プラセンタの中国での歴史 | 横浜元町商店街の歯並び(子供から大人まで)やお口の相談が出来る歯科医院日記

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加藤デンタルクリニック、横浜元町インプラント歯学センターの開業日記

中国では紀元前から秘薬として重宝され
紀元前3世紀にはプラセンタが傷の治療薬として使われていたようです(^-^)/

中国4000年の伝統医学にもとづいた美容学があり
楊貴妃は様々な美容方をおこなっていたようですが
プラセンタももちろん使っていたのです(*_*)

秦の始皇帝(紀元前259年~紀元前210年)
やそれ以後の歴代の皇帝たちは
プラセンタが不老長寿の薬として用い
プラセンタが漢方薬として初めて書物に登場するのは
紀元後10世紀の唐の時代に編纂された『本草拾遺』(ほんぞうしゅうい)で
「人胞」(じんぽう)「胞衣」(えな)という名前で
プラセンタが薬として紹介され
楊貴妃(719-756年)も美容のため用いたと伝えられていますラブラブ!

明の時代の薬物書『本草項目』(1596年)には
プラセンタは「紫河車」という名で呼ばれて
現代中国の薬事典でも
プラセンタは「紫河車」として収載されています(^O^)/

この「紫河車」の語源は
「紫」は"帝王"を意味し
「河車」は"北方の生気"即ち精霊に通ずる言葉をあらわし
魂の肖像のように考えられていたようです得意げ