夕陽。その光に思うことはそれぞれ、だ。この世界。何処から手をつけていいのかわからない錆びの匂い。円弧をなぞる毎日・・・資本主義の晩年?真っ赤な家計、火の車。お金で幸せは買えないのだけど、つきまとう舌打ちすらないため息。でも、半径5メートルのわたしの生活と身近にみえること、それをなぞること。触れること。錆でも、汚れでも、洗えばすぐに落ちる、それだけのこと。毎日“BORN”だ。・・・洗濯は夜に任せ、陽に干すのは朝に限る・・・夕陽?・・・言葉になってなくてもその夕陽の素晴らしさを伝えたい時はある。あなたのドンキホーテ的な挑戦。無謀だが無法の世界に爪痕。それぞれに思うこと。表現したいこと。あなたへの感謝?夕陽の光の印象。あぁきれいな陽の色。その印象をあなたに置き換えよう。この汚れた世界の空の下で繋がっていること。いまは、それがいい。
・・・・・・トラ子(橋本愛)と福多(中村蒼)の道行き
・・・脚本家・遊川和彦にとってこれは新たな深みをもたらしたと私は思う。
ドラマの「刺さり目」が「結び目」になること?長い時間軸に旅を重ねること?
・・・長旅の遣る瀬無い疲労感・・・ここに遊川和彦は辿り着いたのだ。
・・・そこに見応えがあると私は思う。
遊川和彦は、過去作・『過保護のカホコ』の冒頭は、俯瞰で見た地球が出て、大気圏へと入って日本列島上空になり、そして、東京→カホコの住む豪邸だった。取り巻く状況を遠心的に希求して来たのが常だったのであるが、今回は敢えて、急進的に、性急にこの国レベルのことに強引に距離を省略したようである。
でも、そうでもないのでは?急進的に、性急にさら地とも埋立ともつかないわたしたちの立つ場所と俯瞰の地球を包んだのは、みごとな夕陽だったのでは?
同じ夕陽みてること・・・・・・それだけで今はいい。そう思える日もある
・・・・・・いや、そう思える日の方が多い・・・この国はまだ。
