アンリ・マルディネ『眼差し・言葉・空間』を読みながら(1) ― 《 le rien 》 について | 内的自己対話-川の畔のささめごと

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Henri Maldiney, Regard Parole Espace の新装版2012年に Cerf から、アンリ・マルディネの Œuvres philosophiques の第一冊目として、生誕百年を期に刊行された。この新版には、旧版(L’Age d’Homme)にはなかった、同書内で言及されている絵画作品の写真版も収録されている。マルディネ自身の指名で、Jean-Louis Chrétien(ジャン=ルイ・クレティアン)が哲学著作集全体の序論(p. 12-29)を書いている。

その序論の最後の段落に、 « Maldiney médite le rien, l’Ouvert, puis, à partir d’Art et existence, le vide dans l’art chinois »(「マルディネは、le rien、〈開け〉、そして『芸術と実存』)からは、中国芸術の空について省察している」)とクレティアンは書いているのだが、「le rien」のすぐ後ろに、括弧で注記する形で、« mot paradoxal puisqu’il provient du latin res, qui signifie la chose, et avait du reste ce sens dans le français médiéval »(「逆説的な語である。というのも、この語は、「もの」を意味するラテン語の res に由来し、しかも中世フランス語ではこの意味で使われてもいたからである」)と付け加えている。

もともと「もの」を意味していた語が「無」を意味するようになった語義の変遷史は、Dictionnaire historique de la langue française (Le Robert) に詳しく辿られているが、それをごく簡単にまとめてしまうと、最初は具体的なものを指していたのが、やがて一般的なものを指すようになり、さらに抽象的あるいは空虚なもの、あるいははっきりと名指すことが憚られるものについて語るときにも使われるようになり、否定の副詞 ne と組み合わせて「何もない」という意味に転じ、その ne なしでもその意味で使われるようになったということである。古仏語から全否定的な意味を持っていた « néant » とは、その点において、好対照をなしている。

例えば、« Rien n’a lieu » と言うとき、それは「何ごとも起こらなかった」ということだが、上記の « rien » の語源と « lieu »(「場所」)の意味とにより忠実に訳せば、「何ものもところを得ない」 となる。つまり、この表現は、「何であれ、そのところを得なければ起こらない」というテーゼを前提としている。