来月,歌舞伎座に義経千本桜を観に行く予定です。そこでこれをパロディーにした落語「猫忠」を思い出しました。初めてこの演目を知った時,「猫定」という演目と区別がつきませんでした。前者は「ねこただ」と読み,後者は「ねこさだ」と読むので1字違いです。また忠義のある猫という意味で「ねこちゅう」なのかとも思いました。「猫定」では,猫が飼い主の仇を討ちます。そういう意味で「ちゅう」とも思ったのです。

 歌舞伎では,鼓の材料にされたキツネの子が親を慕って,佐藤忠信に化けて鼓の持ち主の静御前に近づきます。落語の猫忠の名は忠信の忠をとったもので,忠義の忠ではないようです。落語では,下心のある治郎吉が清元の美人お師匠さんのところを覗くと兄貴分の常吉がお師匠さんとべたべたしていました(AIには刺身を食べさせていますが,落語ではもうちょっと強烈でした)。やきもちを焼いた治郎吉は常吉の奥さんに告げ口をしますが,奥さんのところにも常吉がいたのです。変だと思って治郎吉は常吉とお師匠さんのところを見に行きます。すると,常吉そっくりの男がお師匠さんと仲良くしていたのです。最後に分かったのは,常吉そっくりの男は猫が常吉に化けたものだったのです。猫の親は皮を剥がされ三味線にされていたのです。その猫の子は親恋しさに,お師匠さんと仲の良い常吉に化けて三味線のそばに来ていたのでした。常吉が「こんな場所は猫には似合わない」というと,「にゃー(似合う)」と答えるのがサゲです。

 歌舞伎の方もすでに一度鑑賞しています。猫とキツネの違いがあり,清元のお師匠さんと静御前,三味線と鼓という違いもありますが,ストーリーは異なると思います。もう一度この違いも頭に描きながら歌舞伎を鑑賞したいと思います。