改めて生きる目的は、自分の心が幸福を感じる事であり、思考する事でないと考えます。
凡夫の思考は、真実も噓も含まれていて、凡夫のビリーフ無意識の思い込み(備わっていないとか自分は駄目だとか)に基づいていますから、大体が勝手な想像であり、噓の方が多いです。
それで問題は、心は、その勝手な想像に引きずられて、過去の後悔と未来の不安の間を行ったり来たりして、今の瞬間の生きていることに喜びを感じていません。
それでどうしたらよいかですが、今の心を安定する事が大切です。
その為には、過去の後悔を何度やってもやってしまった過去を現在に取り戻す事は出来ないと気が付かないといけません。
同様に、明日をも知れない我が身なのに、未来の不安を何度考えても、無意味なのだと気付かなければなりません。
だから自分の心が今幸福に感じられなければ、瞬間瞬間が幸福になれません。一瞬も幸福に感じられなかったら、絶対の幸福になれる道理はありません。
本当の幸福は、命を失うほどの恐怖感を味わいつくさなかったら、得られないのかもしれません。
この凡夫の瞬間の心の動きをわかって貰える存在が三世に渡り有るよと宣言なさったのは、諸仏の本師本尊の阿弥陀仏しかありません。こんな頼も しい存在は他にありません。感謝してもしきれません。南無阿弥陀仏