It's All Greek To Me!!! -34ページ目

It's All Greek To Me!!!

人生初海外ひとり暮らしの挑戦。ヒトもコトバもさっぱりわかんない世界に単身乗り込みいっちょやってやっか的な日々を綴る予定は未定。

本日の無線LANの旅はあえなく終了したが、せっかく近くまで来たので


ネットカフェに寄ってみた。


懐かしい人たちからメールが来てて、それらを読むだけで気は晴れた。




それから、わたしのチューターとなるジュジャンナさんからの返事も来てた。


9月5日以後に大学に出向するから、その頃に一度会いましょうとのこと。


プラス、それまでに研究計画のサマリーを寄こしてくれとの指示が。


現在マイPCがオンラインじゃないし、はたしてご期待に応えられるかわからないが、


できる限り善処すると返事を打った。




帰りは、いつものようにマッチで食料の調達。


思っていた以上にミネラルウォーターの消費が多いので、


今後も毎回小出しに買っていくことになるだろう。




それにしても今日の天気、もはや肌寒いを通り越して、


まるで11月の朝が来たかのようなそんなインパクトのある陽気でした。


風邪引いてなかったら、こういう天気大好きなんだけどね。


残念。

けっこう前のことだけど、ベルリン在住のyuKoさんの日記に、


マクドナルドが無料で無線LANサービスをしているという話題があった。


最近はずっとそのことが気になってて、ここ洪国でもどこかに


タダの無線LAN地帯がありはしないかと、街中注意しながら歩いていた。


すると、こちらのマックもどうやらインターネットサービスを


提供しているらしいことがわかった。


それから、アパートの近所のショッピングセンターにも無線LANエリアを


意味するようなマークを見つけた。


午後は特に予定が入ってないし、方々へノートPCを持ち歩いてみることにした。




まずは、ショッピングセンター。


いくつか無線LANは見つかるが、どれもうまくいかない。


ひとつだけ「WIELA(?)」とかいうのには接続できたが、


ブラウザを開くと契約の画面へと連れて行かれて、それ以上先には行けない。


続いて、市街へ出陣して期待の星・マックへ。


こちらではカプチーノSサイズを注文し、さっそく試してみる。


結果は、、、またしてもWIELAのお出ましで、すっかり返り討ちに合った。


これぞ西欧と東欧の格の違いを思い知らされた瞬間。

昨夜、寝る前に見たTVの天気予報によると、今日の最高気温は16℃らしい。


まさか、そんなに涼しいわけないでしょ、まだ8月だよ。


半信半疑ながらもとりあえず、東京から持参した秋物の薄手のジャケットを


デビューさせてみることにした。


わたしの風邪の具合は、相変わらずだし、防寒対策は徹底しておいた方が無難だ。




さて、そのわたしの体調について。


昨夜から風邪薬を服用したり厚着したりで早めに対処しておいたから


こじらせてはいないが、ときどきむせてしまう。


朝食を済ませてから、さっそくネットカフェへgo。


この辺はもう日課になりつつある。


ついでに、郵便局でアパートの持ち主が残していったガス代の支払いを済ませ、


日本へ手紙を送ったりした。




ひととおり市街でする用事が済んだところで、奨学生担当係まで移動。


Chazar Andras utcaというところで下車。


するとどうも見憶えのある景色である。


いまから7年半前、わたしが初めてこの国を訪れたときに


旧友のぺー氏とともに宿泊した安宿の真ん前だった。


なんという偶然だろう。


これから新生活を始めようとしているときに、


知らず知らずのうちに原点にたどり着くなんて。




とかなんとか、現を抜かしていたら、いきなり携帯が鳴った。


おそるおそる電話に出てみると、おっさんの声が洪語でまくし立ててきた。


断片的に聴き取れた語彙から判断するに、インターネット会社の人のよう。


いま家近くまで来てるから、出てくれとのこと。


そんなの無理ですよ、だんなー。


けっこう遠くまで来ちゃってるんだから。


すると、今日何時に在宅か?と訊いてくるので、


13時までにはいるようにするから」と命からがら応答することができた。


このチャンスを逃したら、次はいつ来てくれるかわからない。


社会主義時代の官僚制の名残の色濃いこの国では、


あちらがやってくれると言ってるときは是が非でも合わせるしかない、


それが少しでも気持ちよく暮らしていくための知恵となるはずだ。




とまあ、なんとか電話は片付いた。


時刻は11:20過ぎ。


さっさと奨学金の方の用件をやっつけてしまわないと、予定が押してきた。


道に迷ってる暇はない。


ちょうど良いことに、例の安宿の前で感じの良さそうなおじさんが


庭仕事をしているのを発見。


とっ捕まえて片言の洪語で道順を聴いてみたら、


ゆっくりとした口ぶりで丁寧に教えてくれた。


言われたとおりに歩くこと数分、目的地の「教授の家」なる場所に到着した。


建物のゲートをくぐってからお目当ての担当者に辿り着くまではややてこずったが、


無事にアーグネシュさまにお会いすることができた。


手続き、というか必要書類(健康保険の加入証書とか)の受け取りは


すんなり終わってくれたので、


しばらくしてから成田空港から郵送した荷物が届くだろうことを確認し、


ほかに、洪語のコースはどこでどうやったら参加できるのかとか、


どうやったら市内交通の学割定期券が買えるのかとか、教えてもらった。




アーグネシュさまは、わたしの事前の予想とは大いに異なり、わたしと同世代の、


とてもキュートで英語も達者な方だった。


それに面倒見も良さそう。


この人だったら、信頼できそうだ。




こうして、いよいよアパートへと引き返す。


途中バスの乗り換えのついでにマッチっていうスーパー・チェーンで


食料を軽く調達して帰った。


帰宅して昼食を済ませ、ネット工事に必要なひととおりの書類を揃え、


部屋をざっと片付けて来客を待つ。




相手の持っていたこちらの住所が微妙に間違っていた関係で、


訪問までにムダに時間がかかってしまったが、無事におっさんに会うことはできた。


しかししかし!


彼は、わたしにADSLモデムを手渡して、受け取りのサインをもらうと


早々に立ち去ってしまった!


「ちょっと待った。家って、まだ電話開通工事済んでないんですけど。


おじさんがやってくれるんじゃないの?」


急ぎ足で訊いてみたら、


「箱の中にマニュアルがあるから、あとはお任せします」


的なことを早口で言い終わると、撤収する気配をプンプン漂わせていたので、


わたしの方でも彼を引き止める勇気は失せていた。




今日から自宅でネットができると胸を躍らせていた楽しい時間は、



秋風のように、いとも簡単にすり抜けていった。

朝、昨日のDIYのせいで部屋中散乱しているダンボールの山を



地下の物置(こっちの言葉ではピンツェという)へと運び込む。



Kさんは9:00にタクシーで颯爽と旅立っていった。





ようやくわたしだけになれた。




これで自分のペースで部屋のアレンジも掃除も、


炊事も洗濯も、勉強も遊びも何でもやれるというものだ。


この解放感は何ともいえないね。


しかし、喉の痛み、想定内といえばその通りなんだけど、かなり不快。




朝食を軽く済ませて、ネットカフェへ。


前日、メールしておいた奨学生担当部署からの返事が来てて、


明日30日にでもパスポートを持ってオフィスへ来てくれとのこと。


諸手続きはそれからだ。




メールチェックを終えてから、旅立ち以来音信不通だった、実家へ電話する。


電話には母親が出てくれた。


とりあえず、ネットが使えないことを除けば、


あとはだいたい順調であることを伝えたところで、


500ft分のテレフォンカードは終了。


これで少しは安心させてあげられただろうかね。




午後、バスで自宅付近へ戻り、近くのショッピングセンターへ向かう。


食料や日用雑貨を少しずつ揃え始めないといけないわけで。


しかし、センターへの道程は散歩するには楽しいけど、


重いものを持ち帰るには意外に骨が折れることが判明。


次からは、ペシュトで買い物を済ませてから帰宅するのが効率的かもしれない。




帰宅後、はじめての本格的な食事を取って、日本から持参の新しいPCを起動。


そしていま、ITunesをランダム再生しながら、


たまってたブログの下書きをいそいそとやっている。


ひさしぶりに静かな夕方。


午前、しばらくチェックしてなかったメールやmixiの様子を見るために、


ネットカフェに出かけてみる。


以前、常宿としていたユースの近くに100ft/hの格安のネットカフェがあるので


迷わずそこへ。(ちなみに最近のレートでは、100ft=\55って感じです)


mixiの連続日記更新記録が26日をもって途切れたことに


少しばかり切なさを感じたりもしたが久しぶりにみんなの近況が知れて安心した。




正午、ヴェレシュマルティ広場の噴水前でKさんと待ち合わせ。


Kさんの助言に従い、洪国最大手の銀行で口座を作ることに。


わたしの語学力では到底どうにもならないところであったがけっこう簡単にパス。




その後、ブダ王宮の丘にある国立政治学研究所と歴史学研究所に案内してもらい、


研究者を2人紹介してもらう。


また、9月7日開催の国際シンポジウムへのインヴィテーションも頂くことができた。


これからいよいよ、新天地でのアカデミック・ライフが始まるんだなと思うと、


ここ数年間緩んでいた気持ちが自然に引き締まるような気がした。




次は、いよいよ本日のメインイベント。


わたしはKさんより一足先に帰ってベッドと本棚の組立作業を始めた。


これがなかなか面倒くさいし、その上、埃がたつのはどうしても避けられない。


だが翌日にKさんは帰国してしまうし、この日中にどうしてもやってしまわないと、


あくまで困るのは自分である。



とにかくやるしかない―またしても、そんなタイトな状況がやってきた。


長旅な上に、満足に休息もできず、しかも埃によって生まれつき弱い気管支を


痛めるという、とんでもない試練がやってきたのだ。




またしても心身ともに痛い思いをしたが、東京での不眠の日々はまるで嘘のよう、


質のいい眠りにありつけることって、つくづく幸せだなー、と思う2日目の夜。

Nepligetバスターミナル

M3 Ferenciek tere

Autobusz112 Alkotas utca

→アパート

バスは予定時刻に誤差数分の範囲内で到着した(PM2:00)。

ここからは、アパートの持ち主のKさんとの待ち合わせ場所のフェレンツィエク・テレ駅まで

地下鉄での移動である。

待ち合わせ時刻の前から、待てど暮らせど、Kさんは姿を見せず。

ときどき携帯に電話するも応答してくれない。

その間、わたしの近くで物乞いしている男と何度も目が合ったりして、

お互い縄張り争いをするかのように威嚇し合っていた。

絵的にはおもしろおかしい場面だったかもしれないが、

重い荷物を抱えながら待っているわたしとしては、

「勘弁してくれよ」のひと言以外に思いつくことばはなかった。

30分ほど待つと、ようやくKさんが到着して、112番のバスに乗り込んだ。

バスはまもなくエルジェーベト橋を渡って、閑静なブダ地区へと入っていった。

バスで10分程度揺られ、下車。

そこから歩いて1分くらいでアパートに到着。

長い長い旅も、ようやく最終章へコマを進めたのである。

アパートについてからは、その引継ぎについていろいろと話を聞いたり、

ご近所に挨拶に行ったりと、着いて早々にずいぶんと動いた。

Kさんの知り合いの洪人一家に夕食に招待されたが、体力的に参っていたので

今回は先に休ませてもらうことにした。

他にも細かいことは、いくらでもあるのだが、

Kさんという人物の言動が、すぐあっちこっちに飛んでしまうために、

それに付き従っているわたしの行動も掴み所がなくなっている。

なので日記としてうまくまとめられそうにないので、今回はパスということで。

しかし、ずいぶん前からKさんに依頼しておいた電話とネットの工事は、

いまだに着工されていないらしい。

不便なだけでなく、厄介なことになった。

いずれわたしが業者と話をつけなくちゃいけないわけだから。

PM0:05、墺洪国境検問所。

バスは11時にウィーンを出発。

長旅の疲れか、IPodを聞きながら、いつの間にか眠ってしまっていたが、

第六感が微妙に周囲の気配が変わったのを感じ取ったのか、目が醒めた。

検問である。

こういうとき、日本の10年パスポートを持っていると難なくクリアできるということを

これまでの経験でわかっていたので、へへーんと余裕をかましていたが、

なんとなんと!

警官殿はわたしのパスポートだけを持ってバスから降りてしまったではないか!

もうひとり乗っていた日本人のは取り上げなかったのに。

またもや、疲れがどっと出てきた。

まもなくすると、警官は戻ってきて、ガイドのおばさんを経由して

パスポートはわたしの手元に戻った。

どうやら、あの顔写真付きのヴィザのせいで手続きが厄介になった模様。

わたしひとりの入国審査で、他の乗客まで足止めされてしまうとは、

まさか思わなかったが、ヴィザ所有者とはこういう扱いをされるんだなってことが

少しだけわかった気がした。

ウィーン・エアドベルグ・バスターミナル、AM9:00(日本時間+7)

もうブダペシュト行きのバスのチケットは購入してある。

飛行機では、せっかく持ち込んだ本もゲームも音楽も、なぜか手にする気になれなくて

おとなしく目を閉じてじっと過ごしていた。

いまとなっては思い出せないが、微妙な夢というか幻覚というか、そんなのをたくさん見た気がする。

成田からの合計の飛行時間は優に20時間を超えていた。

今までにこれだけの距離・時間を飛行機で移動したことなどないし、

東京→台北→アブダビ→ウィーンと1日に3度も標準時刻帯を跨いだこともない。

よって身体中のけだるさはさすがにピークに達している。

でも東京での眠れなかった日々の辛さを思えば、ずいぶんとましなフライトだったと思う。

それにしても。かなりまずかったよ、機内食。

見た目は、今までに使ってきた欧州系航空会社と比べても、無難な感じなのに、

毎食物足りなさを感じずにはいられなかった(たしか5食サービスがあったのだけど)。

先日のソウル旅行で使ったアシアナ航空はすばらしかったのに。

スターアライアンス系の航空会社のクオリティの高さが改めてわかった、そんな空の旅。

それにしても、思ったより、時差ぼけはないような気がする。

これからヨーロッパに住みはじめるんだという自覚もあいかわらず弱い気がする。

とはいえ、なかなか集中力が高まっていかないのは問題だろう。

シュヴェヒャート空港から、バスターミナルのあるエアドベルクまでの移動のときのこと。

空港から、S-BahnWien Mitte駅まで行き、そこで地下鉄3番線に乗り換えるという簡単なことが

こういうときには、不思議とうまくいかないものである。。

この移動には2ゾーン分の1回乗車チケットが必要なのだが、乗車券を買う時点でいきなりの失敗。

つい昨日まで日本で生活していた影響で感覚が鈍っていたのか、

券売機のボタンを押す前に5ユーロ札を投入してしまった。

そうすると、自動的に1ゾーン分のチケットが発券されてしまう。

早朝(しかも日曜の!)に係員の姿など見当たるはずもなく、

仕方がないので車内で検札が来た場合に、一か八か乗り越し精算をお願いするしかない、

そう気持ちを切り替えて、電車に乗りこんだ。

「キセル扱いになったらどうしよう。。。」

不安の前に眠気もどこへやら、ミッテ駅までの時間がやたらと長く感じられる

ヨーロッパ生活最初の朝だった。

[旅のメモ帳より]

深夜のアブダビ空港。現地時間AM2:40(日本時間+5)。

スカーフを着用している女性をやたらと多く見かけるようになった。

男性用トイレに併設してMosqueなんてものもある。

コーランでも聞こえて来ないんだろうかと、

興味津津にちらっと中を覗いてみたら、

よくいそうな感じのおっさんたちがゴロゴロ寝転がっているだけだった。

アブダビ国際空港に降機する際、ときどき飛行機に乗ってるときになるのだが、

急な気圧の変化に伴う偏頭痛がわたしを襲った。

眠気と左頭部の痛みのまえに不機嫌になりながらも、

トランジットとはいえこんな珍しい都市に来ることはそうそうないと思い、

空港内をひととおりプラプラしてみたのだった。

いつもと違って、なかなかトラベラーの意識に切り替わらない自分がいる。

東京のことや、ごく最近の思い出たちが頭をよぎってしまう。

まあいい、そろそろウィーン行きに乗り込むとしよう。

ここでは、日記とかエッセーとか書きながら黙々と時間を潰してました。

まだ精神的にも落ち着いていなかったし。

とりあえず1枚だけ写真撮っておきました。

taipei airport