昨年の年末に愛用していたLeicaのデジカメが、十五年でディスプレイが壊れた。黒い縦筋が入るのである。今のデジタルカメラの耐久年数は、それくらいだろうと思う。今までカメラを何個買ったか。初めて一眼レフを買ったのが、大学生の頃で、オリンパスのOM1、そして社会人になり、CannonのF1を買い楽しんだ。時代はオートフォーカスの時代に入り、ペンタックスのオートフォーカス一眼レフを購入した。此処までが35mmネガフィルムカメラで、四十歳ぐらいにデジタルカメラの時代に入る。四十五歳ぐらいにCannonEOSの一番安い、デジタル一眼レフの標準レンズと300mmダブルズームキットを購入し出した。再びCannonのカメラである。しかし、これも十七年を過ぎて、電気系統の故障でスイッチが入らないようになった。このCannonの一眼レフを使用していた時に、Leicaのデジカメが新しく出たので買ったので、鎌倉に来て暫くCannonの一眼レフとLeicaを共に使用していた。しかし、五年前に故障し、Leicaだけで鎌倉の神社仏閣や風景を取っていた。今はミラーレスのカメラが主流をなし、次に買いたいと思うミラーレス一眼レフの機種を選定していた。どれも標準・望遠レンズキットでは、かなりの金額になる。
昔のカメラを趣味とする人は、機種本体にお金をかけても、一生ものに近かったが、今や電子部品の塊で、高価になりつつ、寿命があるのだ。その代わり、35㎜フィルムの時代とは違い、フィルム代と現像費用が掛からなく、アマチュアであっても連写撮影しても全く費用に動じる事は無くなった。またPC上でのトリミングや、明るさの補正など、またモノクローム状態にするなど、楽しみが一層増える事となった。
私は今までNikonのカメラを使った事が無かったので、人生最期にはNikonと思って探す。自分自身の感覚だが、Nikonのカメラは緑の色彩が明瞭で、美しい。他のカメラでは、いくら絞りを絞りこんでも、なかなか作れない。そして、従来のカメラは、ミラーにより露光板が隠れており、シャッターを切った際にそのミラーが跳ね上がり、フィルムに露光されるのである。35ミリフィルムカメラの露光板が、デジタルでは露光板がセンサーの役割に変わり、デジタル一眼レフカメラが出た。ミラーによりカメラのファインダー(レンズを通して写体を見る所)を見ていると一瞬シャッターが上がるのである。ミラーレスカメラは、そのミラーがなくなり、カメラ本のセンサーを通して、被写体をデジタル化するわけで、本体裏のディススプレイとファインダー内の画像もディスプレイ化され、その中に細かい操作を示す内容が映るのである。ミラーレスカメラは、レンズ交換時に埃がセンサーに付着しやすくなり、丁寧な扱いをしなければならない。まだLeicaが動いているので、じっくりと機種を選んでいると、そのLeicaも故障し、NikonのZ5Ⅱが、第一選択肢として上がった。しかし24-200のズームキットでの価格は、37万円と高額であり、迷う所である。そして何度も藤沢のビックカメラに通う。センサーは35㎜フィルムと同じ大きさのものをフルセンサーとされ、それだけ詳細に細かいところまで撮影でき、特に望遠レンズでは綺麗な画像であるという。これは機械だけに頼らず、写真の腕によるものも多いと思うが。又、重量も重くなり、そして価格は非常に高くなり、私もあまり分からないが、ノイズの発生などがあるという。それよりも小型になれば価格も安くなる。NikonのZ50Ⅱと言う機種が出て、センサーは35㎜センサーの半分の大きさであるAPS-Cと言うセンサーを使用している。レンズ比率では1.5となる。この半分のセンサーを使用している機種があるのは、SONYであり、Cannonは、それよりも少し小さめになり、レンズ比率が1.4である。LUMIXはそれよりも小さく、レンズ比率1.3ほどであるという。レンズ比率とは、そのセンサーでレンズを装着した時のレンズ焦点が変り、50㎜標準レンズだと1.5掛けして75mmになり、250mmレンズだと375mmに変わるのである。レンズ比率1.5は計算しやすく、何よりも、野球観戦での望遠での連射仕様には十分である。
そして年が明け、二月の末にNikonZ50Ⅱを購入した。正直言って趣味の一つとして扱う私にとっては、十分すぎる機種である。又、機能が多すぎて、これを覚えるのも一苦労であるが、基本的機能と、絞り優先、シャッタースピード優先機能が分かれば問題ない。野球観戦などで連射した画像の良い物を取り上げ、トリミングして、より大きく強調する事も出来るので楽しい。しかしドーム以外での試合では、よっぽど晴が確定していないと、持っていくのが怖い一面もある。雨による湿気である。鎌倉は大変湿度の多い町で、カメラボックスに乾燥剤を入れ、その乾燥剤も3・4ヵ月に一度交換する必要もある。高価な物だけに大切に扱わないといけない。
カメラの購入を考えておられる方は御存知だと思うが、連写などを行う場合、高容量のメモリーカードが必要で高価である。今のカメラには充電器は付いておらず、カメラに直接ケーブルを差して充電するが、正直言って怖い。挿し口の消耗や、落雷や、それらの経緯から考えると、充電器が必要で、連写などの多様により、またディスプレイとファインダーの二ヵ所に映し出すため、従来のカメラと比較して電池の消耗は激しく、充電池は二個必要になると思う。そして保護レンズフィルターやフード、また除湿ケースと除湿剤。最後にセンサーに埃が就きやすい分、クリーンキット、除湿ボックス等が必要となって来る。これら総額すると、五万円強するのである。本体価格から、五万円強を上乗せしなければならない。
しかし、六十七歳の私にとってのカメラの購入は最後になると思い、清水の舞台から飛び込む思いで買ってしまった。
このカメラにより、再び鎌倉の神社仏閣を巡る気力となっている。最後に一つ、Leicaを使用していて思ったのは、写真を撮る際にカメラ裏面のディスプレイで見て取る時や、撮った写真を見る際、屋外であると陽の光で、見難く、撮影の時に一眼レフタイプであるとファインダーを見て取れるので、陽光の影響が無い点、使い易い。次回からは鎌倉三十三観音御朱印巡礼を記して行きたいと思う。令和八年の鎌倉は、例年よりも今のところ穏やかな夏が過ぎて言っている。七月末と八月9日から12日まで最高気温も三十度を割り込み、最低気温も25度前後で、酷暑の中、身体を休ませる事が出来た点は、昨年と比較して本当に過ごし易い。このお盆の間も涼しく、その後も、過ごし易い日が続いている。しかし、熊本地震で被災された方は大変だと思う。安易に頑張ってくださいとも気楽に言う事は出来ない。八年前の平成二十八年(2016)に続く震災であり、被災された方は、この酷暑の中で、本当に体を労わっていただきたい。行政の最善を期待するしかないのだ。
―続く―








