さてさて。
ZZを見終えました with KIAI。
俺がZZ見るって言ったら兄貴が「あれは途中で富野監督が我慢できなくなったんじゃないかと思う」なんて言ってましたね。
前作機動戦士ガンダムZではあまりにシリアスな内容が色濃くて、機動戦士ガンダムZZでは最初はコミカルなものにしようと思ってたとか。
ただし途中から明らかにシリアスに描かれる。
地球降下前後かなぁ。
そして最後は序盤のコミカルな話に合わせたキャラづくりが崩壊して後半でぐちゃぐちゃになってくると。
マシュマーがその代表になっちゃってるかな。
よくある「悪は必ず滅びねばならない」みたいなノリでマシュマーは殺されたんだと思ってしまったね。
ZZについては富野監督の意思がよくわからないけど「ZZは遠藤くんの作品」と公言しているあたりに監督としてのある種の「逃げ」があるのではないかと推測。
ただ作品コンセプトがコンセプトだけにあまり物語の内容には深く突っ込んではいけないのかなと思う。
であってもニュータイプに関する解釈はかなりZZで色濃く出てるんじゃないかな。
さてさて。
SEEDはあまり好きじゃない、なんて公言しているのだけど。
実を言うとまだちゃんと見ていない・・・
そもそもコンセプトが気に入らなかったから好きじゃないって言ってるんだけれども。
ただ見てないから批判はできないよね。
ってことで良い機会だから見てみようかと思う。
まず見るにあたってのポイントだけおさえておこうかなと。
・「新しい世代に向けた、新たなスタンダードとなりうるガンダム」「新世紀(21世紀)のファーストガンダム」を目指して制作された。
・、『ガンダムSEED』シリーズ第1作は、「キラとアスランを主人公に据えて『非戦』というテーマを描いた」
※wikiより
とのこと。
つまりここに注目して作品を見ないとあまり意味がない。
作品の内容について付加価値を求める、あるいは拡大解釈をする作業はそれから。
1つ目を踏まえた上でメカニックデザインを見ると、ファーストへのオマージュ的作品としての性質が見受けられる。
最初に出てきたモビルスーツがまずザク?みたいな。
話のカギになりそうな白い戦艦もファーストのペガサス級の特徴をかなり受け継いでるよね。
キャラも明らかに「アノ人」を意識した人間が・・・w
あるいは話全体がオマージュになっているのだろうか・・・?
まだ見始めなのでなんとも言えませんが、明らかにファーストを意識していることはわかりますよ。
ある意味おなじみである「子どもが仕方なく成り行きで戦争をする」ってところもしっかり受け継いでいるようです。
しかしどうもガンダムが持っていた「SF作品の中のリアリズム」を超えたリアリズムを求めてぐだったような気配が・・・
ファーストが持っていたリアリズムは「世界観を豊かにする要素」として確立されていたように解釈できる。
最も「当時のリアリズム」だからニュージェネレーションの俺には色あせたものに映るだけかもしれないけど。
ただ次回予告のナレーションがどうも好きになれない。
次回の着目すべき点の述べているように一見思えるのだが、実際にそういう部分が本編の中で描かれていない。
混乱させるならいっそやめてしまえと思うくらいなのだが・・・。
ガンダムシリーズとして評価すべき前にどうもアニメとしての評価が先走りそうな予感。
3話見てそれが感想。
ガンダムという枠に捕らわれずに見てみようかな。