こんにちは!

私は自分の臭いに悩み、共に生きてきましたアラフォーワーママです。



⬇️私の脇のニオイ対策グッズ!
塩化アルミニウムアレルギーがたどり着いた、手作りスプレーを使っています。
※個人使用です。
先日の美輪明宏さんの訃報。
10代の頃から今に至るまで、
美輪さんは節目節目で、勇気と生きるエネルギーを私に与えて下さいました。
先日の記事にも書いたのですが、

これまでの美輪さんの思い出を思い出していたのです…

が!!
20数年ぶりに、気づいたことがあったんです!!

なんと、初めていった美輪明宏さんのディナーショーが行われたホテルで、私、

結婚式あげてたんです(爆)

私も気づいた時はビックリ!!
なぜ、この式場を選んだときに思い出さなかったのか!!
もちろん、結婚式をあげた当時も美輪さんのファンだった私。

なぜ…?

美輪さんがお亡くなりになって、しみじみと美輪さんにファンレターをお渡しして握手して頂いた、ディナーショーのことを思い出していました。

当時は大学生、ディナーショー自体が初めて!
どんな服を着ていけば良いのかわからず、でも、高いフォーマルウエアは買えず、大学の入学式で着たスーツを着ていった思い出があります。。
(世間知らずでお恥ずかしいあせる)
テーブルマナーも一通り調べていきました。

しかし、会場はかしこまった雰囲気や堅苦しい感じはなく、いろんな年代の方がいました。

少し思い詰めたような雰囲気のご婦人の方もいました。きっと、美輪さんに救いを求めてらっしゃるのかな?と思いました。

美輪さんの歌と毒舌混じりのトークを挟んだディナーショーはあっという間に終わりました。
素晴らしい歌とトークに魅了されました。

美輪さんがアンコールを歌い終わると、花束を持った熱烈なファン達がステージに押し寄せました。

(当時は)事前に花束、ファンレターをお渡しするタイミングがディナーショーの最後にあると聞いていたので、アナウンスが流れたあと、私も手紙を持って駆け付けました。

「お時間がありましたら、お読みください!」
そういってファンレターを渡すと、美輪さんはニコッと笑って握手をして下さいました。

その時、美輪さんはピンクの羽が付いた衣装をお召しでしたが、歌っている間に、その羽がヒラヒラとステージに落ちていました。

熱烈なファン達は美輪さんがステージをあとにされたあと、その羽を拾っていましたヨちゅー

そんな素敵な思い出があったホテルで、私が20数年後結婚式をあげるなんて、誰が予想したでしょう。

そのホテルは地元でもなく、
その後、私はそのホテルから遠く遠く離れた場所に就職したのですから…。

そのホテルの結婚式場を選んだのは夫の地元に近くて、
ホテルの雰囲気とチャペルが気に入ったということで、美輪さんのディナーショーで行ったホテルということには選んだときは気づいてもいませんでした。

美輪さんがお亡くなりになって、なぜか気づいて思い出したんです。
本当に不思議です!

美輪さんからちょっとした思い出のサプライズを頂いた気がしてなりません。。愛

臭いのことで悩みまくった人生、
美輪さんさんの人生相談本には本当に助けられました。

いろんな経緯があり、
何か悩んだときに親には相談できない、したくないと思って生きてきました。


母は私の相談には乗ってくれなかった…というより、私の悩みは深すぎて母のキャパシティを超えて対応ができなかったんだと思います。
でも…なんのご縁か…美輪さんを教えてくれたのも母。
もし、母が何でも相談に乗ってくれるような母でしたら、美輪さんとのご縁はなかったかもしれません。

だから、私は母に感謝しているんですよ。


美輪さんがたくさんの芸能人や一般の方たちに賞賛されると、私もとても嬉しかったです。

美輪さんは本当にマルチで多方面でご活躍されましたが、一貫していたのは「美に生きていた」ということ。容姿やパフォーマンス、言葉、佇まい、生き様までもが一つの芸術を見ているように美しかった。

スピリチュアルな側面をクローズアップされることも多かったですが、
人生相談本では体験を基にされた、至って現実的で痛快、実践的な内容ばかりで本当に助かりました。

私も同じ時代に生きることができて、そのエッセンスに触れられた人間として、とてもとても及ばないけど、母として妻として、人として…少しでも近づいていきたいです。