仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは林宏文著、野嶋剛監修、牧高光里訳『TSMC 世界を動かすヒミツ』(CCCメディアハウス)ーー。
■イントロダクション
半導体は、自動車や家電だけでなく、誘導ミサイルやレーダー等に欠かせないため各国の軍事力にも直結するキーデバイスだ。
そして、2020年ごろからの世界的半導体不足を経て存在感を増したのが、世界のハイエンド半導体のプロセス技術の9割を独占するとされるTSMC(台湾積体電路製造公司)である。どんな企業なのか。
本書は、日本ではあまり知られていないTSMCについて、台湾の文化、創業者モリス・チャン(張忠謀)のマインドや人となり、企業風土、ビジネスモデルなどから多面的に解き明かし、その強さの秘密に迫っている。
TSMCでは約6万5000人の従業員のうち5万人をエンジニアが占め、彼らが重要な決定を担うエンジニアガバナンス文化が息づいているという。また、TSMCがソニーグループやデンソーなどと共同出資するJASMは熊本工場を建設したが、JASMはTSMCが顧客と共に設立した初めての合弁会社であり、特別な意義があるとする。
著者は、台湾の経済誌「今周刊」「数位時代」などのコラムニストやラジオパーソナリティとして活躍する台湾人ジャーナリスト。主にハイテク・バイオ業界の取材に長年携わりながら「今周刊」副編集長、経済紙「経済日報」ハイテク担当記者を歴任した。
序.きらめくチップアイランド
1.TSMCのはじまりと戦略
2.TSMCの経営とマネジメント
3.TSMCの文化とDNA
4.TSMCの研究開発
5.半導体戦争、そして台湾と日本
■台湾の半導体産業成功には3つの要因がある
台湾は世界の半導体の7割を生産する力を手に入れ、そのなかでもハイエンドなプロセス技術(半導体の製造技術)の9割を独占しているTSMCが、以前にも増して世界から注視されるようになった。
台湾の情報エレクトロニクス産業と半導体産業の成功の裏には、主に3つの要因があったと私は考えている。まずは国民が勤勉で、コストパフォーマンスが驚異的に高いことが挙げられる。台湾人には、たとえ残業代が出なくても残業したり仕事を持ち帰ったりするようなひたむきさと、勤勉で責任感が強いという気質がある。そして台湾の給与水準はそう高くないため、企業の営業コストも抑えられる。
■半導体産業の参入障壁が高い理由
2つ目の要因は、各産業をさらに細かくカテゴライズして、各々を派生産業として独立させた分業制だ。そこでは各社が各自の分野で自分の強みを発揮することに専念しながら、完成品を構成するサブシステムや部品を1社が1つずつ攻略している。1台のパソコンから、接続線や冷却ファン、RAID、監視装置といったパーツを個々に製造する産業が数百種も派生し、そしてその一つひとつを製造するためにおびただしい数のメーカーが生まれて、台湾をパソコン王国にしている。
3つ目は、台湾では各派生産業のなかで激しい国内競争が起きていることだ。まずは台湾国内で競争力を磨いておかなければ、国際社会の舞台に立つこともできない。
前述の3点のほか半導体産業には、他の情報エレクトロニクス産業にはない、産業構造が複雑で、精密性と難易度が高いという特徴がある。製造工程が数百に上るうえ、半導体産業が資本集約型産業であると同時に知識集約型産業でもあるためだ。巨額の資金と長期的な投資が不可欠になる。
昔のノートパソコンや携帯電話のように新製品を次々と発売し、薄利多売で稼ぐメーカーが、スピードと臨機応変な対応とマネジメントによって懸念に利益をひねり出してきたのとは違い、半導体メーカーはそれよりも研究開発と先行技術、そして長期的な努力に負うところが大きい。これらの特徴が半導体産業の参入障壁を高くしている。
■台湾政府の出資と手厚い支援を受けてきた
モリス・チャン(張忠謀)は1985年に米国から台湾に渡り、台湾政府の招聘によって工研院(工業技術研究院:中華民国(台湾)経済部が設立した財団法人で科学技術の発展を目的とした重要拠点)院長に就任した。TSMCは国営企業ではない。だがモリス・チャンが1987年にTSMCを創業したときに台湾政府が投資していたのは確かだ。TSMCの設立時の資金の48.3%は政府が拠出し、27.5%はフィリックス、残りの24.2%が他の民間企業だった。しかもTSMCの初期の中核メンバーの多くは工研院から移籍してきた面々だった。
ほかにも政府は、産業の発展期には投資や税金面での優遇措置や支援策も打ち出した。こうした点を考えると、TSMCは台湾政府が出資して設立し、手厚く支援した企業と言っても決して間違いではないだろう。
■6万5000人の従業員のうち5万人がエンジニア
TSMCの成功はモリス・チャンの企業統治とリーダーシップに負うところが大きいのは確かだが、私は常々、TSMCの日常的な企業統治においては、優れたエンジニアによって構成されるチームの功績を無視することはできないと考えている。TSMCの6万5000人の従業員のうち、5万人がエンジニアで、修士と博士がその9割を占めている。この集団がTSMCの中核であり、台湾半導体の「シリコンの盾(シリコン・シールド)」を構成するためのカギとなる力である。
TSMCにはエンジニアガバナンス文化が息づいている。社内で一番地位が高いのもエンジニアだし、他社であれば巨額の利益に関わる設備購入のようなことも含め、TSMCでは「設備購入選定委員会(NTSC/New Tool Selection Committee)」が最終決定している。NTSCはTSMCのマネージャー以上の幹部で構成されており、評価報告と判断材料は各工場のテクニカルエンジニアが提供する。
■受託製造でもコア技術を自社で握る
TSMCが「ファウンドリー(受託製造)」産業のリーディングカンパニーであることは周知の事実だが、いっぽうでTSMCのどこがすごいのか、下層にいる受託業者じゃないかといった揶揄も、長年の取材生活のなかで少なからず耳にしている。
台湾の受託メーカーの多くは、研究開発力や技術力が顧客より劣っている。コア技術に対し、国際的なメーカーは台湾の受託業者よりもはるかに優れた開発チームを抱えているため、その気になればサプライヤーをいつでも取り替えて、別の業者を育てることができる。
だが、TSMCは違う。TSMCはコア技術を自社で握っている。サムスンやインテルといった競合他社は、そもそも作れないか、作れたとしても良品率が低いため、TSMCに製造委託するしかない状態である。
アップルやエヌビディア(主要製品はGPU(画像処理専用プロセッサ)で、高性能ゲームやビットコインの分野で需要が拡大)、AMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)(主要製品はコンピューター、グラフィックス製品など)を始めとする大口顧客には、そもそもウエハーの製造に必要な設備も技術もないためTSMCに供給してもらうしかない。この点が、TSMCのファウンドリーの最大の強みである。
■「売り手市場」としてビジネスを展開している
別の言い方をすると、TSMC以外の受託メーカーの大部分は、顧客が支配する「買い手市場」にいるが、TSMCは「売り手市場」でビジネスを展開している。そこでは顧客がTSMCに高度に依存しており、TSMCと同じものを提供する会社は存在しない。
TSMCの最大顧客であるアップルはリスク分散のため、過去に何度も2つ目、3つ目のサプライヤーを積極的に育てようとしてきた。しかし、TSMCに対しては、第ニ、第三のサプライヤーがどうしても欲しいとは言いにくかった。他社にはまねできない抜きんでた技術を、TSMCが持っているからだ。つまり、「受託業者」と呼ばれるかどうかはまったく問題ではない。顧客が持っていない技術を握り、顧客を自分により依存させることこそが、勝敗を決めるカギになるのである。
モリス・チャンは2017年7月に台湾の経済団体、工商協進会の講演会で、TSMCは典型的な「ビジネスモデルのイノベーション」企業であり、TSMCの収益が高いのは、この優れたビジネスモデルのおかげだと話している。
■熊本県に設立した合弁会社JASMの特別な意義
熊本県菊陽町は人口4万人ほどの小さな町だ。2022年の春、半導体工場の建設がこの地で始まったことで、菊陽町は一躍脚光を浴びた。新工場の建設はほぼ24時間体制で進められ、夜の9時を回ってもトラックや作業員が現場を出入りし、静かな地方都市だった菊陽町が眠らない街へと一変した。
工場とはTSMCとソニー、デンソーが共同出資したJASM(ジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチャリング)だ。投資総額約86億ドルのうち、日本政府からの補助金は最大4760億円で、日本で最先端の半導体工場になると同時に、過去最大の半導体投資プロジェクトでもある。
台湾積体電路製造(TSMC)の第1工場=熊本県菊陽町 - 写真提供=共同通信社
TSMCは現在、中国と米国と日本で大型工場を建設しているが、JASMは現時点(*2023年の執筆当時)でTSMCが顧客と共に設立した唯一の合弁会社である。この点から、このプロジェクトに特別な意義があることが分かる。というのも、この工場が生産するのはソニーやデンソー向けのCMOSイメージセンサーや車用チップで、全量が特定の顧客に供給されることになっている。これには日本側と共に出資して、双方の結びつきを保証する意味合いがある。
■「ソニーを支える=アップルを支える」という理由
(*2013年からマーク・リュウ(劉徳音)と共にTSMCのCEOを務める)シーシー・ウェイ(魏哲家)は、日本は生産コストが低い場所ではないと言う。その日本に工場を設置する理由は「ある顧客をどうしても支えなければならない」からで、この日本の顧客とは、TSMCの主要顧客のサプライヤーでもある、ソニーだ。
ソニーは世界最大のイメージセンサー(CIS)サプライヤーで、アップルにCISを提供している。そのアップルはTSMCの営業収入の26%を占める最大顧客で、アップルのスマートフォンやタブレットには相当数のCISが使用されているため、もしCISが手に入らなくなったらアップルはこうした製品の販売できなくなる。つまり、ソニーを支えるために日本に工場を構えるということは、アップルを支えるのと同じことなのだ。
※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの
■コメント by SERENDIP
日本は1980年代、半導体市場で世界を席巻した。しかしその後、日米半導体貿易摩擦などを経て、現在は米国や韓国に大きく水を開けられている状況だ。ただし、日本は今なお川上の設備と材料、基礎研究分野に優れており、これは、製造とパッケージ・検査とIC設計に強い台湾と補完関係を構築できると著者は述べる。さらに、米中の対立が続くなか、日本と台湾の協力関係はより密になっていくというのが、著者の予想だ。直近、国内の半導体産業は盛り上がりを見せている。台湾との連携も含め、今後の日本半導体の復活に期待がかかる。
(書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」)
https://news.livedoor.com/article/detail/26818324/
それぞれの思惑はあるでしょうね。