凡夫はどうやら痛い目に遇っても分らないようです。 | 酒井カロウのおそまつくん春日記

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日常生活の気付いたことなどを記事にしてご紹介します。宜しくお願いします。

自力で苦行難行を出来る人ならまだましなのです。それは出家したからとて阿弥陀仏の光明を授かるわけでもでもないことから

苦行難行では往生出来ませんと多くの善知識が言っているのです。

 親鸞聖人でさえ幼い時から比叡山延暦寺での修行しても仏法を極める事ことできなかったし、多くの修験者が死に物狂いの修行をしても殆ど絶対の幸福に救われることは出来なかったのです。

 少なくても善知識がどんなことを言っていたのか聴聞しなかったら、救われる道などないわけです。

 ただぽつんと一軒家に住んでみたところで、全くどうにもならないのです。

 全て自分ではどうにもならないことなので、少なくても他人の言うことも聞いてみなければいけませんね。

他人といっても出来れば善知識のような方の法話を聴いて無意識的に理解できるようになるように聴聞する。

 実際には辛酸をなめ尽くしても、未だ足りません。

 相場で金持ちになっても、政治で成功しても、役人で権力を握っても、無駄な抵抗のようです。