高音がもう弦が伸びて買い変えないと調律不可能で、気持ち悪いですね。

申し訳ありません。

 

こちらでは今日3月28日は2023年に逝去した坂本龍一氏の三回忌です。

 

 

ミュージシャンの坂本龍一さんは2023年3月28日に71歳で亡くなりました。

 

坂本さんは2014年に中咽頭がんを患い、放射線治療で寛解したものの、

 

6年後の20年、中咽頭がんとは別にステージ4の直腸がんが発覚。

 

治療しなければ「余命半年」と宣告されました。

 

その後、何度も手術を重ねましたが、

 

死因は進行したがんが転移したものと見られました。

 

坂本さんは、6歳でピアノを習い始め、東京芸術大学に進学。

 

1978年、ベーシストの細野晴臣とドラマーの高橋幸宏と共にYMOを結成。

 

爆発的なブームとなりましたが83年に解散した。

 

同年、大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』でデヴィッド・ボウイと共演。

 

坂本さんが手がけたテーマ曲も世界的ヒットとなりました。

 

その後もロック、ポップス、クラシック、テクノ、映画音楽と縦横無尽に活躍し続け、

 

同時に、「反原発」「神宮外苑(がいえん)再開発反対」など、政治的な活動にも積極的に取り組ん見まし。

 

才能あふれる音楽性と深い知性は、まさに“教授”と呼ばれるにふさわしい存在でした。

 

同時に、とにかく女性にモテました。

 

常に女性をはべらして酒を飲む姿は有名だったそうです。

 

と音楽関係者が振り返る通り、世界的な天才音楽家は女性関係も華やかだった。

母親の違う3人の子と連れ子1人

最初の結婚は1972年、東京芸大2年のときで相手は2歳年上の女性です。

 

長女が生まれましたが、後に離婚。

 

2度目は歌手の矢野顕子で、矢野には連れ子もある再婚どうしだった。

 

1980年、後に坂本美雨として活躍することになる娘が生まれましたが、

 

2006年に離婚。

 

3人目のパートナーは、

 

矢野顕子と婚姻関係が継続中の92年前後にニューヨークで知り合って交際に発展した日本人女性スタッフのA子さん。

 

30年にわたり坂本さんを支えてきた存在ですが、事実婚だったと言われています。

 

この女性スタッフとの間には、1991年に男子が生まれていて、

 

当初は矢野顕子との婚姻関係を解消してなかったため、“隠し子”と報道されました。

 

現在この男性は30代になり、空音央(そら ねお)という名で映像作家として活躍しています。

 

つまり、坂本さんにはそれぞれ母親の違う3人の子がおり、

 

さらに矢野には前夫との間の連れ子がいたので、合計4人の父ということになります。

 

坂本さんの最後の言葉。

 

 「人生は短く、限られているけれど、優れた芸術は作者の死後も残り、人々に影響を与え続ける」