はなかったようです。中国の青龍刀などは丸刃です。丸刃の方が鉄の甲冑や鉄兜に打ち付けた時に刃先がつぶれる心配がありません。
刃先をどの程度の角度にするのか
刀身をどの程度の厚さにするのか
身幅はどれくらいの幅にするのか
刃と刀身をどの程度の硬度にするのか
このバランスを刀匠と、あと研ぎ師が絶妙に調整する事で「折れず曲がらずよく斬れる」と評される日本刀が出来上がるわけです。
巻藁のような柔らかい物をシャープに斬るなら、刃先が鋭角で幅広で厚みのない刀身が良いでしょう。
でも、同じ刀で竹のような硬いものを斬れば刃が欠けたり刀身が折れたり曲がったりしてしまうかもしれません。
この辺のバランスがほどよくとれた刀が、「良い刀」なのだと思います。
「良い刀」を超えた「名刀」となると、さらに美しさや由来など、実用性能を超えた部分が必要になってくるので話はまた少しややこしくなります。
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刃の切れ味は研ぎ次第なので、研ぎでカミソリのような鋭利な刃の刀にする事もできます。実際にそういう刀もあるようで、巻藁を斬るだけならそういう刀の方が斬りやすいそうです。
ある刀屋さんのサイトに面白い表がありました。
https://www.touken-hasegawa.jp/item/YKI-26/
刀の切れ味が5段階で表示されています。
1がダメで5が良いという表ではありません。
1が竹斬りに適した刃で、5が藁斬りに適した刃というように表記されています。
試斬に使う場合、同じ斬るにも竹を斬るのに特に適した刃は藁を斬るには適していないし、逆もまたしかり、なのです。
こういった感じで刀の刃付けが表記されていると、買う方もわかりやすくて良いですね。
ちなみに、この表でいうと5の刃が一番鋭利という意味です。
ただ刃の角度だけではなく、刀身の硬度や靭性(ねばり)は材料の鋼の質や熱処理の仕方で大きく変わるので、刃の角度だけで切れ味や強度が決まるわけではありません。
これ、大事な所です。
刀身が薄くても折れ曲がりにくい刀もできるし、刀身が厚くても折れ曲がりやすい刀もできるという事です。だから、なまじ数字だけで刀の性質がわからない難しさもあるのです。
上記の鉄パイプ斬りをしている町井勲氏のブログに書かれていますが、実験して切断できる鉄パイプのサイズを調べたうえで行っているとのことです。また刀もこの番組の鉄パイプ切断企画のために新規に作られた特別な刀で、鉄パイプ切断に特化した刀である事が町井氏のサイトに記載の文章から読み取れます↓
中国兵の青龍刀(抗日大刀)↓
【抗日大刀】
— 中国武具刀剣bot (@Chinaswordbot) July 23, 2021
ある大刀。革製の鞘が揃っており、「出征記念 小林大七殿」と書かれている
日中戦争では中国軍の装備が数多く鹵獲され、戦利品として持ち帰られた。これもそうした物の一つだろう。今でも稀に日本の古物商で見かける事が出来る pic.twitter.com/LDrtd3mxoz
引用元の「実戦刀譚」の著者は、日中戦争で軍刀修理官として従軍された人で自分でも日本刀で中国兵を斬り殺した事のある人です。記述にはとても信ぴょう性があり、日本刀の性能を知る上でとても貴重な資料です。
少し文章が古くて読みにくいですが、日本刀に興味がある人には是非とも一度読んでみて欲しい資料です。
↓↓
青龍刀のような外国刀剣とくらべると日本刀は鋭利でよく斬れるわけですが、そのぶん構造が繊細なので使い方が悪いとすぐに故障してしまうという欠点があります。特に刀身よりも柄が故障します。リンク先の実践刀譚にはその故障についての記載が豊富でとても参考になります。特に日本刀を注文打ちで作りたい人は必読です。
後日追記:刃のない青龍刀や摸造刀でモノが斬れる理由について書いてみました↓
https://www.youtube.com/watch?v=hbEqd4rwuY8&t=73s
↑外国人が木刀(素振り刀)でコンクリートブロックをぶん殴って叩き割っています。木の棒でも可能なのであれば鋼鉄の刀でも似たような事は可能かもしれません。
このテコ棒は、隕鉄と和鋼を鍛えるとき専用です。
— 刀鍛冶 晶平 (@kokajiakihira) February 21, 2018
隕鉄を構成する低炭素の鉄とニッケルが、通常の刀の地鉄に混じらないようにするためです。#隕鉄 #晶平 #刀鍛冶 #隕鉄刀 #晶平鍛刀道場 #埼玉県 pic.twitter.com/FSPGDwGa4p
隕鉄
— 刀工-加藤慎平 (@Shinpei_Katana) July 21, 2021
刀、棒樋彫っています。
隕鉄使用刀、取り敢えず二作目の刀を研ぎ上げてみる事に😀
彫り終り次第磨きに入る予定✌️#隕鉄#日本刀 pic.twitter.com/hB3gIcwjRk
流星刀の地肌を見て下さい🙇♀️
— 刀鍛冶 安藤広康 (@AndoYusuke819) August 31, 2021
小宇宙が高まり、セブンセンシズが目覚めそう………そして、アナザーディメンションの世界がここに🤩🤩🤩 pic.twitter.com/kKyWyDboWN
実戦で刀を使う前には荒い砥石で「寝刃合わせ」して刃先をザラつかせてギザ刃にしないと斬れない・使えない、という話がありますがこれは俗説です。研ぎ上がりでちゃんと刃が立っている刀にそんな事をしてはいけません。
刀の刃を甲冑とか鉄兜とかの硬いものに打ち付けると刃がまくれて刃先が一方に倒れて(寝て)しまいます。これを砥石などで反対側から起こして整えるのが「寝刃合わせ」です。荒砥でこすってざっくり刃をつける事も寝刃合わせと呼ばれます。これは刃が立っている刀に行うようなことではありません。荒砥で刃先を少し研ぐのは、刃先が摩耗したりつぶれたりしてしまった時に行う処置です。荒砥なので刃先がギザ刃になりますが、それは細かい砥石で研ぎ直したりはできないから結果的にそうなるだけの話です。
当時は(今でも)頻繁にプロの研ぎ師の研ぎに出したりは出来なかった。だから刀を本当に使う人は、自分で荒砥で研いで刃先をとがらせたり寝刃合わせをして、自分で刀を使えるようにする事は一般的だったと思います。斬れない刀を荒砥で刃先を研いでいた事自体は本当ですが、あくまでも切れない刀に行う処置です。
繰り返しますが、間違っても研ぎ上がりで刃が立っている刀を自分で荒砥でこすったりしてはいけません。せっかく研ぎ師が整えてくれた刃先の形状(肉置き)が崩れてしまい刀の寿命が縮みます。試斬を行う武道家は現在でも自分で寝刃合わせを行うようです。頻繁に研ぎ直しに出したりは出来ないのでそれで良いのですが、肉置きがおかしくなるので研ぎ師には嫌われがちです。
同種の話に、「刀を使う前に刃をザラつかせるために砂山に突っ込む」という有名なお話があるのですが、これはおそらく完全にフィクションです。上記のような荒砥での刃付け・寝刃合わせの話からインスピレーションを得て作られたお話だと思います。
・まだ刃の引けていない(すでに刃が立っている)刀には無用
・実戦では用いないことも多いが試斬では用いる
ともある
研ぎ減りについてですが、日本刀は強度を持たせるためにハマグリ刃にされます。
研ぎ減りすると肉(鉄)が減ってハマグリ刃の膨らみがなくなり、最終的にはフラットグラインドに近い形状になるはずです。
こんな感じ↓
ハマグリ刃のふくらみの部分の鉄(平肉)が減っても、販売サイトの写真を見てもわからないのではないでしょうか。
重ねの厚さが薄ければ研ぎ減りしているように感じますが、重ねはそのままで平肉だけ減っている場合は数値には現れません。重ねも元が何ミリだったかは知りようがないのですが・・・
日本刀は使わなくても年月が経てば表面が曇ってきます。
特に昔は錆び止め油が植物性の油しかなかったので、古い油は酸化して錆の原因になります。
油を塗って放置すれば錆の原因になる反面、古い油をとるには打ち粉で拭う必要がある。
打ち粉は砥石の粉なので、繰り返すと刀身表面に小傷が増えて曇ってきます。
ある程度曇れば研ぎ直される。
このサイクルを数百年経て古い刀は現存しているはずです。
研がれる度にハマグリ刃のふくらみの部分の鉄(平肉)が減ります。
そこまで大事にされなかった刀は錆びが出るまで放置されて、錆が出たら研ぎ直されたかもしれません。それはそれで肉(鉄)が減ります。
参考記事↓