本当の自惚れ多い悪人たる自分を見つめる事が出来ない。人より善人に見せたい。と考えてしまう。凡夫が考えるのは、どうしても、損得に頭がいってしまう。
同様に次の瞬間には、息が出来ないかも知れない事は承知していますが、そんな事考えると怖くて仕方ないから、まあ次の瞬間も、明日も大丈夫だろうという怠惰な考え手前味噌の考えを巡らせています。
その通り、命の勝手な安心の次には、いつも損得で頭が充満している。こんな日常を送っていて、絶対の幸福に成れる道理はありません。
一般の人は、へー親鸞聖人とは歴史上の人であり、宗教の人を後生大事にしても、今どき迷信なんてね。
墓参りなんかしてもしなくてもおんなじだろう?仏壇に花上げても、花代が高いだけでもったいないでしょで終わりなんです。或は、自分というのがないのかしら