去年の今日はこれを書いていたのか・・・・・
・・・いつ終わるとも分からぬ時間の重さ?・・・それが双方向になるのか?・・・断線なのか?・・・切れたり繋がったりなのか?・・・関係性の重さの中で可変なのだけは間違いないと私は思う。
奥寺佐渡子の脚色には「戯画」はない。ひとの生き死に?・・・それが殺人事件であろうが事故であろうが、意図したものであろうがそうではないものであろうが、関係ない。人間関係の中で確執は多かれ少なかれ不可避であり、関係性の中でひとがひとり他界することに不可抗力などという逃げ口上は有り得ないよ、と言ってるかのように思うのだ。法的に罪を問われる問われないも問題ではない。社会が容認しても一生背負う罪?贖罪などと安易に言えることではないこと?形容出来ない、靄もやながらも言葉を失う程のただの重さ?ここには面白おかしさなどなくいつ終わるとも分からぬ時間の重さ。「戯画」の脚色でのメリハリを不謹慎と敢えて退けているに違いないと私には感じられる。・・・『夜行観覧車』・『Nのために』・『リバース』・・・いずれも関係性の縺れが事故のように思われる可能性を残しながらも、起きてしまった、ひとの死が決して事故では済まされぬ一生モノの重さなのである。
さて、新作『最愛』である。・・・長閑な時間が蓄積された田園・・・そこでふたりは出会った・・・真田梨央(吉高由里子)と宮崎大輝(松下 洸平)・・・大学の陸上部の寮夫の娘と部員の出会い・・・ありふれた出会いながら幸福感がある・・・告白の直前、いまかいまか、と・・・しかし、その幸福感は徐々に悪い芽に汚される・・・台風の日?・・・明日は梨央が大学受験で東京に立つ日・・・大輝は姉の結婚式で不在だった・・・梨央には小さな弟がいる・・・彼女が目を離した間の事故・・・脳の記憶が飛ぶこと・・・わたしのせいだ・・・彼女には既に重く積もったことがあることを私たちはここで知る・・・そう、時間が飛ぶことは、記憶が飛ぶということ、だ・・・「戯画」はありえない・・・重さは飛んだ分、彼女にはさらに重くのしかかる、のだ・・・その弟の病を治すために薬学部を目指す彼女・・・土砂降りの風雨の中・・・不安を重くする訪問者・・・酒と女性を持ち込み、寮を汚す・・・そして、梨央を茶化しながら粘着の眼で貪る?・・・何?・・・記憶が飛び、時間も飛ぶ・・・朝、寝床で気づく彼女・・・隣には弟・・・何が起きた?・・・手をみる・・・血液・・・父が家に戻った・・・平静を装う父、でも異様な気配・・・陰惨な匂いが経ち込む・・・洗濯機の音・・・覗いてみる・・・汚れた、赤・・・風呂に入っても消えない・・・いや、むしろ濃くなる・・・夜が明けた・・・陰惨を忘れようとする梨央、父と車に乗り込み駅へ・・・それが別れ、だった・・・父の急死・・・葬儀・・・陰惨さと蝕みが日常を曲げる・・・血まみれの彼女のシャツ・・・あの日着てたものだ・・・尋ね人・・・そうあの土砂降りの日の訪問者の父だそうだ・・・わけがわからない・・・陰惨と汚れと蝕みが渦を巻く・・・シャツを燃やす彼女・・・父は何かを隠匿したままこの世から消えた。
彼女はこの土地を去る・・・東京へ!・・・大輝は大会のランナーの晴れの日だった、のに・・・幸福な時間を汚してしまった彼女・・・わたしは汚れている!・・・逢えない・・・そう、思った、か?・・・そのまま消えた。
それから15年が経った・・・浮かび上がる水死体・・・発掘された人骨・・・所持品の御守りの中に・・・大輝が梨央に渡した激励のメモ書きがあった!
・・・そう!・・・大輝は警察官になった・・・不幸な再会・・・時間を呪いたくなる?・・・彼らの時間設計と空間設計?・・・あの日までは一緒だったのに。
・・・いつ終わるとも分からぬ時間の重さ?・・・それが双方向になるのか?・・・断線なのか?・・・切れたり繋がったりなのか?・・・関係性の重さの中で可変なのだけは間違いないと私は思う。
・・・このドラマは相当面白そうである。
