センチメンタルな旅
と、聞いて荒木経惟を思い出す人もいるかもしれないが
全く関係のない話である。
先日、高知に行ってきた。
以前書いた事があるが、齢90になる私の祖母が年始に脳出血を起こし、入院している。
その影響なのか、少しづつ進行していた痴呆が急速に進行し、夏前には、自分の子供や孫の事についてほぼ判らなくなっていたなっていたらしい。
もう私の事を完全に忘れているのならその事をしっかり確認しておきたいと思い、見舞いに行く事にした。
想い出を辿るという意味で、出来れば宇高航路で四国入りしたかったのだが、仕事終わりの出発では時間的に厳しいので、三宮新港第三突堤よりジャンボフェリー夜行、高松から特急しまんとで高知へと向かう。ちなみにこのルート高速バスとそんなに変わらない運賃で横になって行けるので、お気に入りのルートでもある。
朝のうちに高知に到着し、面会時間までにはかなり時間があるので高知市内を歩いた。閉店し、更地になって久しかったとでん西武の跡地はパチンコ屋になっていたのには驚いたが、子供の頃にあちこち連れて行ってもらった高知大丸や帯屋町、大橋通などなど・・じっくりと見て回った。
午後の面会時間に病院へ向かったのだが、正直少し緊張をした。分かってはいる事なのだが、もし怪訝な顔をされたらどうしようかという気持ちがどこかにあったからだ。
いざ会って見ると、基本誰が誰なのかというのは判っていない、例えば次男である叔父が、長男になったり、自分の子供が自分の兄弟になったりするのだが、案外と話は通じる。リハビリとしてやっている、吹くと巻いた紙が伸びる笛も上手に出来ている。随分と小さくはなっていたが顔色もよく安心した。
今回高知を訪れるにあたり、「最後から2番目の高知行き」と思っていた。もう生きて会えるのは今回が最後かもしれない、と。
しかし、比較的調子のよい日だった様だが、話に聞いていたよりずっとよい感じだったので、また高知を訪れる日もあるかなと、気分が晴れる旅であった。
ちなみに、祖母は、自分の子供や夫(といっても40年以上前に死別しているが。)、入院するまで住んでいた家の事などはほぼ判らないらしいが、自分の兄弟や生まれた家の事などは比較的判る事が多いらしい。祖母の世話の為に帰省している私の母が「こうなると結婚というのは何なのだろうか。」と一言つぶやいたのが頭に残る。
私もそうなってしまうのだろうか・・。





