It's All Greek To Me!!! -25ページ目

It's All Greek To Me!!!

人生初海外ひとり暮らしの挑戦。ヒトもコトバもさっぱりわかんない世界に単身乗り込みいっちょやってやっか的な日々を綴る予定は未定。

旅行記、今日で3日めですか。

明日からはわたしの天敵、苦手な11月かぁ。

今年は何もいやなことが起きなければいいけど、果たしてどうかな。


さて、ユース。

朝6時に目覚ましが鳴って起床。

他のルームメートの迷惑にならないように、

大広間へ自分の全荷物を移動させ、そこで存分に荷造りを開始。

りんごとミネラルウォーターを消化した分、行きよりだいぶ軽くなった。


軽く冴えない朝食を済ませ、いざバスターミナルへ。

われらがオスロ行きのバスの乗り入れる52番プラットホームは、

ターミナルの一番外れにあったので、予想以上にトラム停から歩くのに時間がかかって、

辿り着いたのは発車時刻ギリギリの7時25分くらいだった。


それにしても真っ暗。

9時くらいになってようやく朝らしくなってきた。

これがサマータイムのままだったら

「大学の2限が始まってもまだ夜が明けない!」

みたいな不可思議なことになるんだよな。

そう思うとすごいところに来てるんだなと改めて実感。

バスはそれなりに乗り心地は良かったけど、

ラジオ以外に楽しみのない車内での3時間45分はけっこう長いし、

窓の外は雨脚が強くて良く見えなかったし、それなりに退屈だった。

9:43頃、バスは何事もないように、静かにノルウェーに入国。

(運良く標識を発見できたので。これって高速道路で県境を跨ぐのと似たようなもんだ)

田舎の景観はスウェーデンとほとんど区別はつかない。


しかし、バスを降りてまもなく、スウェーデンとの違いを思い知らされることになる。

今回の旅程ではノルウェーの滞在は1泊のみのつもりだったので、

いくら物価が高いとはいえ、1万円も両替しておけば、

宿泊も

出国用のバスの運賃も

市内の交通費も

そして食費も

すべて余裕で生産できるだろうと思っていた。

両替窓口で1万札は525NOKに化けた。

うーむ、思ったより少なくなるもんやね...

いやーな予感。


まず、ユースに移動する前に、翌日のバスのチケットを購入。

これだけで、なんと292NOKもかかってしまった。

そして、ユースへ移動。

イェーテボリでもそうしたように24時間チケットを購入。

これが、60NOK。

ちょ、ちょっと待ってくれ。

ユースの宿泊費は、ネットで調べてみたけど、たしか195NOKだったはず。

525-292-60=173<195

この時点で、すでにゲーム・オーバーじゃない?


恐るべし、ノルウェー。

こんな体験は初めてだよ >_<

というわけで、当初の予算案はわずか30分で変更を余儀なくされ、

ユースの宿泊はカードで支払うことに。

さすが、2006年度調べの世界で最も物価の高い都市なだけある。

全く歯が立たないよ。

500mlのコーラが1本400円ってありえないって。

ダイエットしたい人は、北欧に住むのが一番だよ。

(逆に体格のよろしい北欧人を見かけたら金持ちの可能性が高そう 苦笑)


それにしても、この国の人って、

所得税で収入の半分を持っていかれ、

消費税でも12パーセントを搾取され、

それでもなおこの物価でぬくぬくと暮らしているなんて、

なんとも裕福な人たちだろう。


今日の教訓:キレイの代償は大きかった!


ソフィーの世界では、これくらい簡単にありうることなのかな。


で、ユース。

中心からやや離れたところ。

地下鉄の最寄駅からとにかく歩くこと、迷うこと、そしてまた歩くこと!

丘を越え行こうよ♪って歌が、どこからか流れてきそうな。

(このフレーズ、イギリス民謡の「ピクニック」って歌のイントロだって、いま知った)

そして、遥か丘の彼方にユースの看板を発見。

まさに大草原の小さな家みたいな。

夏だったら、気持ちいいんだろうけど、いまはこの距離は邪魔以外の何モノでもない。


さて、今回のドミトリー。

昨日までの部屋より狭く、ロッカー(ていうか棚)も人数分ないし。

これで、4000円取られてると思うと正直苦しいよ。

今回は朝食付みたいだから、これに期待するしかないか。


それと、困ったことにhygienicalな理由により、寝袋禁止とか書いてある。

シーツはレンタルすると、これだけで50NOKとか。

今回の旅行では寝袋を防寒+シーツ代わりに使ってるわけで、

貧乏旅行をモットーとするわたしにとってまたもやピンチが!

とまあ、大袈裟に書いてみたものの、最終的には御触書を無視して、

しっかりと自分の筋道を通すということで、腹を決めた。


そして、外出。

市庁舎が、カッコよかった。

港に面しているところもナイス。

夏だったら、さぞかし美しい景観だっただろう。

とか現を抜かしてたら、雨足が強まり、いきなり冷え込んできた。

とても、ゆるりとは観光できないくらいに。

トラムを待つ時間も辛かったもん。

なので、天候が少し落ち着くまでの間、ショッピングモール内をウロチョロするという、

いつもペシュトでやってるダラダラパターンに突入。

それでも、明日の夜行バスを待つまでの間使うであろうコインロッカーの下見とか、

残りの残金での予算見積もりとか、それなりに頭を使ってはいたけど。


明日は、ムンク美術館に行きたいので、これの入場料と食費合わせて

110NOKで乗り切らないといけない。

これが日本だったら完全に余裕なんだけど、夜行バスの出発まで結構時間あるし、

けっこう苦労するんじゃないかと思う。

がんばるけどね。


夕方からは完全に吹雪。

雪がしんしんと降り続け、積もり始めている。

明朝、ユースの丘を下るときとか面倒だろうな。

なんか、早くこの街を出たくなってきた。

天候によって、街の印象も変わるもんだなと、改めて実感した。


写真はこちら ↓

http://photos.yahoo.co.jp/ph/speichergold/lst?.dir=/9f7b&.src=ph&.order=&.view=t&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp/ph/speichergold/lst%3f%26.dir=/9f7b%26.src=ph%26.view=t

久しぶりのユース体験は少々苦労した。

(ユースホステルは洪語でifusagi szalloというらしい)

というのも、狭い8人部屋では、

堂々とバックパックをオープンするだけのスペースすらないから。

プラス、ロッカーに鍵がないから、持ち物はその都度バックパックにしまって、

鍵をかけなくちゃいけないし、本当に不便。


朝は、昨夕同様の冴えない食事。

ユースの朝食は宿泊と別料金だし、50SEKとけっして安価ではないし、

まあ、仕方がない。


9時にユースを出た。

雨上がりで、昨夕外出したときよりも気温は下がっている。

旧市街を歩きながら、市庁舎、教会、旧東インド会社などを眺めた。

この一帯それ自体がとても美しい景観で、旅先では久しぶりにキレイと思った。

こういうのは、たぶん、昨年夏にドイツのミュンスターに出かけたとき以来だと思う。

それから、この街のそこかしこに見られる運河とその河岸の風景も味わい深い。

小樽も好きだけど、ここの景色も風情があってよろしいかと。

天気が晴れててくれたら、もっと良かったけど。


3時過ぎ、秋雨の降る中、中央駅からユースに向けて歩き始める。

だいたい1時間くらいの道のり。

雨雲に覆われてたこともあって、完全に真っ暗だったけど、

こういう薄暗い夕方の景色も様になってるあたり、

かなりいいですよ、イェーテボリ。


写真のダイジェスト ↓


http://photos.yahoo.co.jp/ph/speichergold/lst?.dir=/54f5&.src=ph&.order=&.view=t&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp/

今日から冬時間!

しかし、自分だけの思い込みかも知れず、

確信がなかったのでいつもどおり冬時間の7時に起きて、

PCを起動して時計を確認。

そうしたらまだ6時だったので、安心して朝食。

それから食器洗いも済ませて、戸締り、ガス・水まわりの確認も

念入りにやってから出かけられた。


バスでフェレンツィエク・テレに出て、地下鉄を待っていたら、

今回わたしの旅行に同行するクラスメートのインテク(韓・♂)から電話。

もう既に空港についてるからさっさと来てくれよ、とのこと。

なので先を急いだ。

といっても、休日ダイヤのメトロとバスの接続次第なので、

なかなかうまくいくもんじゃないけど。


空港はけっこうな混雑だった。

今回わたしが利用したwizzairをはじめ、

http://www.wizzair.com/index.shtml

格安の航空会社のフライトは

フェリヘジ空港ターミナル1という、いささかマイナーなそれに発着する。

羽田空港に比べても小さいように思う。

わたし自身、欧州で大手の航空会社以外を利用するのは初めてだったわけで、

この混雑こそが、この国の庶民生活の実情なんだなと再発見した感じ。


で、フライト。

事前にインテクから話は聞いてたけど、食事も飲み物も提供は一切なし!

すべてフライトアッテンダントから購入するという仕組み。

他の旅客の売買のやりとりを見聞きして、萎えてしまった。

缶ビール(350ml)がなんと1050HUF!

普通に市内で購入した場合の10倍以上だよ、これ。

わたしには自宅から持参の青りんごとミネラルウォーターで十分。

それから座席。

この航空会社のは、完全に自由席。

前後の間隔がやや狭いのが気に食わないけど、

だいぶ空席が目立っていたので、割とゆったりはできた。


そして降り立ったイェーテボリ・シティ空港。

事前の天気予報に反して、それなりの晴天。

だけど、寒さは予想どおりで、気温は5℃。

しかし、むしろ予想外、想定外だったのが空港。

「シティ」空港っていうくらいだし、さぞかしカッコイイのを期待していたけど、

やったらボロかった ^_^;

いまどき税関・入国審査スペースがプレハブ作りってどうよ?

それにラゲッジ・リクレームはベルトコンベアーじゃないし。

わたしが一番困ったのは、ATMも両替所も1つもなかったこと。

事前にスウェーデン・コルナをまったく用意していなかったし、

空港の寒さも手伝って、簡単に凍りついたね。

これじゃ、市街に出られないじゃん(汗)


手持ちのユーロとかUSドルとかで、とりあえず何とかしようと思って、

とりあえずエアポート・リムジンへ移動。

そうしたらクレジットカードが使用可能だったので、ひとまず安心。

運賃は50SEK(≒700円)。

まあ、北欧だし、妥当な額だろう。


で、中央駅に着いて、まずはATMでコルナを確保し、ユースホステルへ移動。

トラム・バス24時間券(50SEK)を購入。

14時半、ユースに到着。

しかし、窓口は16時オープンらしく、無駄足。

しかたないので、中央駅へ戻って暖を取ることに。

(今日は日曜なので、そう簡単に開いてるカフェは見つからないのです)


で、中央駅のショッピングモールで遅めのランチも兼ねて

レストランに入ろうと思って小一時間徘徊したけど、

なかなか店が決まらない。

だって

どこも高いんだもん(爆)

目玉が飛び出るくらいに。

けっきょくマックが無難と思って、メニューを見たけど、

100円マックみたいなのでも、10SEK(140円)。

単純に考えても日本の物価の約1.5というわけで、きついわ。

とりあえずハンバーガーメニューとかいうのを注文。

39SEK。

ハンバーガーにドリンク、

それから

なぜか生のニンジン数本とりんごがついてきた。

これは失敗だ。

値段の割には見た目がショボすぎる(ToT)

到着早々にちと辛い思いをしました(笑)


で、ユース。

かなり清潔な、キレイなところだった。

わたしたちが泊まったのは、もちろんドミトリー。

8人部屋だったけど、まあ感じはいい。

ちと狭いのと鍵付ロッカーがないのが残念だったけど。

ルームメートはインド人のビジネスマン・グループ3人ほか数名。


5時前から、少し外出。

当然もう真っ暗。

翌々日、オスロに移動する予定なので、バスターミナルでチケットを買った。

そして、インテクといったん別行動にして、

疲れ気味のわたしはスーパーで夕食の食材を購入して

一足先にユースに戻ることにした。


それにしても、食料品、全て高すぎますよw

洪国価格に慣れてしまったせいか、何も買う気になれないまま、

数十分は店内を彷徨い歩いてたと思う。

結局パンとポテトサラダとビール×1を購入。

合計で60SEKくらい。

まあ、一晩で消化するわけじゃないし、これくらいは許容できるか。


そんなこんなで、旅行初日は肉体的に疲れたというよりも、

むしろ価格によって精神的にやられた感が強い。

そんな1日だった。

明日から北方へ旅に出ます。


なので、今日は10月31日が期限になってる電話料金の払い込みを済ませました。


その額は、なんと1HUF!


1円にも満たない額です。


でも振込用紙が送付されてきた以上、払わなくちゃいけないわけで。


土曜日も開いてる郵便局をネットで探してから出かけました。


で、案の定窓口のおばさんにも笑われました。




ま、これで後顧の憂いがなくなったし、北の地で羽伸ばしてまいります。



明日から、大学は秋休み。

わたしは昨朝の授業が休み前最後だったので

昨夜は、静かにワインを開けて静かに休みを祝福。

(正確には、ワインを「空けて」が正解だったりするけど 苦笑)


で、今日。

午前中は、週末分の食料を調達。

日曜から、1週間ばかり旅に出るつもりなので、

食べきれるだけしか買わなかったけど。

でも、今日はなぜかレーベンブロイ500mlが125HUFという

破格の安さで売ってたので、ついつい半ダースばかり買ってしまった。

まあ、これは保存利くからいいってことで。


で、昼。

冷蔵庫にある肉・野菜を全部使い切ろうと思って、

とりあえずパスタをゆで始めた。

明日の分までということで、大量に(たぶん500㌘弱?)鍋へ投入。


そうしたら次の瞬間、携帯に電話がw

この前の日曜に会った、というか知り合った洪人から。

「今日の夜、うちでパスタ・パーティをやるから来いよ」

とのこと。

がーーーん。

あと、1分早く電話くれればよかったのにw w w

もちろん、行くよって返事はしたけど、目の前のパスタの山、どうするよ?!

例によって、まずいパンもまだ残ってるし。

旅行前に片付けなくちゃいけない課題をまさか自分で増やしてしまうなんて、

なんか後味が悪いなー。

もっとも料理の味の方はいいんだけど(笑)

ふつうの木曜日でした。


安心。


午後は、図書館で洪語の文献を読み進めました。


修論執筆時以来の資料読みなので、


どれだけわかってるか、まだ半信半疑のレベルですが、


これから少しずつ慣れていきたいです。

今日の午後、晴れてブダペシュト第12区の住民となることができました。


12区は、ヘジヴィデークという名前の区で「山林地帯」の意味。


まあ、ブダの王宮(第1区)の丘のすぐ南西に位置してるくらいなので、


山という表現はオーバーかもしれないけど、たしかに丘陵って感じです。




さて、住民登録の話。


本来、外国人居留者は入国後30日以内にこれを済ませなくてはいけないのですが、


書類集めにとにかく梃子摺って、丸1ヶ月オーバーしてしまいました。


審査のときに文句を言われなければいいなぁと、


付き添いのミニステリウムの通訳さんと見守ってたわけですが、


なんかサクッと完了しましたね。


待ち時間と合わせても20分程度。


準備にあれだけ苦労したのにあっさりしたもんです。


もちろん「さっさと片付いてくれ」が本音だったけどね。




だけど、今日のインパクトのあるお話は、むしろ朝一番で起きた事件。


わたしの目の前で人が気絶して倒れた。


正直言って、凍った・・・




23日を含む長い週末が明けて、最初の大学の授業。


いつもどおり8時に教室集合。


そして、いつもどおりに世間話して始業を待った。


教師がやってきて、これまたいつもどおりに


「この週末、何をして過ごしたか、隣の人と会話をしてみましょう」との指示。




しかし、次の瞬間、直前までわたしと世間話していたクラスメート(韓)が


突然、「アァーーーっ」という苦しそうな悲鳴をあげて、


白目を向いて痙攣しだした。


この一瞬だけでは何が起こったか、その場にいる誰もが飲み込めてないようだった。


しかし、口から血の混ざった泡を噴き、いびきまでかき始めた彼の身に起こっている事態が


ただごとでないということに気づくまでに数秒もかからなかった。




教師は救急車を呼んだ。


彼のとなりにいたクラスメート(丁)がすぐに気絶してる彼を床に横たえ、


気道を確保するために、かばんを枕代わりに敷いた。


そして、喉を詰まらせないようにチューインガムを口から取り出した。


わたしは、彼の口から次々に出てくる泡をちり紙でふいてやりながら、


彼の急な嘔吐に備えてビニール袋を用意した。


そして、大丈夫か?と聞き続けた。


こんなに重苦しい空気の教室なんて、今までの人生で経験したことがない。


確信を持ってそう言える。




それにしても救急車は来ない。


首都の、しかも都心ど真ん中の大学なのに。


本当に遅すぎる。




待っている間に、彼は目を覚ました。


洪語がまだあまり話せない彼を気遣って、


丁人のクラスメートとともに英語で、


「自分の名前、わかるか?」


「私が誰だかわかるか?」


「いまどこにいるかわかるか?」


とか聞いてみたが、頭が混乱してるらしく、ハングルでしか応答ができない。


それに、英語がわかっていたかも疑わしいし、本当に状況が飲み込めてないように見えた。


というか、程度はわからないけど記憶喪失になっているようだった。


にもかかわらず、自分のかばんを持って部屋から出て行こうとする。


とりあえず椅子に座らせて、落ち着かせようとみんなで声をかけた。


そうこうしているうちに、ようやく救急隊がキャンパスに到着。


救急隊が狭い教室内にやってくることに配慮して、


クラスメートたちには机を端に避けるよう指示して、


彼には、いまからhospitalに行くからね、と言ってみたが、


hospitalもklinikaもビョウインもどれひとつとして通じなかった・・・




救急隊が、教師に案内されて教室内に入って来る。


そして、全員部屋の外へ出て待機するようにと言い渡される。


となりの部屋へ移る。


無言。




たぶん10分くらい経った頃、部屋から救急隊と患者が出てきた。


これから病院に連れて行って検査するけど、


おそらく大事に至ってはいない、とのことだった。


そして、こんな事件のあとでありながら、50分遅れで授業は始まった・・・




9時半に授業が終わった後、いつもどおりクラスメート数人でコーヒーをしてから


午後の住民登録手続きの準備をするために、早めに帰宅した。


PCを起動してBGM代わりにネットラジオをつけていたら、


なんと病院にいるはずの彼のメッセンジャーがオンラインになった。


すかさず、大丈夫か?と訊いてみたところ、


「何が起こったのか、教えてくれない?」と逆に質問されてしまった。


このときにはもう、英語も洪語もいつものレベルに復旧し、


ありがたいことに、わたしのこともちゃんとわかってるようだった。


しかし、今朝の記憶だけはきれいさっぱり、何も思い出せないとのこと。


「症状から見て、epilepsyだと思うけど、今までにもなったことあるのか?」と訊いてみたら、


「何度かあるよ」と即答された。


本人曰く、


「頭痛がするときに、自分でも『なりそう』という気配は感じる。


今朝も頭が痛かったから、本当なら来るべきじゃなかったんだよね・・・」




とにかく、びっくりしたし、朝一番としては衝撃的な事件ではあったけど、


入院もしないで済んだくらいだし、本当に安堵した。


それにしても、実際に癲癇に罹る人を初めて目撃したわけだが、


恥ずかしながら、だいぶ焦ってしまったし、少なからず動転した。


癲癇というと、何か異常な刺激があるときに発作的に起こりうるもの、


というイメージだし、まさか今朝みたいな授業前のほのぼのした空間で突如起こるなんて。


とにかく認識が甘かったと思う。


それに、ごく短時間で済んだとはいえ、人間の記憶とか言語能力って、


簡単に飛んでしまうものなんだなぁ、と少し怖くなったのも事実。


あるいは、こういう突然「真っ暗」になる系統の病気に自分がかかったりしたら、


周りの人だけじゃなくて、日本の人たちにも迷惑掛けるなぁ、とも思う。


今日はいつになく考えることが多すぎた。


明日はふつうの木曜日がいい。

最近は天気良くないけど、暖かいから助かる。


昨日のこととかいろいろ書こうと思ってたけど、


久しぶりに気合いれて料理したり、


メッセンジャーしたり


今年初めの頃の日記を読み返してみたり、


一日中まったり過ごしてしまった。


そして、いままだ宿題やれてないことが判明。


なので、23日関連のことは後日改めて。


遅くとも今週中には。




そうそう、明日いよいよ住民登録に行ってまいります。


頼むからすんなり終わってくれー。

書きたいことが多い日に限ってメンテナンスに邪魔されるいつものパターンでした。


ソ連軍第一次介入から50年、そして暴動から1夜明けた市街の様子を見てきます。


(24日 12:19-7)

昨夜の小雨も止んでくれて、穏やかな曇天。

あのしばれるような寒さは、今日も一休み。

それでも日が差さない室内は十分に寒いので

午後からは近場のカフェに出かけてエスプレッソを飲みながら、

最近疎遠になりつつあったドイツやオーストリアの友人たちに手紙を書いて過ごした。

夜は、来年4月からスズキ自動車の奨学金で静岡大に留学することになってる、

現地の大学院生と待ち合わせて初顔合わせ。

知り合いの紹介で実現した今回のマッチング。

日本語ティーチャーを探してる彼と、現地の友人を求めてるわたしと、

お互いの利害が一致して、すんなりと約束にこぎつけた。

こちらの人と会うときにはくあるパターンだけど、彼女同伴で登場した彼。

わたしより小柄だけど、目鼻立ちの整った聡明そうな青年だった。

どうやら彼女と二人で静岡に住むことになるらしい。

英語メインでおしゃべりしたけど、彼女の方は彼ほどに堪能じゃなさそうだったし、

わたしから話題をふるときは、なるべく洪語で話しかけるようにした。

二人ともゆっくりとことばを選んで応答してくれるので、とてもありがたかった。

同世代の現地の人と本格的に話すのは、じつはこれが初めてで、

久しぶりに語学をやってて良かった、そう感じられるひとときを過ごせた。

あと数分で明日になる。

いよいよ10月23日。

このまま勢いに乗って、積極的に動き回って、

そこいらにいる普通の人たちとお話できればいいなって思う。