過去に書いたようなことばかりなのですが、徒然に刀剣史について書きたいと思います。

 

通説に従えば日本には青銅器時代が存在しない事になっています。鉄器と青銅器の伝来がほぼ同時期であったため。鉄器は実用品、青銅器は祭祀具として主に用いられたとされています。

 

弥生時代の銅剣がたくさん出土していますが、つまりこれらは祭祀具であって実用品ではありません。

 

 

形状を見てもそれがわかります。

 

極端に装飾的な柄頭がついていたり、極端に茎が短かったりします。

 

同時期に兵仗に使用されていたのは鉄刀です。弥生時代の鉄刀はたくさん出土しています。

 

弥生時代後期の鉄刀:日本と朝鮮半島の出土品

 

青銅製のものは両刃剣しかない。しかし鉄製のものは片刃刀が多く両刃剣も多少存在する。そして古墳時代になると銅剣は作られなくなる。なかなか面白いと思います。

 

話を戻すと、

 

日本では金属器が伝来した弥生時代から両刃剣は祭祀用・片刃刀は兵仗用だった。

 

この伝統はずっと残る事となります。

 

中世以降も両刃剣は仏具・神具(御守り)としてのみ細々と製作されて、人間の佩用にはならなかった。

 

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中国では紀元前6世紀頃・春秋時代頃から鉄器が作られています。当時から鉄製の刀剣は作られていたと思いますが強度的に脆くて銅剣に取って代わる存在になるには時間がかかりました。

 

世界的に見て銅剣は多くみられるのに対して銅の片刃刀は少ない。おそらくは強度と重量の関係でしょう。銅は鉄よりも14%重たいけど強度的には鋼鉄に劣ります。中国では青銅の片刃刀は武器というよりも主に農具・雑器の類で、兵仗の武器はあくまでも両刃剣でした。

 

漢代の初期までは中国では銅剣が軍の装備の主流でした。

 

前漢の中期頃から鉄の片刃刀が普及します。

 

 

 まず匈奴対策として騎兵の装備品として普及し、漢代末までに歩兵用の刀剣も鉄刀に置き換わります。


三国志の主要キャラとして有名な孫権の文書などからもそれがわかると言います。三国時代には既に両刃剣は儀仗用となっていて兵仗用刀剣は片刃刀になっていた。

 

ざっくり言うと紀元前後くらいに中国では両刃剣から片刃刀に主流が移ったと言えるでしょうか。

 

日本の時代区分でいえば弥生時代、卑弥呼が生まれるよりもずっと前の時代です。

 

当時の日本で両刃剣が祭祀用・片刃刀が兵仗用だったのは、それらが伝来した当時の中国がそうだったからだという事がわかります。

 

中国の兵仗刀剣は基本的にその後も片刃刀のみです。王朝の軍兵の兵仗装備品という意味です。

 

ただし中国ではその後も両刃剣が長く儀仗用や富裕層の個人用として使用・佩用され続けているのに対して、日本では中世以降は儀仗用も含めて両刃剣は全く人間に佩用されなくなりました。純粋な宗教具となったと言えましょうか。ここは日中の相違点と言えるでしょうか。

 

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鉄の片刃刀。

 

なぜ漢軍は鉄で両刃剣ではなくて片刃刀を作って配備したのか?

 

これは想像に難くありません。

 

強度的に優れている事と、生産性が高いためでしょう。

 

銅剣は鋳型に流すだけなので片刃でも両刃でも製作の手間は大差ないと思われますが、鉄は鍛造成形つまりハンマーで叩いて形を作らなければなりません。片刃の方が手間が少なそうです。

 

そして研いで刃をつけるにも鋼鉄の方が硬いので手間がかかりそうです。両刃よりも片刃の方が手間が少ないでしょう。

 

王朝の軍兵の装備品ですから数千~数万の数を作らなければなりません。この生産性の違いは大きかったと思われます。

 

 

強度の違いは断面を見ればわかります。

 

 

この図の場合だと、左側の剣よりも右側の刀の断面の方は面積が1.5倍。それだけ強度が強い。実際には樋を入れたり形状を工夫したりするのでここまで単純ではありませんが、でも基本はこうです。

 

鉄は銅よりも軽いので両刃剣ではなくて片刃刀にしやすかったのかもしれません。

 

 

おそらくは上記のような理由から、世界的に両刃剣は廃れて片刃刀が主流になるのですが世界的に見るとその時期には大きく開きがあります。

 

中国:紀元前後

中東:11世紀頃

欧州:16世紀頃

 

なぜこれほどまでに時期が開くのか? その理由はよくわかりません。欧州では片刃のサーベルが主流になってからも両刃剣が兵仗用としても比較的多く使用され続けてもいます。

 

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前漢時代に鉄刀の普及がはじまった理由。

 

これはなぜなのか?

 

個人的な妄想の類ですが、硬軟の鉄を挟んでつくる合わせ造りによる造り込みがこの時期に普及したためではないでしょうか?

 

 

 

 

 

↑弥生時代の日本の鉄器からこの構造がみつかっていますので、同時代の中国ではすでに一般的な技術だったはずです。いつ一般化したのか? それがこの前漢時代頃からなのではないでしょうか?

 

合わせ鍛えの技術はおそらくもっと古い時代から存在したはずです。ただ、それが普及して大々的に量産可能になったのがこの時期だったのではないでしょうか。つまり、鉄で長刀を作っても折れにくくなったから。

 

 

 

一応言っておきますが、これは私の妄想の類です。

 

他の部分で技術向上があったのかもしれないし、鉄の生産量が増えたとかそういう方向の理由なのかもしれません。

 

 

 

↑中国では銅剣時代から刃金と芯金の硬度を変えています。おそらく鉄でも同じで硬軟の鉄を合わせる技術は前漢時代よりも古い時代から存在はしていたと思います。ただ、それで大規模な量産が行われるようになったのが前漢時代からなのかなと思ったりします。

 

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なんとなく、とりとめもなく刀剣の歴史について書いてみました。

 

わからない事もたくさんあります。というか、わからない事の方が多いです。

 

なぜローマ帝国の装備は片刃刀じゃなくて両刃剣だったのだろう?とか。

 

特に生産性において、ローマ帝国のような大帝国の軍兵の兵仗には片刃刀の方がなにかと都合が良いように思うのですが。

 

1900年前のローマ帝国の剣↓

 

 

いろいろ調べて考えると面白いです。

 

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