仏の子 | 笑顔を引き出す心のスイッチ

笑顔を引き出す心のスイッチ

このブログを読んでくれたかたが、
ちょっとだけやる気が出た!
ちょっとだけ心が軽くなった!
ちょっとだけ笑えた!
と思ってもらえるようなブログになれば、と思っています。

おはようございます!


昨日のジャイアンツは鬼門の神宮で快勝でした。

連敗の悔しさを少しだけ払拭できました。

それにしても混んでたな…さすがお盆。




今日は終戦記念日ですね。


日本の復興のきっかけは、昭和天皇の戦後の全国御巡幸だと言われています。

昭和21年から昭和29年まで、全国を足かけ8年半かけて行われたそうです。



その中で、昭和24年の佐賀県の因通寺というお寺への御巡幸でのこと。

そこには戦争の孤児たちがたくさんいたそうです。

一部屋ずつまわり、子どもたちを励まします。


一番最後の部屋まで来たとき、陛下は直立不動の姿勢をとられ、そのまま身じろぎもせず、ある一点を見つめられます。

その部屋には女の子が一人いました。

その女の子の手には、二つの位牌が胸に抱きしめられていました。


陛下は、女の子に向かってこう尋ねました。

「お父さんとお母さん?」


女の子が答えます。

「はい。これは父と母の位牌です」


これを聞かれた陛下は、はっきりと大きくうなずかれ、

「どこで?」

とお尋ねになります。


「はい。父は、ソ満国境で名誉の戦死をしました。母は引揚途中で病のために亡くなりました」


陛下は「お淋しい」と、それは悲しそうなお顔で言葉をかけます。


しかし陛下がそうお言葉をかけたとき、この女の子は口元を引き締め

「いいえ、淋しいことはありません。私は仏の子ですから」

女の子は続けます。

「仏の子は、亡くなったお父さんとも、お母さんとも、お浄土に行ったら、きっとまた会うことができるのです。

お父さんに会いたいと思うとき、お母さんに会いたいと思うとき、私は御仏さまの前に座ります。

そしてそっとお父さんの名前を呼びます。
そっとお母さんの名前を呼びます。

するとお父さんもお母さんも、私のそばにやってきて、私を抱いてくれます。
だから、私は淋しいことはありません。
私は仏の子供です」


そのとき、陛下の目から、大粒の涙が一つ、二つ、眼鏡を通して畳の上にこぼれ落ちたそうです。


皇居にお帰りになられた昭和天皇は、この時のことをこう詠まれました。


「みほとけの教へまもりてすくすくと生い育つべき子らに幸あれ」


この御製は因通寺の梵鐘に刻まれているそうです。


どうか平和な世の中でありますように…


今日も最幸の一日をお過ごしください!