ブログにお越しいただきありがとうございます。
くすっと笑えてたまにちょい泣けるブログを目指しております。
オタマメソッドマスター、動物対話士のカエコです。
さて、やっと真面目に書いてたものを投稿できます(笑)
昨日も書きましたように、先週から私が体調を崩しまして。
うちのじーにゃんも週末嘔吐が続きまして。
動けなくて、土曜日はHuluでドラマ「コウノトリ」をずーっと見てました。
泣きますよ、ええ。わかってました。
泣きすぎて翌日は目が腫れまくりましたよ。
それで思い出したこと。
私ね、以前、わからないことがありましてね。
災害があった時に、そこで生まれた赤ちゃんの話を聞くと「大変だなあ」と思ってました。新しい命はもちろん素晴らしいと思ってます。でもお母さんも万全でない状態で、不足なものがたくさんあって。
周りは喜んでいるけど、それ以上に苦労されるんだろうと想像してました。
だけど、うちの末っ子猫が来たとき、それが吹っ飛びました。
当時、私は心身ともにボロボロで、仕事はおろか自分の食事もまともにできない、眠れない状態。そんな時に拾ってしまった子猫は、獣医さんが「明日までもつかわからない」と言うほど弱ってた。
なんとか初めの一日を乗り越えてくれて。
その後は、ただただ、今日一日生きてくれと思っての毎日。
子猫も初めは24時間、3時間おきにミルクを飲ませます。授乳準備と哺乳瓶の煮沸消毒で合間に寝られる時間は多くて2時間半。だけど、その子がミルクを飲んでくれる、それだけで嬉しかった。
生きて、そこにいてくれるだけでよかった。
小さな小さなかたまりがここにいて、動いて。
目を大きく開いてこっちを見て。
にゃあ、って鳴いて。
そんなことがどうしようもなく嬉しくて。
新しい命って、そういう一番基本の大事なことを思い出させてくれる力があることを心の底から実感した。
被災地で生まれた新しい命は、そういう状態だからこそ尊かったんですね。
どんなに、どんなに、どんなに願っても、往く命を止めることはできません。
逆に、どんなに悔しくても、迎えられない命もある。
どうすべきか どうあるべきかではなく。何が正しいかでもなく。
命は『今』を重ねていくだけです。
1秒後ではない「今」。
「今」この瞬間を笑えてますか?
こうなりました。いやーすっかり元気になって・・・(笑)


