高校の時に習った漢詩を思い出しました。何か言葉の響きが良いので覚えていたのです。

渭城朝雨浥輕塵

客舍青青柳色新

勸君更盡一杯酒

西出陽關無故人

 書き下し文は次のようになります。

渭城(いじょう)の朝雨(ちょうう) 軽塵(けいじん)を浥(うるお)し

客舎(かくしゃ)青青(せいせい)として 柳色(りゅうしょく)新たなり

君に勧(すす)む 更(さら)に尽くせ 一杯の酒

西のかた 陽関(ようかん)を出ずれば 故人(こじん)無からん

 作者の王維は友の元二を長安(都。今の西安)から都の外れ渭城(今の咸陽市)まで送ってきました。元二とはここでお別れです。「朝雨が降って埃も静まっている。宿屋の周りの柳は青々と鮮やかだ。陽関(キルギスに近いところにあり、唐王朝の西の果て。支配も不安定な安西への入り口)を出たらもう戻ってこれないかもしれない。別れの酒を酌み交わそう」と王維が詠んだ詩です。元二は陽関の先の安西都護府に国の命令で赴任していくのです。

 高校生の頃は表面ずらしか見ていなかったような気がします。今、その場所がどんなところでどこに何をしに行くところなのか深く考えなかったような気がします。今はネットで地図もだせ、どこからどこに行くところだったのか、AIに訊くと旅の目的は何だったのかとかいろいろなことを知ることができます。果たして高校の漢文の先生はそういう背景まで知っていたのでしょうか。