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日々精進~笑う門には福来たる~

人生、山あり谷あり・・・ぶっちゃけ結構、壮絶な人生。
それでも心だけは潰されず前を向き日々の出来事を中心に嬉しかっ事・悲しかった事・幸せを感じた事・頭に来た事等、
持病のことや大好きな料理にレシピを交えながら、あるがままの本当の私で書き綴ってます。

 
 
 
 
 
 
 
今年は福岡にかなり通ったなぁ。
母の白内障の大学病院通院は去年から約1年通ったけど、
今の母の状態から見て色々考え、父とも相談して最終的に手術はしない方向で7月に終結。
それが終わると同時に今度は父の事。
母が入院して転院などもあり、
かれこれ7年8ヶ月になる。
父も歳を取って現在86歳。
これは自分記録の為にも残しておきたいからブログにUPしておく。
 
 
 
父は元々マメな人で母の入院前からも母が入院してからもコロナ前までは良く動いていたし
庭にも毎日のように出て庭の手入れや多少ばかりの農作物を作って収穫して食べたりもしていたけど
コロナ禍になって私も福岡に行くことが出来なくなって、
父の中でも「どうせ誰も来ないし庭が荒れてても煩く言う人も居ない」と言う気持ちになってしまったのだろう。
コロナ禍後に父の家に行って庭が荒れ果てていてビックリして父に聞くと
「なんだか、やる気がしないんだよ」と言うようになって
朝、目が覚めた瞬間から寝る間際まで丸1日テレビばかりのテレビ爺さんと化してしまっていた。
 
 
 
動かなくなれば元々悪い足も余計に動かさなくなりそれを理由に又、動かないの悪循環。
コロナ過で、そんな生活を2年以上続けてしまったのもあるし
年々、歳も重ねているから今更元には戻らない。
それでも自分の晩酌の支度は何とかやっていた。
ただ、父は1日2食で朝昼食はカップ焼きそばか甘ーい菓子パンを毎日。
その為、母が入院してから父は10kgも太ってしまっていた。(かかりつけ医にも少し痩せるように言われる程)
晩酌の用意も週に一度、スーパーに買い物に行って
お惣菜コーナーの大好きな唐揚げを二日分とポテトサラダを二日分、
太巻きや助六を買ってきて、お買い物に行った当日と翌日はそれを必ず食べ
その他は大好物で毎日食べる夏は冷奴か冬は湯豆腐にトマトを食べる。(これは健康的だけど)
考えたら運動どころか庭にも出ずに動くことのなくなった86歳のテレビ爺さんが
週に2日は、お惣菜コーナーの衣ガッツリの唐揚げを食べて
朝昼食はカップ焼きそばか菓子パン生活してたら、そりゃ太るよね。
なるべくご飯のおかずになるような物を送ったりしてきたし、福岡に行った時は作り置きおかずを冷凍してきたりもしたけど、
それでも面倒くさいが先に経つんだろうな。ついにはお米すら炊かなくなってしまった。(現在も)
 
 
 
 
そんな父を見てきて、以前、勧めてみた時は自分でやるからそんなの要らない!と言っていたけど、父もいい加減、高齢者用のお弁当を・・・と考えて嫌だと言われるのを承知で父に言ってみたら、
父もそろそろ、お弁当が良いかな。と思ってた。と思いもしない返事が聞けたから、
(父も面倒になったのと食生活もこのままでは良くないと思ったのだと思う)
7月の初めに私が福岡に行くのに合わせて高齢者用の宅配弁当業者、4社の相見積を取るのに
資料請求しておいた。
ワタミと地元の宅配弁当業者は試食も持ってきてくれて(ワタミは値段の割にショボかった。そりゃ、あんだけCM流してるし広告費がかかるよな)
検討して値段もまぁまぁで
安否確認を含めた声掛けもしてくれ夏場は室外機を確認してエアコンが点いているかも確認。
お弁当のボリュームや味も父が気に入った地元の宅配弁当業者に決めて朝昼食で食べていたカップ焼きそばや菓子パンを止めて朝昼は、そのお弁当を食べ夜は朝昼食のお弁当のボリュームもあるし
お弁当で、きちんと白米を食べているからそこまでお腹も減らなくなって晩酌のつまみで大好きなお豆腐とトマトと
これまた大好きな、かまぼこやさつま揚げとか、
ちょこっとした酒のツマミで足りるようになったらしくスーパーのお惣菜(衣ガッツリ唐揚げ)も止めた。
そんなこんなで、7月21日から昼食用として高齢者用宅配弁当を開始。
(12月末現時点で既にマイナス3キロ)
 
 
 
 
この7月に行った時は以前にブログにも書いたけど、
クソの魂胆や遺産相続の事で父の考えとかが分かってかなりショックを受けたり
頭に来たりもあったけど、それでも高齢になった父の生活環境を整えるために
やっておかなきゃいけない事は山ほどあるし、割り切れてないけど自分自身で
それはそれで割り切れたフリをして行動した。
そんな頭も心もグチャグチャの中、とっても救われたのは私が幼少時代、父と母の所で生活していた頃に
血は繋がっていないけど従姉妹にあたる姉妹のお姉ちゃん達が、
すごく私を可愛がってくれて、お姉さんの方は今は東京に住んでいて、
妹さんの方は福岡に住んでいるから1年に2、3度、父をランチに誘ってくれたりして
よっぽどクソなんかより父を気遣ってくれているお姉ちゃんが居てくれ
たまたま私が福岡に行っている時に父へのお誘いの連絡があってから、
妹の方のお姉ちゃんと会って、また2人のお姉ちゃん達と交流させてもらうようになったのは、私にとって、すごく心強い味方になった。
7月に行った時も福岡に住んでいる妹の方のお姉ちゃんが、
ここちゃんが来ているなら一緒にランチに行こう!とお誘いしてくれてランチに行って
こんな豪華なお食事をご馳走してもらっちゃった。
 
 
 
ご馳走も嬉しかったけど何より、この時は心がグチャグチャで気持ちの置き所がなく
本当に苦しかったし辛かったから、クソの魂胆や父の考えを聞いてもらったら
ここちゃんが我慢する事じゃない。法律でちゃんと守ってもらえるし、こんなにおじちゃん(父)の事を
面倒見ているんだから引き下がる必要なんてないのよ。
これからも何でも話を聞くからいくらでも連絡してきていいからね。って言ってもらって
あの時は本当にすごくすごく救われた。
 
 
 
 
 
 
お弁当の件が済んでからは、何か父の生活が良い方に変わればと包括支援センターに相談に。
実は、これは父がとても嫌がっていて。
理由は母が入院して父が単身になった当時
ヘルパーさんやデイサービスなど助けてもらいたく
利用出来る福祉サービスは無いかを
父を連れて市役所内の包括支援センターに相談に行ったんだけど
問題外というか、けんもほろろな対応で
まず1人でお風呂に入ることが出来るならダメ。
車を運転しているならダメ。と取り付く島もなかったのだ。
でも、それから7年も経つし当然、当時よりも歩くのも辛そうだし身体は衰えてきているから
もう一度、聞きに行こうと父を説得して再度、市役所内の包括支援センターに行ってみた。
まずは食事の支度も出来なくなってきたから、お弁当を頼むようにしたけれど
補助はしてもらえないか。
(利用を決めた宅配弁当屋さんは市の指定業者になっていて市が認めてくれたら一定額の補助がありお弁当を安く頼めると教えてもらっていた)
すると、まずは買い物はどうしているかを聞かれて、
車で週に1度スーパーに行っていると答えると、
次はスーパーの中でどのようにして買い物をしているか?を聞かれて
既にだいたい買う物は決まっているからカートを押しながらなるべく長い距離を歩かないようにして済ませる。と答えた。
すると、カートがあればスーパー内を歩くことは出来るんですね。と言われ
それならなんとか食料の調達は自分で出来ているから補助は認められないと。
田舎で高齢者も多いから本当にボーダーラインが厳しい。
ただ、他に困っていることがあって相談があれば父の住んでいる地域にその地域高齢者用に包括支援センターがあるから行ってみて下さいと言われた。
この時点で父は、もう行かない。って言い出したけれど
場所や担当者が違えば話も変わってくるかもしれないから。と嫌がる父を必死に再度説得して地域内の地域支援センターに行った。
 
 
 
 
ここでの担当さんが女性が(市役所内も女性だった)穏やかな感じの丁寧な方で
父が困っている事。主に足が不自由で整形外科にも通っているけど痛み止めしかもらえずに
何も変わらないこと、腰部脊柱管狭窄症と診断されている事などを話して
ただ毎日、誰とも交流も無く家でじっとしてテレビばかりを見る生活。
掃除はシルバー人材センターの方に2週間に1度来てやってもらっている事、
炊事はお弁当を取るようにした事、(炊事が面倒で菓子パンやインスタント麺を食べ続けて10㎏太ってしまった事)
お風呂は湯船に入るのが大変で億劫になってしまい週に1度くらいしか入らなくなってしまったこと等々、
本当に細かく話して、担当さんも親身になって聞いてくれ、時には質問されたりしながら
2時間も話をしてくれて、今後、少しでもお父様が生活しやすいように何か出来る方法を考えましょうと言ってくれた。
 
 
 その②にに続く。