因縁の街 | 恵美酒吉外備忘録

因縁の街

プロフィールの欄に少し書いてあるが、

私は兵庫県姫路市で生まれた。


その後、神戸市東灘区、岡山県岡山市(今は岡山市北区というらしい)

を経て、現在は日本最大の湖がある県に住んでいる。


この地に初めて立ったのは、昭和63年、今からもう22年も前の早春、

水産物や川の名前にもなっているSという街だった。

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この地では、約9年間暮らしたが、楽しいこと、嫌なこと、

いやむしろ嫌な経験の方が遥かに多かった。

特に、高校卒業後、大阪の大学に4年間通ううち、

嫌な体験の記憶が、この地域全体への憎悪に変わっていた。

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就職した後、この地を離れ、自宅は同じ県内で

JRAと新幹線新駅で有名になった街に移り、

勤務先は、某ゆるキャラで有名な街となった。


ところが、仕事をし始めて5、6年経ったころ

業務の集約のあおりを受けて、このSという街の

営業拠点を担当することになってしまった。

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幸い、取引相手はいい人たちに恵まれて

順調に仕事が出来たが、心地よい状態は長く続かず

急な現場閉鎖で、3年ほどで幕を閉じた。


そして、月日は流れ、卒業後勤めていた会社を

退職することになり、縁あって就職した会社が、

なんとまたこのSという街だった。

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いやはや何とも、狙っていたわけではないのだが

またこの街に戻ってきてしまった。

ここまでくれば腐れ縁としか言いようがない。


ところで、この街の人間は、車の運転が

非常に荒いような気がする。

一日最低一度は路地からノンストップで出てくる

車と接触しそうになるにつけ、Sという街に戻ってきた、と

再認識するのであった。