気ままな黒猫 -3ページ目

気ままな黒猫

気ままに更新しとります。

記事内容もいいかげんですハイ。



※最近はゲームについて書くことが少ないです

はいどうもコンバンワ。


タイトル見て気が狂ったと思われても問題ないです。


気は確かです(;´∀`)




どう考えても百合ものにしか見えないんですよこのアニメ。


しかも臭い臭い。


お嬢様が集まる女子高があったらこんな感じなのかな、みたいな。


実際そんなところにいる人と話もしたことがないので、日本のどこかにはリリアンみたいなところがあるかもわかりませんが。




内容も全く知らずにタイトルだけで選んだところもあるのですが。


CDのジャケ買いと同じですね。


なんせ4期もやっているので。


それだけ根強いファンがいるのだろうと見始めました。




いつもどおりネタバレはしない方向で。


1話目で百合ものではないかとすぐに思います。


どんどん話が進むにつれて、とーっても臭い百合ものだと思います。


どう考えても全面に押し出されるのはいわゆる「少女」の心情の変化なのですが。


同じくらい、どう考えてもこの世界は何か歪んでるような気がしてならないのですw




と言うか山百合会って名前なんぞ





そこで何に着目していくかと言うと。


そういった特別な世界観を持ったものと、実際に自分が経験したものとの共通点です。


アニメ、ドラマ、漫画、小説、どんな形式を取っても、物語である以上は現実との対比になるはずです。


ノンフィクションだったら実際にあったことですから、その中に自分が日ごろ感じている何かを見つけるかもしれません。


ターミネーター1を見たら、サラ・コナーとカイル・リースの逃亡劇の中に人間臭さを見出しますし。


ターミネーター2だったら、ジョン・コナーと「ボブおじさん」のやりとりの中で人間臭さを感じます。


ターミネーターを例にあげたのは単純に自分が好きだから^w^


竹中直人がすすめる究極の恋愛映画はブレードランナーだとか。


アクションものだって、現実にはありえない動きに爽快さや何かを見つけると思うんですね。




そうやって見ると。


たとえば憧れの人に自分を見てもらえたときの嬉しさだとか。


誰かの家に初めて泊まりに行く感覚とか。


単純な心の葛藤だとか。


何かに向ける純粋な思いだとか。


卒業するときに感じる哀愁や郷愁だとか。


何かしら感じるところはあると思うんですね。


全話にあるわけじゃないです。


が、たまに当たります。


自分は中学高校の卒業はいろいろあったのであまり良い思い出はないのですが。


小学校の卒業式。


式の途中であれこれ考えたこと。


あのときの帰り道の空が、やけに青く感じたのは忘れてません。





作品って何もそれ自体が面白いから好きになるわけじゃないと思うんですね。


キャラクターの人間性に惚れるのもしかり。


絵やら音楽から好きになるのもしかり。


話の展開から好きになるのもしかり。


好きな声優が上手いことやってるから、なんて理由もありだと思うんです。


そこで大事なのが。


作品を見て聞いてどう感じるか。


何を考えるか。


そこが一番の醍醐味だと思うんですよね。


そのとき感じた感動も。


1秒後にはすでに過去。


だったら思い出を蘇らせる起爆剤でも良いじゃないですか。





ドラえもんを見て、ドラえもんを作ることはできないかもしれないですが。


のび太のように優しくはなれるかもしれません。


それで優しい気持ちになれたなら。


それは作品との素敵な出会い。


何もドラえもんは優しい気持ちになれ、なんてメッセージを発信しようとしてるわけではないのだけれど。


しんちゃんを見て下品だと思うならそれでも良い。


そしたら自分は下品だと思うことをしなくなるじゃないですか。






作品を鑑賞するにあたって一番怖いのは、何も感じなかったときだ


なんてことを再認識させられるアニメでした。


アニメとして面白いかどうかは語りませんが・・・


ただ次回予告は面白いw








どうせ生きるなら、何かをたくさん感じてやったほうが豊かなんじゃないかと思います。


それではまたヾ( ̄ー ̄)ノ

野沢菜茶漬けを食べながらの更新だったり・・・w



しばらく放置してましたね。


理由は簡単。





あまり無双にインしなくなったから





その理由はまたいろいろあるんですけど。


無双以外にやりたいことが増えた感じですかね。


別ゲーにどっぷり浸かる可能性はないと思いますけどね。


TF2にちょっと誘われてるくらいですか。


今は左手の小指を骨折してますのでFPSもできたもんじゃないんですがw


ただ無双を引退、なんてのは考えてないですね。







さて本題。


このブログをどうするか。


どうせ無双ネタが書けないのだから、無双のゲームブログの形では少し問題がある。


しかもそうすると更新なんてすっぽかす。


昔の記事にアクセスがあるようなので、このブログを消しちゃうのもな・・・w


「本来は」サブ的な位置づけだった無双以外の記事。


正直こっちのほうが本人やる気。


たまーに物好きな人もアクセスしてくれている。





と、言うことは


無双ブログじゃなくて、もっとジャンルとかに縛られないいい加減なものにしてしまおう!





今までも好き放題更新してたわけですが。


もーっと個人的なものにしてしまおうと言うわけです。





と言うことでここまで決まったので。


まったりそのうちブログの細かいところを修正。


さらにてきとーにブログ更新。


リンクとかの整理もして。


読者なんてキニシナイ最悪なブログに仕立て上げてしまおう。


ネタバレ禁止とか、自主規制たっぷりの中で最悪なブログ…






やりたいことやってやる!!








それではまたヾ( ̄ー ̄)ノ

ずいぶんご無沙汰しております。


無双も将剣がアップされてブームが落ち着きを見せ始めているころでしょうか。


まず無双の新規さんの目に触れることはないであろうこのブログですが。


たまには新規さんでなくとも激でのポイントでも書いておいたほうがいいのかな、なんて思ったりしてます。


と、言うことで今日自分がかなり反省したポイント。


狩り場は最小限に


です。


はい。


たとえばです。


要塞の赤側に味方が2人います。


なんとなーく狩り場を四角にして考えて3面くらいで回るのがいいじゃないですか。


でもたまーにそうもいかないときが。


今日、自分は鉄剣でペースが上がりすぎて3面では足らなかったのですよ。


とりあえず狩り場として使いにくい場所をルートの中に盛り込んだから味方にはそこまで迷惑にはならなかったのかな、とは思うのですが。


でも、よく考えたら狩りが雑になってたんですよね。


もしマップの配置が今回のようでなかったら。


自分の狩りが味方の邪魔になってたかもしれませんね。


でもそれは少し狩りを丁寧にしてやればよかったのかもしれません。



逆にです。


平地で鉄剣を使ったとします。


自分の狩り場は黄色兵士で、敵と狩り場を共有してるとします。


この場合は上で書いたことの逆をしてやるといいですよね。


もう狩り残しとかそこまで気にせずに相手の撃破数を奪ってやると。





結論:少しだけでも些細なことに気を使ってみると違ったものが見えてくる












最近は少し生活を落ち着けるためにも無双を自重しています。


のでけっこうアニメを見ることに時間を潰しています。


最近はRIDEBACKを見ましたね。


MELLがOP歌ってるから見たのですが、ヒロインがフェーゴに乗って感じたものってある意味共感できるんです。


それは上手く車やらバイクやらを乗りこなせたときの快感なんですが。


そういうのが刺激になっちゃうといろいろと自制するのが大変だったり・・・w


カートかなにかで晴らそうとしてもお金なかったり・・・w




アニメって言うのはいろいろなジャンルやテーマが存在します。


舞台の中で活躍する登場人物もさまざまです。


そこから共感できるもの、気づかされること。


それもまた皆それぞれ、視聴者によって違うわけです。


だから単なる娯楽として、人気があるのだけを見るのもいいのですが、何か自分だけの思い入れのある作品に出合ってほしいですよね。


RIDEBACKなんてけっこう物語の矛盾点やらアニメとしての質やらを考えていくと微妙な作品です。


でもヒロインが光を見た瞬間、自分は何か熱いものを感じたんです。


そういった出会いって素敵ですよね。






今日はコードギアスを見始めました。


相変わらずブームが過ぎ去ってから見てます。


デスノートと近いものを感じるんです。


「独善的な正義感とそれを理由に戦うカリスマ」といった感じでしょうか。


ヒーロー的な役回りの主人公が人気な作品ってその時代がそういう人物を求めてる証だと思うんですよね。


デスノートでも民衆がキラにすがるような部分が描かれていますが。


つまりはああいった願望。


当たり前だとあきらめているものを覆してくれる英雄。


刺激的な存在。





たとえばそれはスカイクロラで押井守監督が「情熱をぶつけるものが見いだせずに、ただ無気力に生きる若者」なんて言ったところと同じだと思うのです。


この「やることがなくて無気力」というのはここ最近の数十年は(たぶん)ブームですよね。


映画でも頻繁に「つまらない日常をぶち壊すためにデカいことをやってやるんだ!」みたいなノリが出てきます。


そういう自分も情熱をどこにぶつけたらいいかわからずなんとなく生きている人間の一人なわけですが。


毎日をただ過ごすには困らない高度経済成長期後の日本。


世界のどこかで戦争があったって非日常的すぎて意味がわからない。


家族が死んでも受け入れられない人が多く。


逆に当たり前すぎて命の重さの感覚も狂ってくる。


そういう自分もたぶん感覚が狂ってるのでしょうね。


こんな日本を狙ったテロだとか。


あるいは大震災でもあったとき。


平和ボケってやつから現実に急に引き戻されるのでしょうか。






なんてつらつら駄文を書いてしまいましたが。


本当はブームから見る「売れる」ということについて書こうかと思ってたのですがw


映画やらアニメやら本やら音楽やらって、必ず「良いもの」が売れるわけじゃないんですよね。


不器用であってもどこかしらで心をつかむ作品が売れるんです。


実はそれはメディアが仕込んだ罠であっても。


現実と思い込みや幻覚ってのは脳内で同じように処理されるので、楽しんだもの勝ちって考え方があるのですがとこれはGITSのなk(ry


それでも、売れなくても良いものを作るんだ、という姿勢には惹かれます。


RIDEBACKで今やアニメではお決まりと言ってもいい「パンチラ」がなかったのも自分は好きなんですよね。


視聴率上げるために!みたいなのもたまには良いのですが・・・












オチ無しってオチじゃダメですか・・・・?





結論:自分が好きなものはそれでいい。その「楽しむための道具である感覚」を使っていかに楽しむかが問題である。



別に友達が好きだから私も好き、みたいなノリでも楽しんじゃえばいっしょです。


ただたまーに立ち止まって本質を見抜こうとする姿勢も大事なんじゃないでしょうか。





無理やり終わらせてごめんなさいorz