あれから5年
JR福知山線の脱線事故からもう5年になるらしい。
私は、あの日出張で沖縄に向かうために、
伊丹空港9時発の全日空便に乗っていた。
離陸し、地上を見ていると、JR尼崎駅が見えて、
「ああ、JRの尼やな。」と思ったのをいまだに覚えている。
そう、まさに事故が起ころうといている時、その上空を
飛んでいたわけだ。
那覇空港に到着した時、機内ののモニターにNHKニュースが流れ、
「兵庫のJR線で踏切事故 2名死亡」の字幕と、横転した車両の
画像が映っていた。
音声が流れていなかったので、判らなかったが、
鉄道マニアの悲しい性で、車両は207系、線路は複線、兵庫県ということで
福知山線ということは容易に判った。
この時、正直大変なことになったなと思っていたが、まさかこれほどの大惨事に
なっているとは思いもしなかった。
出張から帰り、社用車を運転中、ついに100人目の遺体が発見されたという
ニュースをカーラジオで聞いて、社内の鉄道マニア連中と愕然といていたのも
思い出される。悲しくて悲しくて仕方のない事故だった。
事故の原因や背景は、門外漢の私がどうこう言うことではないが、
交通機関の運営に、完全な収益性を求めても本当にいいのだろうか。
何も完全に役目を終え、存在意義に疑問のある事業を残せとは言わないが、
昨今の高速道路の割引に伴う、他交通機関への影響をみていると、
少し疑問が残る。
何が善で、何が悪かは兎も角、107人の犠牲が無駄にならないことを
切に願う。くだらん軋轢の犠牲になった人々が、せめて安らかに眠れることを。
余談だが、この日一緒に沖縄に出張にいった、先輩社員は
後に自ら命を絶ってしまった。会社、仕事、家族と色々な軋轢があった様だった。
事故の報道を聞く度に、この先輩社員の事を思いだす。
この先輩社員の死が、最近の私の転職の遠因になったのだから
因果なもんである。
