[旅のメモ帳より]
二度と思い出したくもない、旅の始まりのお話。
成田空港でのチェックインのときに起こってしまった悲劇!
ていうか、荷物29キロオーバーの大失態!
「ウィーンまでこれを運ぶ場合、追加料金はこれくらいになりますね」
窓口スタッフは涼しい顔をしながら、わたしにメモを見せてくれた。
\20,XXXX
!!!
ちょっとちょっと、どう考えても桁がひとつ多くない?
突然の出来事に目の前が真っ暗、頭の中は真っ白である。
いやー、びっくりした。
今まで幾度となく軽く30キロを超えるような荷物をもちながらも、
何食わぬ顔をしてチェックインを済ませてきたが、
一度たりとも追加チャージを請求されるようなことはなかったから。
エコノミークラスの旅客の預けられる荷物の上限は20キロと知っていながら、
これを完全に無視して強行突破しようとしたわたしに非があるのはわかっている。
頭の中では大沢誉志幸のヒット曲のイントロが静かに流れ始めていた。
話は前後するが、わたしはチェックイン受付の順番待ちでは先頭にいた。
自宅から日暮里までは、父に送ってもらったのだが、
殊のほか早く駅に着いてしまい、予定より1本早い特急の成田空港行きに乗れたのだった。
父は、「こんなに重い荷物、おまえひとりで運べるのかよ?」と
最後の瞬間まで心配そうにしていた。
「ヨーロッパは日本以上に福祉が充実しているから、街中どこもバリアフリーが
徹底されてるはずだし、空港で荷物を預けるまでの辛抱だよ」
そう明るく応えて、駅のエレベーターへとよろめきながら乗り込んだ。
こんなような流れで、中華航空出発カウンター前に一番乗りした。
ちなみにわたしの場合、カウンター前にはいつもできるだけ早く到着して、
チェックイン時に良い座席をおねだりすることを常としている。
まして今回は丸1日以上かかる大移動である。
座席の良し悪しはその後の心労・肉体疲労の程度に大きく影響することになる。
しかし、今回の荷物騒動のせいで、もう一方の座席確保計画まで暗礁に乗り上げようとしていた。
というのも、荷物をひとつ以上預けない限り、チェックイン手続きができないからである。
とにかく20万円はいくらなんでも払える金額ではない。
たかが荷物の輸送賃である。
それが、人間のわたしの欧州往復分より高いだなんて、納得できるわけないだろう。
「なにか良い方法はないですかね・・・」
涙目になりながら、スタッフに尋ねてみる。
「郵便だったら、たしかキロあたり2000円くらいだったと思います」
そうと決まったら、ここからはとにかく時間との勝負である。
この際、周囲の人の目などいちいち気にして入られない。
カウンターの前でスーツケースとバックパックを開けて、
緊急に必要なものとそれ以外とを分別し、精鋭たちをバックパックに集結させた。
バックパックは今にもはちきれそうになっていたが、無理やり鍵をかけて、
これをカウンターに預けて、いったんチェックインを済ませた。
バックパックの重量は14キロ。
残りは、預かり荷物の余裕が6キロと機内持ち込み手荷物が7キロ(ただし1つ以内)。
続いて郵便局へ。しかし、ここで問題発生。
悪いことは重なるもので、こんなときに限って、
これから自分が住むことになるアパートの住所をメモし忘れてきている!
どうしたものやら。。。
仕方ないので、他の洪や墺の知人宅にとりあえず送りつけるしかないか。
最悪の場合、自宅。。。
このとき、とりあえずは奨学生担当部署に郵送すればいいことを思いついた。
こちらなら、アドレスもわかるし、あとでうまく言い訳もできそうだ。
もう一度、羞恥心を麻痺させて、郵便局の前で荷物整理を始めた。
上で書いたように、あと13キロは自力でウィーンへ連れて行けるので、
残りの二軍扱いの荷物を、先日新しく買ったスーツケースにまとめてこれを洪国へ送ればいい。
しかし、かなり押している搭乗までの時間と、
スプレー・ライター類は郵送できないとかの制約の前にかなり動揺していて、
伝票すらまともに記入できなかった。
「船便でいいので、安く処理してください。お願いします。。。」
「SAL便っていうのもありますが」
「ああ、じゃあ、そっちにしてください」
船便で、2ヶ月もの間いまかいまかと待ち続けるよりは、
多少割高でも早めに到着するSAL便の方が精神衛生上いいに決まっている。
こうして、うまく26キロに調整された余剰荷物が一足先に旅立っていった。
予定外の出費は、最終的には\2,4000ちょうどだった。
出発前にここまで憔悴しきってしまった旅行なんて、いままでにない。
「もう何もかもどうでもよくなった。ひと暴れしてやるか」
みたいな、やぶれかぶれな気持ちを落ち着かせながら、
免税店で土産になりそうな日本酒の小パック×10を購入してから、
慌しく台北行きに乗り込んだ。
奇しくも心の中は
自分自身の手によって静穏を奪われた悲しきスーツケースのように混乱していた。