「自然の叡智」をテーマに掲げていた愛知万博。
しかし、「森の中で万博をやるなんて、自然破壊だ」と批判の声が高まり、
ついには森の外での開催へと変更になった。
実際には、「テクノロジーによる自然と人類の共存」という新しい可能性を示すためのものだった。にも関わらず、「森での開催」そのものが批判され、その本質は置き去りにされた。
問題だったのは、万博跡地での住宅開発や万博開催へ向けてのインフラ開発による自然破壊であり、「自然の叡智」というテーマそのものではなかったのではないかと私は思う。
新住宅計画やインフラ整備の問題と万博コンセプトの問題が一緒くたにされた結果。新しい万博の形を提示することなく、巨大パビリオンや観覧車の展示を中心とした、従来通りのイベントが執り行われた。
今現在、新国立競技場の問題でも本質が忘れ去られている気がする。
価格の高騰はデザインのせいではなく、人件費と材料費の高騰
また、JOCによる条件をすべて充したデザインを考えれば、予算額を超えるのは当然だという意見も聞かれた。
新国立見直し騒動後に行われたザハ氏の説明は理論的で明快なものだったし、多くの人が納得できるようなわかりやすい説明だったと感じる。
日本のグラフィックデザイン業界の人々にも見習って欲しいくらいだ。
今回の件でザハ氏のアイデアを否定するのは、あまりにも横暴ではないだろうか?
また、佐野研二郎氏のエンブレム問題でも、佐野氏の画像盗用問題とデザインの好き嫌いが同じテーブルの上で議論されている。
確かに、華やかな招致ロゴに人気が集まるのは分かるのだが、5年後には古臭くて野暮ったく感じてしまう可能性が高いと私は思う。
佐野氏のエンブレムが使用取りやめになったことそのものは仕方がないと思う。しかしこのままいくと、「現在」の視点だけで新しいエンブレムが決まってしまうのではないかとても不安だ。
日本のグラフィックデザイン業界の人たち。エンブレムを作る遊びや、自己保身のために口を噤むのはやめて、「5年後に行われるオリンピックのエンブレム」はどういうものが良いのか。またその理由などを世の中に広めていくべきなのではないでしょうか?