最近、ティーバーなどの動画を

倍速で見るのが流行っている。  

確かに、
本のページをめくるように
ストーリーがサクサク進んで、
時間の節約にもなる。  
私も時々その便利さに頼る。



けれど、
後で元のスピードで見返すと
気づくことがある。  
登場人物の眼差しの揺れ、
声の出し方の微妙な変化
呼吸の間合い
倍速ではすっかり見落としていた
“気配”のようなものが
そこに存在しているのだ。

最近、職場の後輩にも  
「つまり、こういうことですよね」  と、
すぐに結論を求められることが増えた。

もちろん効率は大事だ。  
でも、なんというか
いろいろな“間(ま)”を
大切にする感覚が
少しずつ薄れている気がする

無駄なものは不要
余白はいらない  
そんな空気がどこかに漂っている

けれど、私は思う。 
“ま”は決して“
無駄ではないし
ただの空白でもない。

音楽で言えば、休符。  
休符は「音がない」のではなく、  
音がないという“音楽”だ。  
そこに意味がある。  
そこがあるからこそ、
次の音が生きる。



そんなことを考えながら、
ふと自分の腕に目を落とす。  
そこには、古いキングセイコーが
静かに時を刻んでいる。

スマートウォッチのように 
通知は来ないし
便利な機能もない
けれど、秒針がコチコチと
進むリズムに心が整っていく
時間の“深み”のようなもの感じ
効率とは別の価値を教えてくれる

時間を“管理”するのではなく、  
時間と一緒に
呼吸する感覚がそこにはある。  
まるで、 
時計そのものがひとつの休符のように、  
日常の中に静かな間をつくってくれる。

日常の小さな沈黙や、
言葉の間、 
視線の揺れ。 
そして、
腕時計が刻む静かなリズム。 
そうした“ま”を
感じ取れる心の余裕を、
これからも大切にしていきたい。

今日も良い一日だった

小さな必見


ここ最近、オーボエのリード作りに
ずいぶん時間をかけている。  
まめに削って、巻いて、試して…
を繰り返しているのに、  
どうにも「これだ」という
一本に出会えない日が続いていた。



金属チューブに変えてみたり、  
昔使っていたチューブを 
引っ張り出してみたり、  
あれこれ試しては首をかしげる毎日。  

そんな中で、
今日ふと気づいたことがある。

使ってから
時間が経ったリードは、
やっぱり響かない

ピッチが安定したり
音がまろやかになったりしてるので
見落としていた
 
時間が経ったリードは、
音が鈍くなる。  
振動そのものはしていても、  
楽器にエネルギーを 
渡す力が弱くなってしまうのだろう。
だから迷わず
バラすことにしますグラサン


「良いリードだから良い音がする」  
そう思い込んでいたけれど、
今日の気づきは少し違った。

リードは音を作る道具ではなく、  
楽器をよく響かせるための装置
なのだと気づいた。

息をどう受け取り、  
どんな抵抗で導き、  
どんなスピードで
振動を楽器に渡すのか。  

そのバランスが整ったとき、  
楽器は自然と
美しい音を生み出してくれる。

金属チューブを試したり、
昔のチューブに戻ったり
その一つひとつが、 
今日の発見につながっている。

リード作りは、
正解がひとつではない世界。  
今日の感覚が
明日も通用するとは限らない。  
だからこそ、
手を動かし続けることに
意味があるのかもしれない

「響かせるリードを作る」  
この視点を持つだけで、
削り方も、硬さの判断も、  
チューブの選び方も変わってくる。

次の一本は、
きっと今日より前に進んでいるはず…
と言いたいが
そうはならないのが
リード作りの難しさだなぁえーん

また新しい発見があったら、
ここに書き留めていきたい。

今日も良い一日だった

珍しく2日連続で都内へ出かけた。  

そのうちの一日は
なんと30年ぶりに
大学時代の仲間と会う日だった。

研究室、サークル、
深夜まで語り合ったあの頃。  
最近はこういう集まりが増えてきて、
「子育てが一段落すると
昔の仲間に会いたくなる」
という言葉を、
まさに実感している。



30年ぶりに顔を合わせると、
それぞれの人生を
歩んできた重みがある。  
離婚、転職、家族の事情…  
あの頃は
想像もしなかった変化が、
当たり前のようにそこにあった。

正直、驚いた。  
そして、少しだけ胸がざわついた。

自分が抱えている
子どもの悩みなんて、
こうして人の話を聞くと
本当にちっぽけに思える。  
もちろん悩みは悩みだけれど、
「自分だけが
特別に大変なわけじゃない」と
気づける瞬間でもあった。

それにしても
都内で正社員じゃなくて
生活している人がいるという事実。  
どうやって成り立っているのか
不思議で仕方ないけれど、
同時に“生き方の多様さ”を
見せつけられた気もする。

30年という時間は長い。  
でも、
久しぶりに会った仲間と笑い合うと、
あの頃の空気がふっと戻ってくる。  
不思議なものだ。

久しぶりの再会は、
懐かしさだけじゃなく、
これからの自分の生き方を
考えるきっかけにもなった。  
人生は続いていくし、
変わっていく。  
その中で、
またこうして誰かと
再会できるのは、
やっぱり嬉しい。



今日も良い一日だった