10月6日。
ナショナル・ホリデーではないけど、この国にとってはとても大事な日付の1つです。
10月23日は、1956年革命記念日/共和国記念日ということで
1989年の体制転換以降、毎年盛大なセレモニーが開かれていることは、
なんとなく知っていましたが、まさか6日にも大々的なセレモニーがあるとは意外でした。
1956年革命前夜の10月6日は、ライク・ラースローという故人が公式に名誉回復された日です。
http://hu.wikipedia.org/wiki/Rajk_L%C3%A1szl%C3%B3
ライクは、戦中戦後の洪国における最重要の共産党指導者の1人で、
大戦中はスペイン内戦に参加したり、国内で反ファシズム・レジスタンスを指揮したりと、
国民的英雄の名に値しうる人物でした。
戦後の国政選挙(当時はまだ自由選挙)で、共産党が一定の支持を集めることができたのは、
彼の名声によるところも少なくない、そのように論じる研究もあるくらいで。
しかし、共産党独裁が完成した後は、党内の権力闘争が激化し
モスクワ亡命派党員の謀略にかかったレジスタンス系の党員は悉く粛清されたわけです。
「修正主義者」の嫌疑をかけられたライクは、1949年、所謂「見世物裁判」にかけられ、冤罪で死刑。
そして、この後、洪国に到来したのはウルトラ・ハードなスターリン主義の時代でした。
7年後。
この国も少しずつ「雪解け」の季節を迎えつつあった10月6日、
ときの共産党政権は、ライク裁判の不当性を公式に認め、名誉回復式典を挙行したというわけです。
昨日は、それから50周年というとても重要な日付でした。
で、公式に式典というか集会が執り行われていたわけです。
国会前のコシュート広場周辺には、たぶん3-5万人は集まっていたように思います。
わたしも語学の授業が終わった17時半頃、歩いて現場に向かったわけですが、
(コシュート広場周辺のトラムもバスも全て運休)
とにかく身動きが取れないのなんのって。
集まっている人々は、国旗を持参(あるいは露店で購入)し、
運動家と思しき人々は、プラカードでしっかりアピールしている。
それにしても、その場にいた老若男女、けっこうまじめに政治家の演説に聞き入っていました。
エールも送れば、うなるようなブーイングも容赦なく浴びせかける。
もし、いまここで、ちょっとしたボタンの掛け違いがあったら、そのまま暴動に発展することもあるかもしれない。
50年前も、17年前も、そんな紙一重の綱渡りの時間が、しばし続いていたんだろうか…
思わず、そんなふうな物思いにふけってしまった。
群集のエネルギー、ほんの少しだけど、それの何たるかに触れられたような気がする。
これから23日に向けて、自分もいろんなところに足を運ばなくてはね。