お風呂屋夫婦は、脚本家・足立紳の眼線ではないだろうか?

映画に憧れる、スズ子の父親。才能あるなしに関わらず脚本書きを季節風物のようにいつも始める。

なにしろ才能に関わらず継続すること。

折れないで続けることは立派どころか、欠かせぬ才能なのである。

足立紳の『喜劇恐妻物語』を思わせる。

同監督は『雑魚どもよ大志を抱け』で、子供達の群像というか、顔の群れを巧みに連ねて、

その対立と拮抗を生傷を伴うような現在形を造形していた。

『ブキウギ』を観ていて思うのは、天性の才能あるなしに関わらず、

或いは金銭的事情通やそれぞれ自身の考えからストライキに加われないとか、

それでも加わるとかの様々な「断層」が様々の顔に拮抗しているということである。

ダンスに取り組みラインダンスの群れをつくるに至るまでの、

それぞれの顔の拮抗がやはりきちんと描かれていることに良さがあると思う。

しかも世界恐慌による不況下の歌劇団のストライキという生傷が彼等にそれぞれの思いの深さを滲ませるのは、”good old days”よりも”bad old days”を描いているようでもあり、

より一層ダンスに賭ける切なさを深いものにしているのではないだろうか?