ブログにお越しいただきありがとうございます。

オタマメソッドマスター・動物対話士のカエコです。

 

さて、タイトルの「がんばり」について。

 

私が努力できない人だから、やっかみで言ってるわけではありません(笑)

 

どうして、そこまでがんばるかって人、いませんか?

誰かのために、家族のために一生懸命にたくさんのことを勉強して実践してる方。

 

一応もう一度言っておきますが、私が勉強嫌いだから言ってるわけじゃないです。

 

知識を身につけることはもちろん大事なこと。

ペットのことも言葉を口にしない彼らのために、できることは次から次へと出てきます。

あれもこれも「学ばないといけない」と焦りも出てくる。

まるで、勉強だけが誰か(何か)を救う手段で、しないとうちの子の寿命が短くなるみたいに思えたり。

 

そういう思いは、私も何度も経験してきました。

追いかけられるように勉強したこともあります。

 

でもねー、でもねー。

 

そういう飼主さんを見てペットさん達がどう思うかをちょっと想像してみてください。

 

自分の親が「あんたのためよぉぉぉぉぉ!」って(口に出さなくても)必死の形相で何かやってたらどう思います?

 

こわいですよね?やめてって思いますよね?

昨日もフード選びのところで書きました。

 

自分が親にされて「こわっ」と思うことはやめた方がいいです。

 

やりたいと思ってやることと、やらなければいけないと思ってやることは、他人が見てもなんとなくわかります。

必死さが痛々しいことがある。

 

どんっなにキラキラに見えても!

あなたのペットさん、ため息ついてますから!

 

必死のがんばりの底にあるのは、自分自身の願いのためですよね。

元気でいてほしい、長生きしてほしいと思っているのは、「自分」です。

 

「うちの子」の表情をゆっくり見てあげてください。

 

 

「ガンガンいこうぜ」作戦は、気がついたらHP(ヒットポイント)減ってることがあるから気をつけねばならんのよ。

(ドラクエ知らない方すみません)

 

たまには「みんながんばれ」でいいと思う。

(引き続きドラクエですみません)

 

いのちだいじに ってのもあった・・・(最後までドラクエですみません。ついでに言うと私はドラクエでなくFF派

でした))

 

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オタマメソッドマスター、動物対話士のカエコです。


10/21から始まった秋土用がやっと終了。
ペットさんにお変わりはありませんか。

年に4回ある土用期間は季節の変わり目。
人間も動物も体調を崩しやすい時期です。
特に免疫力の低い高齢者や持病のある方は要注意。

ということで、土用の時期にはいつも要警戒のうちのリンパ腫であるじーちゃん猫。
今回も先週あたりから嘔吐を繰り返しています。
(彼の場合は土用でなくても、体調を崩しておりますが)

食欲が落ちて体重が落ちてきてしまった、じーちゃん猫。

どうすれば食べてくれるだろう。
どのフードなら食べられるだろうってキャットフードを探したり。
何か、少しでもできることはと探し続けます。

今までに何度も何度も繰り返してきたことですが、きついです。
数日間、形のない不安を抱えて、もだもだしていました。


そんなときだからこそ、ね、「飼主の心の在り方」です。
自分の心の在り方が変わったからといって、不安がなくなるわけじゃありません。残念ながら笑い泣き
ただ、不安の逃し方はわかってきます。

大事なのは、うちの子にどんな気持ちでいてほしいか。
自分はどんな気持ちでいたいかということ。

少し先の最悪にとらわれながら、食べてくれ…食べてくれなかったら…と怯えてフードを探すか
どのフードならおいしい、楽しいと思って食べてくれるかを考えるか


やってることは同じだけど、まったく違います。
すごくすごく些細で、言われるまでもないようなことかもしれません。


でも
「あんた、これ食べないと死んじゃうの!」
って顔で出されたごはんを食べたいと思うか、…って、いやだよねー^^;

 

そういう時、じーにゃんは本気で怒ります。

背中で「いい加減にしろ」と言います。

ちなみに、彼は本気で怒ると完全に無視します。どんなに名前を呼んでも無反応。

おかーさん寂しい・・・

ごはんのことだけではありません。


いろんなことに、あてはめてみてください。

さて、寝る前にじーにゃんに栄養補給。
シリンジ使いも慣れました。

 

じーにゃんがんばってます。

自分の中にある制限はいろいろな影響で作られています。

親や学校、会社、友人知人。
気がつかない形で作られている制限は、だけど自分で受け入れているものでもあります。

若い方はご存知ないかもしれませんが…
globeの歌で「Face」という曲があります。
この中に

学生の頃、この歌が好きでした。
すごく辛いことがあった頃で、この歌を聴くと、ギュッと奥歯噛み締めて、顔を上げて玄関を出る自分を想像しました。
そうやって乗り越えた。

今なら絶対やりませんけど。

なんで握りこぶしして、嫌なこと飲み込んで、震えながら歩かなきゃいけないの。


でもこれが、見事に私が自分で作った制限です。


この場面を辛いことの乗り越え方にしてしまったんですね。
飲み込んで歩き続ければ強くなれると思ってた。


なりません。

というか、そういう強さは身につけても、楽(ラク)にはなりません。
抱え込むことは慣れるかもしれないけど、自分に重石を乗せ続けるだけです。

しかもその重石、周りは乗ってることはわかっていても、本人がどれくらいの重さを感じているかはわかりません。
自分自身ですらわからなくなっていきます。

重いって言わなきゃ誰にもわからない。
重かったよね、こんなの持たせてごめん、と自分に言わないと心が壊れます。

言って何が変わるかはわからない。
変わらないかもしれない。
それでも重いと感じてることだけは伝わります。

何かに癒しを求めるのもありなんですけど、自分で重石を横に置いた方が早い。
あ、置くより放り投げる方がいい。
横に置いた石を無自覚にまた持っちゃうことがよくあるので。
私、よくやりますのでご注意(笑)




のんびりいったらいいのよ