It's All Greek To Me!!! -35ページ目

It's All Greek To Me!!!

人生初海外ひとり暮らしの挑戦。ヒトもコトバもさっぱりわかんない世界に単身乗り込みいっちょやってやっか的な日々を綴る予定は未定。

[旅のメモ帳より]

二度と思い出したくもない、旅の始まりのお話。

成田空港でのチェックインのときに起こってしまった悲劇!

ていうか、荷物29キロオーバーの大失態!

「ウィーンまでこれを運ぶ場合、追加料金はこれくらいになりますね」

窓口スタッフは涼しい顔をしながら、わたしにメモを見せてくれた。

 \20,XXXX

!!!

ちょっとちょっと、どう考えても桁がひとつ多くない?

突然の出来事に目の前が真っ暗、頭の中は真っ白である。

いやー、びっくりした。

今まで幾度となく軽く30キロを超えるような荷物をもちながらも、

何食わぬ顔をしてチェックインを済ませてきたが、

一度たりとも追加チャージを請求されるようなことはなかったから。

エコノミークラスの旅客の預けられる荷物の上限は20キロと知っていながら、

これを完全に無視して強行突破しようとしたわたしに非があるのはわかっている。

頭の中では大沢誉志幸のヒット曲のイントロが静かに流れ始めていた。

話は前後するが、わたしはチェックイン受付の順番待ちでは先頭にいた。

自宅から日暮里までは、父に送ってもらったのだが、

殊のほか早く駅に着いてしまい、予定より1本早い特急の成田空港行きに乗れたのだった。

父は、「こんなに重い荷物、おまえひとりで運べるのかよ?」と

最後の瞬間まで心配そうにしていた。

「ヨーロッパは日本以上に福祉が充実しているから、街中どこもバリアフリーが

徹底されてるはずだし、空港で荷物を預けるまでの辛抱だよ」

そう明るく応えて、駅のエレベーターへとよろめきながら乗り込んだ。

こんなような流れで、中華航空出発カウンター前に一番乗りした。

ちなみにわたしの場合、カウンター前にはいつもできるだけ早く到着して、

チェックイン時に良い座席をおねだりすることを常としている。

まして今回は丸1日以上かかる大移動である。

座席の良し悪しはその後の心労・肉体疲労の程度に大きく影響することになる。

しかし、今回の荷物騒動のせいで、もう一方の座席確保計画まで暗礁に乗り上げようとしていた。

というのも、荷物をひとつ以上預けない限り、チェックイン手続きができないからである。

とにかく20万円はいくらなんでも払える金額ではない。

たかが荷物の輸送賃である。

それが、人間のわたしの欧州往復分より高いだなんて、納得できるわけないだろう。

「なにか良い方法はないですかね・・・」

涙目になりながら、スタッフに尋ねてみる。

「郵便だったら、たしかキロあたり2000円くらいだったと思います」

そうと決まったら、ここからはとにかく時間との勝負である。

この際、周囲の人の目などいちいち気にして入られない。

カウンターの前でスーツケースとバックパックを開けて、

緊急に必要なものとそれ以外とを分別し、精鋭たちをバックパックに集結させた。

バックパックは今にもはちきれそうになっていたが、無理やり鍵をかけて、

これをカウンターに預けて、いったんチェックインを済ませた。

バックパックの重量は14キロ。

残りは、預かり荷物の余裕が6キロと機内持ち込み手荷物が7キロ(ただし1つ以内)。

続いて郵便局へ。しかし、ここで問題発生。

悪いことは重なるもので、こんなときに限って、

これから自分が住むことになるアパートの住所をメモし忘れてきている!

どうしたものやら。。。

仕方ないので、他の洪や墺の知人宅にとりあえず送りつけるしかないか。

最悪の場合、自宅。。。

このとき、とりあえずは奨学生担当部署に郵送すればいいことを思いついた。

こちらなら、アドレスもわかるし、あとでうまく言い訳もできそうだ。

もう一度、羞恥心を麻痺させて、郵便局の前で荷物整理を始めた。

上で書いたように、あと13キロは自力でウィーンへ連れて行けるので、

残りの二軍扱いの荷物を、先日新しく買ったスーツケースにまとめてこれを洪国へ送ればいい。

しかし、かなり押している搭乗までの時間と、

スプレー・ライター類は郵送できないとかの制約の前にかなり動揺していて、

伝票すらまともに記入できなかった。

「船便でいいので、安く処理してください。お願いします。。。」

SAL便っていうのもありますが」

「ああ、じゃあ、そっちにしてください」

船便で、2ヶ月もの間いまかいまかと待ち続けるよりは、

多少割高でも早めに到着するSAL便の方が精神衛生上いいに決まっている。

こうして、うまく26キロに調整された余剰荷物が一足先に旅立っていった。

予定外の出費は、最終的には\2,4000ちょうどだった。

出発前にここまで憔悴しきってしまった旅行なんて、いままでにない。

「もう何もかもどうでもよくなった。ひと暴れしてやるか」

みたいな、やぶれかぶれな気持ちを落ち着かせながら、

免税店で土産になりそうな日本酒の小パック×10を購入してから、

慌しく台北行きに乗り込んだ。

奇しくも心の中は

自分自身の手によって静穏を奪われた悲しきスーツケースのように混乱していた。


もう出発日前日ですよ。
ブログ更新がずいぶん滞っております。


[ビザ、無事に取得]
22日夕方、大使館のスタッフの方から電話がかかってきた。
ブツは用意できたので、翌日以後、開館時間内なら好きなとき
いつでも来ていい、とのありがたいお言葉でした。


というわけで23日、田町へ朝駆け。
留学用1年ビザが手に入りました。
でも2年目以降、政府奨学生として滞在を延長する場合は、
今回のビザ有効期限の切れる1ヶ月前までに
移民局で居住許可証の申請をするようにと言われた。
つまり、留学ビザは1年間までしかくれない仕組みに変わったらしい。
言ってることが、なにかとコロコロ変わるのが得意な感じも
馴れてしまえば魅力のひとつなんでしょう。



[メール1通受信]
23日夕方、奨学生担当部署の方からメールの返信あり。
27日に到着する際には、スタッフをピックアップに遣るので、
その詳細を教えるようにとのこと。
それから、寮の準備もできてるらしく、即日入ってもいいとか。


しかし、困った。
もうこちらはアパートを借りる手配をしているし、
当日はその持ち主が迎えにきてくれることになってる。


なので、どうしたらものかねー? と返信を書いた。


24日、朝、先方からの返事を受け取る。迅速な対応に感謝。

アパートの件は、借りることになってる物件が気に食わないときは
いつでも言ってくれ、とのこと。
しかし、住居手当のもらい方まではまだ聞けていない。

それから、わたしの要望どおり、到着日のピックアップは無しになった。
そのかわり2,3日中にわたしがオフィスへ向かうことで話もついた。



[もう一方のメール]
名目上の指導教授宛に送ったバイリンガル表記のメールに返事が来たのは24日夕方のこと。
チューターとして、わたしの研究テーマにも深く精通している助教授を抜擢してくれたらしい。


チューターって普通は院生がやるもんじゃないわけ?!


ちょっと戸惑いはあるが、とにかく感謝、そして安堵。


そしてつい先ほど、さっそく両者にお礼および、指示を仰ぐメールを送っておいた。


さて、次はどうなる?

池袋までお買い物(ビックカメラ+東急ハンズ)に行きました。

お手伝いしてくれたa.kさん、ありがとう。


サンダル → たまたま安かったEDWINの。これは自宅室内履きですね。


DVD-RW → 自宅のHDDレコーダーに溜まってる録画を片っ端からダビングしてます。


CDキャリングケース → とにかくDVDをコンパクト持参して、あちらでのホームシックに備えるのです。


電池 → 単三、単四を多めに調達。だって、ヨーロッパだと高いんだもん。


寝袋 → これでお客様はいつでもウェルカムです。


ドライバーセット → なんでも家具の取り付けとかに必ず必要になるから用意するようにと、

             アパートの持ち主さまからの助言です。


2歳女児用子供服 → 注: これは、わたしの趣味ではありませんよ。
              現持ち主が、前持ち主へお土産といて渡したいとのことで、

              代わりに買ってくるように頼まれたのです。


それ以外にニンテンドーDSのカバーを買って、FFIIIの予約とかしておきました。

丸一日かかる移動中、少しでもマシな過ごし方をしたいもんね。

大丈夫か、じぶん。



17日、韓国から帰国後、メール2通送信。


留学受け入れ先の指導教授(候補)ならびに
洪政府の奨学金課の担当者宛に出発・到着日の報告と、
入国後の諸手続きなどの指示を仰ぐメールを送っておいた。
前者宛てには、念のため英語に加えてドイツ語訳も載せて、
斡旋してくれるであろうチューターの紹介を緊急に要請する旨も書いた。


しかし、いまだに返事は来ない。

アカデミックな世界ではよくある夏休みモード全開といったところか。



18日、SMBCで普通預金口座を開設。


以前、わたしと時機を同じくして留学するおすず氏から、
SMBCのインターナショナル・キャッシングがレートも良くて、
便利だというありがたい話を聞いていたので、
出発までには間に合わない前提で、とりあえず口座と一緒に作った。
案の定、カードが出来上がるまでに2週間は要すとのこと。
なので、出発前に資金を預けて、カードが自宅に届き次第、
入金と洪国へのカードの郵送を頼むしかない。
それまでは、自分が持参する日本円を小出しに両替し、
奨学金の不足分を補っていくつもりだ。

大使館へ行ってパスポートを一旦返してもらった。

来週ちょっくら国外へ出る予定があるし、週末に入る前に手元にないとアウトだから。

なので帰国したら再度提出に行くことになるだろう。


ちなみに日本人スタッフの話によると、ヴィザの手続きは順調に審査が進んでるとのこと。

だけど、いつまでにできるとは明言してくれなくて、あいかわらず爆弾を抱え続けることになる。


それから、この大使館、電話が通じないのって大問題だと思う。

先月訪問したとき、パスポートの一時返却に来る前に電話をするように、

と指示を受けていたが、旅行先の館山から携帯で何度か電話してみたものの、

アナウンスの途中で切れてしまって、結局スタッフまでたどり着くことができなかった。

大使館の電話回線は本国の技術者が管理しているとのことで、

修理やメンテをお願いしてもなかなか重い腰を上げてくれないのだとか。


まあ、こういうのもあの国らしいといえばそのとおりなんだけれども。


しばらく気長に待つしかないね。

ひとことで言ってしまうと、やたらと出費が嵩んだ一日。


[I-POD]
shuffleの調子が最近すこぶる良くないので、留学に備えて思い切って購入。
まだ梱包を解いてすらない状態なので、感想は後日。


[スーツケース]
昨年の家族旅行中、わたしの長期滞在用スーツケースがぶっ壊れた。
父曰く、キャスターが灼熱の路面に負けて溶解してしまったとか。
嘘のようで本当の話(ていうか父がそう言っているし、たまには信じてあげよう)。


池袋ビックカメラで、ナイロン製で総重量4.6㌔、16,500円という品を見つけて、
これに一目惚れした。色はダークブルーで、真っ黒よりは汚れも目立たなそう。
ただ、運悪いことにこの色は現品限りで、あとは取り寄せになるらしい。
外で父の軽トラを待機させていたし、買うかどうか少し悩んだけど
今回は結局、店頭の現品を購入することにした。
スーツケースなんて所詮は消耗品だし、そもそも自分は大して潔癖症でもないし、
大した問題じゃないね、これくらい。


[歯医者]
やはり長期間国外脱出する以上、健康管理を怠りたくはないので。
ところで、わたしは永久歯になってから虫歯に罹った経験は不思議とない。
なので、今回も例に漏れず、これは難なくパス。
だけど、虫歯にならないからといって歯医者の世話にまったくならないかといえば
けっしてそういうわけでもなくて、だいたい年に1度くらい
歯石除去や知覚過敏の治療をやってもらってたりする。
というわけで、今回もキレイさっぱりにしていただいた。
治療費は3000円オーバー。うーん、この額って、正直どうなのかわかんないな。

[残高証明書]
27日に申請。
手数料735円也が利いたのか、29日には発送してくれたらしい。
ということを不在票を見て知ったが、結局手元に届いたのは31日。
あいかわらずタイミング悪いなぁ、まったくもう。
で、31日深夜、FAXにて大使館へ送信(コマバの送別会の後ね)。


[休学届]
27日、無事に受理。
前日に四苦八苦した分、今回は調子良かった。
指導教官印は助手さんから約束どおり頂戴できたし、
専攻長印も、木曜日は事務室の開室日だったため難なくクリア。


余談だが、手続きが済んだあと、中・高時代の友人Kとキャンパス内で遭遇。
高校卒業以来、同級生と大学敷地内で偶然出会うという体験をしたことがなかったので
なんだか新鮮な気分だった。


[航空券]
31日、送別会から帰宅後、メールチェック。
すると、あちらでわたしにアパートを貸してくれることになっている
ハプスブルク史研究者のKさんからメールが来ていた。
アパートの引継ぎ、ご近所周り、知人の紹介等を日本帰国前にしてくださるそうで、
わたしには26日以前にブダペシュト入りいてほしいとのこと。


というわけで、さっそくトラベルコちゃんで航空券検索を開始。
翌8月1日朝、絞り込んだ旅行会社に電話をかけて空席チェックを開始。
しかし、8月後半のフライトは予想通り混んでいるようで、
ヨーロッパ系・アジア系問わず、エコノミークラスはまるで予約できそうにない。
その上ブダペシュト行きとなると、他の都市に比べてアクセスが悪く、
アジア系は就航していないために、この時分に20万円以下で見つけるのは不可能に近い。


候補の旅行会社に、かたっぱしから電話かけ続けること、たしか7件目くらいだったか。
ようやくヒットが出た。
1年オープンのチケットで、141,800円
中華航空利用、26日夕方東京出発、27日早朝ウィーン着というのを確保できることに。

(つまり、ウィーンからは陸路移動するという流れで、それはそれで面倒なわけだ)
他の旅行会社では「空席なし」と冷たくあしらわれていたはずの便なのに、
不思議なことに軽くゲットできた!ほんとうにラッキーとしか言いようがない。

あいにくKさんの都合に合わせられなかったのが残念だが、さすがにここだけ大金を
注ぎ込むわけにもいかないし、この辺の事情ははエクスキューズのメールを書いて
なんとか日程を再アレンジしてもらうことにした。


8月2日、購入申込書の送信と、代金の口座振込みを完了させ、ひとまず安心することができた。
「ひとまず」というのは、この出発予定日までにヴィザが発給されるかどうか、
まったく不透明だからである。
これを確かめるため、8月第2週に一旦大使館に問い合わせなくてはいけない。

やっとのことで飛び乗った三田線。
おそらく予定より1時間以上遅れて巣鴨到着。
池袋のHMVで本日発売のBonniePinkのベスト盤を買ってから、
とりあえず目白まで移動することにした。
わたしがメインの口座を開いている東京三菱UFJが
目白駅のすぐ目の前にあるから、そこで残高証明書の発行手続きを
取ろうと思ったのだ。
定期で行けるし、あまり歩かないで済むし、我ながら名案だと思った。
こうしていざ銀行窓口へ。


そこでの回答は、ここは旧UFJ店舗のために、旧東三の口座の証明はできないとのこと。
100メートル先の別店舗へ行くように、そうそっけなく言われた。


今日は結局のところ何をやってもダメなのが筋書きなんじゃないかと
うすうす疑い始めていたものの、言われたとおり移動を開始。

別店舗では、通帳・カード・届出印の提出を求められた。
届出印?これはまったくの予定外。

印鑑はいつも持ち歩いているが、あいにく、届出印じゃない。

あ゛あ゛あ゛~~~!!!!


さんざんたらい回しされたが、翌日出直す以外に選択肢はない。


そして、この日は、もうひとつやっておきたいことがあった。
それは指導教官から休学届のサインをもらうこと。
前々日、水曜にアポを取るべくメールしていたけど、
けっきょく前日深夜になっても返事は頂けなかった。
しかたがないので、とりあえず研究室へ押しかけるだけ押しかけてみよう。
そう思って、大学へ向かう。
夕方の勉強会に参加するついでだし、ちょうどいい。
しかし、問題発生!
電車での移動中、休学届+必要書類を家に忘れてきたことに気づいた。。。
間髪入れずに、またまた凹むしかない事態。

とりあえず、メールをご覧になったかどうかだけでも、

もしいらっしゃるようなら訊いてみるとするか。


気持ちを切り替えて、とりあえず研究室のドアを叩く。
こういうときって問題なく、指導教官はそこにいるものである。


師匠「今朝送ったメールで書いたけど、明日は大学に来れないから、サインは今でいいかな?」

クラーリ「ごめんなさい、今朝はメールチェックできませんでした(汗)

      それから、今日書類を忘れてきてしまいました(泣)」

師匠「来週の月曜まで来れないから、明日以後ならYくんに代筆を頼むようにしてください」


という感じで、顔洗って出直して来い的状況へのシフトは止められなかった。


もうここまできたら、開き直って勉強会に集中して、少しでも実りあるひとときを過ごしたい。
そう思って臨んだ勉強会。その最中、待ち望んでもいない奇蹟が起きた。
自宅に置き去りにしてきたと思い込んでいた書類、全てノートに挟まってるのを見つけてしまった。。。

いまから指導教官のところに出直すか、と思って時計を見やるが時既に遅し。
彼によれば今日に限って外国の客人を招いての食事みたいな、普段ではありえないことが

今まさに起こっているはずである。
もう研究室を後にしているのは間違いない。

ふぁ~~~~
声にならない深いため息を幾度となくつきながら、満員電車に揺られて帰宅した。


今日中に、この日起こった出来事をブログに記録しておきたい、
そう思って、発泡酒を飲みながら自分の気が向くまでの時間を気長に待つことにしたが、
ついにそういう気にはなれなかった。
ミクシに一言、

マーフィーの法則が何だかなーって考えまくりの一日でした。

と搾り出すように書くのが精一杯だった。

わたしにとって馴染み深い池袋方面への移動。
来たときのように徒歩で田町駅を目指すことにした。


信号のタイミングとか見ながら、あてずっぽうで
駅の方面に向かっていたが、進めども進めども
いっこうに駅は見えてこない、ていうか駅前の風景にならない。
しかもこういうときに限って、外気は35℃近く、酷く蒸し暑い。
しばらく我慢して大通り伝いに歩き続けたら地下鉄の駅らしきもの発見。
浅草線の泉岳寺駅。
ここから一駅三田まで向かい、そこで三田線に乗り換えて巣鴨に出るか。
ということで、さっそくホームへ。


しかし、電車は待てど暮せど、「当駅どまり」。
となりの番線の京成線直通だったら来てるのに。
不思議に思って、駅にある路線図を見てみたら、
こちらが正解だということにはじめて気がついた。
浅草線と京成線の共通区間は、どちらに乗っても一緒だという事実に。
というわけで、理由もなく3台も乗り逃したわけ。

こうして、なんとか三田駅に出ることができた。
「→三田線乗り換え」にしたがっててくてく歩いていくと、
改札に行き着いた。
「いったん改札の外に出てもう一度中に入るパターンだな」
そう思って、勇気を出して外に出た。
少し歩いて、三田線の改札へ飛び込んだ。


ガチャリ!


買ったばかりのパスネットの残高、間違いなく660円ってなってる!
しっかり初乗り料金取られたか。
思わずその場に立ちつくしてしまった。


道、間違えたのか?!


まあ、やってしまったことは仕方ない。先を急ごう。
巣鴨方面のホームにたどり着くと、電車は扉を閉めて発車するところだった…
タイミングが良すぎる!(いや悪すぎるか)


不本意な10分待ち。
こういう流れになったのも、疲労で思考力が低下していた自分の責任だ。


「辛いときほど、人にはやさしくしてもらいたい」
そんな戯けた思いを心に秘めながら、気長に次の電車を待つことした。
ベンチ隣の汗臭いサラリーマンに背を向けながら。

まずは大使館でのヴィザ申請手続きから始める。
しかし、この日は何もかもが上手くいかない。
とにかくタイミングの悪い一日だった。


憶えているだけでも書き連ねてみよう。
今日は、大使館でのできごと編。


・自転車乗ってるとき、歩行者とニアミスを連発。
 なんか実写版のマリオカートとかやってるような気分。
 これくらい東京下町ならよくあることか。大したことないね。 


・大使館では、ヴィザ申請にパスポート用写真が必要だと言われる。
 朝家を出るときに4月に撮ったやつの残りを持っていこうか迷った末に、
 現在の髪の長さとあまりに違いすぎるからと思って結局置いてきてしまった。
 以前ルーマニア大使館でヴィザを申請したときには200円払うだけで済んだわけで、
 それと似たようなものだろうと考えていた自分が悪い。


・ありがたいことに親切な大使館のスタッフからすぐに写真を撮れる場所を紹介されたが、
 そこは普通の写真屋だった。スピード写真の機械はない。
 高値がつくことを覚悟の上で、店のおじさんにお願いして2枚注文。
 1300円也。キレイに映っていることと、希望サイズにカットしてもらえるのは
 嬉しいけど、スピード写真の倍の値段は正直痛かったね。


・写真と、それからもうひとつ預貯金の残高証明書というのが必要とのこと。
 政府奨学生にはもちろん、毎月それなりの額が支給されるが、
 最低限の財力があるかどうかはチェックするらしい。
 (たとえば、緊急時の往復航空券の手配ができるかどうか)
 結局、これも準備してこなかったので、後日FAXで送る約束を。


とまあ、初打席はこんな感じでボールが良く見えないうちに凡退してベンチに引き上げるみたいな結果。


結局は自分の事前の準備不足のせいで、炎天下忙しく動き回る羽目になったけど、
大使館のスタッフはとても感じが良かった。少し安心。

比較的おだやかな気持ちで大使館を後にした。


次のミッションは銀行で残高証明を申請すること。
まずは、東京タワーの見える場所から、池袋辺りまで移動することにした。