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kentaro koboriのブログ

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一つの家族と出会った僕の2ヶ月間のハワイマウイ島の旅をここに記す。

2015年2月9日僕はハワイのマウイ島にあるカフルイ空港に到着した。



[ALOHA(アロハ)とは Akahai思いやり Lokahi結束 'Olu'olu快く Ha'aha'a謙虚さ Ahonui忍耐 それぞれの頭文字]


マウイ島の天候は晴れ、ただ風が強かった。
それに正直僕はマウイ島のことをまったくと言っていいほど、ほぼ何ひとつ知らなかった。

どこに行くかを荷物を手にして空港を出てすぐのところでコーヒーを飲みながら考えていた。
財布の中には200ドルと1万円札が一枚だけだった。
とりあえずよくわからないから空港を出て宿を探すことにした。

僕のマウイ島の日々はそうやって始まった。

とりあえず目の前に立っていた金髪のお兄さんに声をかけた。
お兄さんは友達を待ってて、近くの町まで行くとのこと。
クルマに乗せてってくれるかを聞いたら心よくOKとのこと。
僕はカフルイ(Kahului)の町まで移動した。

そしてとりあえず情報を得るのに降ろしてもらったところにあったウィンドサーフィンがメインのサーフショップに入った。

そこにいたスタッフの人にマウイ島のことをいろいろ聞いた。
僕は密かに心の中でワークビザを持っていなかったのだが、違法になるが仕事を探そうと思っていた。
僕の帰りのチケットは2月15日だった。
でも帰りたくなかったのだ。
帰る理由も特になかった。
ちなみにそこのスタッフの人は親切だったが「ビザなしでは仕事なんて見つけるの無理だよ。甘くないよ。」と僕にアドバイスをくれた。
お礼を伝えまた道の脇に立ち、ヒッチハイクを始めた。

誰に何を言われても自分の中では仕事を見つける氣でいた。
どんな状況であろうと可能性はあるはず。
そんな想いだった。



[faith信念 courage勇氣]


しばらく親指を立てていたがクルマが止まる氣配が全然なかった。
そこでバスを利用してとりあえず東に向かうことにした。
カフルイから東にはビックウェーブで有名なJAWSもある。
僕はサーフィンをするからそこはとりあえず見ておきたかった。

そこでバス停を探していたがバス停もなかなか見つからなかったので、また違う小さ目のサーフショップに入った。
そこでバス停の場所、宿のことを聞いた。
そうしたらそこでお客さんで来ていた白人男性に パイア(PAIA)という町にあるバックパッカーズホステルまで送ってもらえることになった。
白人男性の名前はDON。
DODGEの大きいトラックに乗っていて、爽やかな笑顔を持っている50歳のナイスガイだ。
クルマの中でお互いのことを楽しく話した。
もちろん彼もサーフショップにいたくらいだからサーフィンをする。
それに彼の奥さんは日本とアメリカのハーフだ。
そんなことを話しながらクルマに乗っていると、DONが道を間違えたので一度クルマを道の脇に寄せて進路を変えようとした。
でもその道が混んでいてなかなか道に入ることができなかった。
道がすくまで待とうとして、DONは一度クルマのエンジンを止めた。
道がすいてからまた彼がエンジンをかけようとしたらクルマのエンジンがかからなかった。
バッテリーが上がってしまったのだ。
DONは「こんなこと2年間くらいおきてないぞ。」と珍しがっていた。
とりあえずクルマのロードサービスに電話して見に来てもらうことになった。
待っている間、僕はクルマから降ろしてもらいまたヒッチハイクを再開させようとしていた。
そしたら今度は雨が降ってきた。
そのまま僕は雨宿りがてら、DONのクルマの中でDONとしばらく時間を過ごすことになった。

そこでお互いに旅のこと趣味のことなどいろんなことを1時間くらい話していた。
そしてロードサービスも来てバッテリーも新しくなって、クルマもしっかり動くようになった。
DONは宿までの道の間に波チェックがてらサーフポイントに連れて行ってくれた。
日暮れ前のギリギリの時間だった。
波は沖のアウターリーフだったので遠くてイマイチわからなかったが遠い沖の方で太陽の光りに輝きながら白波が見えていた。

そしてDONは宿に送ってくれるのかと思ったらDONの家に行って「今日は時間が遅いから泊まっていきなさい。」と僕を家に泊めてくれた。
DONの家には綺麗な奥さんミンディンと4歳の息子でかわいい男の子のBENがいた。
挨拶をして夕飯まで共にさせてくれた。
世の中本当に親切な人がいる。
DONの家族は素敵だ。
家族愛をすごく感じた。
家族っていいなって素直に思った。
みんな仲がいいのだ。
愛情に溢れていた。



[DONの家族]


それから僕は2ヶ月間DONの家に自然とお世話になることになった。
まさに家族のようだった。
DONの家はクアウ(KUAU)という小さな町にある。
近くにはママズビーチという小さな海岸もあって、波がある時はそこの沖のリーフでファンな波も割れる。
サーフボードを持っていなかった僕にDONはサーフボードも貸してくれて一緒にサーフィンもした。
近くにはウィンドサーフィンでも有名なホオキパ(Hookipa)がある。
風がいい時はサーフィンのいい波も割れる。

そんなDONにも仕事のことを聞いた。
そしたらいくつかアイデアをもらった。
ちなみに僕は出会う人のほとんどに仕事のことを聞いていた。
そして隣りの町のパイアについての情報をゲットした。
パイアはいろいろなところから来た旅人やまた、ヒッピーがたくさんいるオシャレな町だった。
話しを聞き、町をチェックしたところ道端でストリートライブ等をしている人達が結構いた。




[パイア]


僕もとりあえずお金を稼ぐのにストリートライブに挑戦した。
ちなみに僕の音楽、楽器のレベルは対したことはない。
でも音楽は好きだ。
しかもDONは僕にギターまで貸してくれた。
材料が目の前に揃った。
チャンスが来たのだ。
とりあえずやった。
ハワイに残っていたかったので、何でもやるしかなかった。
そして何曲か適当にうたった。
氣持ちよかった。
そして調子にのった。
熱唱した。
すると道を歩いている人達が僕の帽子の中にに1ドル札を入れてくれるのだ。
それに「町を音楽で明るくしてくれてありがとう。」と感謝までされるのだ。
マジ嬉しかった。
しかも1ドルはお札だから目の前に1000円札が入ったような錯覚になって、より一層嬉しかったし見た目がかっこいい。
やっていくうちに他のストリートでライブをしている人達が混ざって来てJAMセッションにいつの間にかなっていた。
もうお金のことはどうでもよくなって、そこに集まったメンバーと適当に遊んでいた。
いろいろな人達が集まっていた。
大抵がビーチに住んでいる旅人やホームレスだった。
でもいいやつが多かった。
中にはお金をもらってから誰がどうこうしたと面倒臭いやつもいたが、そういう人とは一度きりでそれ以降の関わりはなかった。
初日は13ドルと遊んでるだけでお金が入って嬉しかった。
時折食べ物をくれる人もいた。
それにそうこうしていたら町に顔見知りの仲間がいっぱいになっていた。
仲間が増えると情報も増える。
仕事についてもだ。
何件かビザがなくても雇ってくれる場所の情報を得た。









[パイアストリートライブ&JAM]


そんな時にDONの知り合いの家の草刈り等の仕事の話しが僕に入って来た。
しかも時給20ドルとやりがいがある金額でだ。
大抵草刈りは1時間から2時間くらいで終わる。

また、出会った人の家のシャワールームの壁塗り、部屋のペンキ塗り、浴槽の修理、マッサージ、サーフボードの修理とその後いろんな仕事の話しが僕に入って来た。
頻繁に仕事があったわけではなかったが、何とか食べていけてた。
それにDONの家の手伝いをしながらそこに泊めてもらって家賃がかかっていなかった事もある。
僕はDONにものすごく助けられていた。
それにそれ以上にたくさんの新しい経験をもさせてもらった。

マウイ島での僕の大きな出来事はいっぱいあるが、その中でもスタンドアップパドルボードでクジラを見に行ったことは僕の人生経験の中で本当に大きな出来事だった。
クジラを見に行ったのは3回だ。
その中でも2回目のDONと2人で行ったときのことはここに書きたい。
その時のオロワル(Olowalu)という場所での出来事は多分一生忘れられないだろう。
朝、クルマに二本のスタンドアップパドルボードを積んで家を出た。
そして僕達は海に9時頃到着した。
海は風はなくグラッシーで滑らかな湖のような美しい水面が目の前に広がっていた。
その沖ではクジラのしぶきがいたるところで見ることができた。
ウキウキしていた僕達は準備をして沖まで板の上に乗りパドルを漕いだ。
途中途中の水中には亀がゆったりと泳いでいたり、珊瑚礁が様々な色に輝いていた。
陸から2~3キロ位沖に出たところで僕達はクジラを待った。
海上からみたIAO渓谷の景色もどーんと大きく圧倒されるくらいに素敵だった。
それだけ見ても満足するくらいだ。
そしたらすぐにクジラは現れた。
プッシュー!プッシュー!とそこいら中でクジラが水を吐く音が聞こえていた。
それにクジラはでかい。
時折ビックジャンプも見ることができた。
かっこいい!
人生で始めてあんなに近くでクジラを見た。
それに僕達はゴーグルを持ってきていたのでクジラが近づいたら、海の中に潜ってみた。
単純にすごかった。
正直僕は水中では2匹のクジラのでかいしっぽを一度見ただけだったが、それでも本氣神秘的だった。
多分7メートル位近くだったと思う。
それに水中ではすごい状況になっていた。
まず一面がどこもかしこも透き通ったブルーなのだ。
下を見ると水中も深くて底が見えなかったが、深いブルーが永遠と続いている風景だ。
吸い込まれそうになる感覚だ。
それに上を見上げると太陽の光りにあたるゆらゆらとした美しい天上がずっと広がっていた。
言葉では表現しにくい状況だ。
「何だここは!?」って思う位の衝撃が心に走っていた。
その位綺麗だった。
さらにそこにクジラの鳴き声がオーケストラのようにずっと鳴り響いていた。
すごい数のクジラの鳴き声だった。

「グオ~~~ン、グオ~~~ン、プオン、プオン、プオン、プオン、グオ~~~ン。」とだ。

別世界だった。
それ以外何もない異世界だった。
静かな水の中で身を任せてただ漂いながらその状況を味わっていた。
すごく氣持ち良かった。
2人で海上に上がって目を合わせて興奮していた。
僕とDONで「ありがと~!ありがと~!」日本語で全てに向かって心込めてふざけ交じりで連呼していた。
あの感覚に僕はただ単純に感動させられた。
そしてそのまましばらく僕達は時間を過ごした。
クルマ戻った時は13時を過ぎていた。
楽しい時は時間が過ぎるのがあっという間だ。
ちなみにクジラがハワイにくる時期は2月がピークらしい。




[クジラを見に行く前]


[IAO渓谷道路から撮影]


それにまた別の話しだが、トーイングサーフィンにも連れて行ってもらったこともあった。
DONはジェットスキーを持っていてトーイングサーフィンも大好きだ。
トーイングサーフィンとはジェットスキーで引っ張ってもらって波に乗るサーフィンのスタイルだ。
僕が行った時は波はトーイングするにはそんなにって感じのサイズで6フィート位だったが、人生で始めての経験にすごく感動した。
それに始めてだったので僕にはそれくらいがトレーニングとして調子がよかった。
とりあえずめちゃくちゃ速かった。
あんなに速く滑ったサーフィンは今までなかった。
普段なら抜けれないなっていう位置でのテイクオフもジェットスキーの速さで抜けてから波に乗れるのだ。
爽快!!!



[初トーイング]


何はともあれ、DONとの出会いで僕のマウイ島での生活はびっくりするくらいものすごく開けた。
たくさんの事を一緒にした。
ちなみに僕とDONはどうでもいいことでケンカをしたこともある。
内容は書かないが、ケンカをしてもお互いでお互いの事を想い更にいい関係で仲直りした。

それと忘れてならないのはバックギャモンだ。
サーフィンの後や水泳の後にDONとはバックギャモンをしょっちゅうしていた。
DONが教えてくれたのだ。
日本に帰る日の朝にした最終戦は僕が勝利した。
今僕はあのバックギャモンの時間が恋しい。

また、ロングボードカフェもだ。
家に泊めてもらってる代わりにDONの家のバルコニーを綺麗にして2人でロングボードカフェ風バルコニーをプロデュースして作った。
雰囲氣よくかっこいいロングボードカフェを作る事ができた。
もちろんそこでバックギャモンをしたりコーヒーを飲んだり、朝食をとったりとみんなのお氣にいりの場所となった。



[ロングボードカフェ]


語り出したらキリがないくらいの日々を共にした。
最高のマウイ島の日々になった。

息子のBENも[アンクルKEN]と僕の事をケンおじさんと呼ぶくらいになっていた。
BENは僕が日本に経つ前の日の夜に僕とBENが2人で並んでいる絵を書いてくれた。
「これで僕の事を忘れないね。」と言ってその絵を僕にくれた。
うれしくて言葉が出なかった。
そしてビックハグを交わした。



[BEN]


[BENと僕 イースターエッグ]


[BENの絵 右BEN 左僕]


ちなみに僕は今までいろいろな場所を1人で訪れた。
そんな中で、やっぱり人との出会いが僕にとっては本当に大きい。
毎回ヒトとの出会いから何かが始まって広がっていく。
そしてたくさんの事を経験して学ぶ。

僕は自信をもってたくさんの場所に大切な家族のような存在がいっぱいいる。
DON達もその内の一つだ。
僕にたくさんの可能性と経験、思い出、自信、その他にもたくさんの物事を与えてくれた。
別れの時にみんなと何度「I love you.」を言いあったかわからない。
世の中にはあんなに優しい人達がいっぱいいる。



[見送ってくれたDON空港にて]


そんな人達に出会えて、本当に素晴らしい人生になっている。
また、これは感覚的な話しなのだが、何処かに行くと誰かに出会える。
しかもその人と僕は会うべくして会っているかのようにだ。

だから僕は「何かをしたいとか、何処かに行きたい。」と心から感じた時には不思議と何処かでこれから会う誰かが待っているような感覚になる事がある。

だから心から氣になったら一歩出てみる。
何か、大切な何かが待っている。
やることに価値がある。
全くもってそうだと僕は感じている。

それと、今この場を借りて感謝の氣持ちを世界中の僕の大切な友達、家族達に送りたい。
また、これから起こる未来のこと出会う人達のことも心から楽しみにしている。