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kentaro koboriのブログ

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2015年5月29日、30日

ゆいさんが富山に来た。

ゆいさんはオレが徳島県に住んでいた時にオレを息子のように面倒をみてくれた母ちゃんみたいな存在だ。
四国に住んでいたころ、金銭面で結構貧乏だったオレはゆいさんやその周りの人達に助けられて仕事をもらったりご飯を一緒に共にしたりして過ごしていたことがあった。
家族の一人のような存在だ。

ちなみにゆいさんは裁縫をライフワークとしていて、ゆいさんが作ったパッチワークは横浜であった世界の展示会の招待作品として展示されたくらいの腕前だ。
それにオレは一度徳島県の褒美展にゆいさんの賞をとった作品を一緒に見にいったことがある。
その作品は粋なかっこいい甚平だった。
しかも題名もかっこいい。
「時を経て今を着る」という題名だった。
なぜならゆいさんは昔の着物の生地などを使って、また新しいものに作り変えたりするからなのだ。
そんな粋なゆいさんさすがだ。
しかも徳島では、家の近くに畑を持っていて20年も前から無農薬で美味しい野菜や果物を育てているのだ。
ゆいさんの愛情込めて育てた野菜はマジでうまい。
それに水泳も上手で週に一回町のプールで水泳の先生もしている。
オレもゆいさんに水泳を教えてもらった。
オレの水泳の師匠でもある。
更に阿波踊りの先生もしている。
一度ゆいさんに阿波踊りを連の集まりで習ったことがあるが、ゆいさんの男踊りは力強くてかっこよかった。
ちなみにゆいさんは1941年生まれの74歳だ。
なんせとりあえずすごいヒト。
エネルギーがある。



[ゆいさんとオレ 四国にて]


[ゆいさん畑の前で]


[褒美展で賞をとったゆいさんの甚平の前で]


[サーフィンの大会でのお昼ご飯作り]


ゆいさんは今回富山県に本場のサシコを習いに来たのだ。
縁があって出会えたヒトがいたそうだ。
話しを聞いていたら多分相当なヒトに出会えたんだと思う。

ちなみにこのゆいさんの旅はオレが四国にいた時にゆいさんがやりたいって言っていたことだ。

ゆいさんの夢が一つ現実になったのだ。

また、今回のこのゆいさんの旅は人生での始めての1人旅だそうだ。
人生で始めての時間制限を組まないで感情に素直にそって動く旅。

その日ゆいさんはオレとボブに会って「夢心地」だ。
と連呼していた。
やっぱしやりたいことに一歩出てきたばっかのヒトの達成感は活き活きして感じれる。

オレもゆいさんとボブに富山県で一緒にいることが夢みたいに感じていた。
一緒に遊んでいてすげー楽しかった。
ちなみにボブは四国で同じ家に住んでいたことがあるオレと同い年の熱い友達だ。
ちなみにボブはあだ名で完全な日本人だ。
ボブは木こりの仕事をしている。
それにゆいさんとボブとオレで四国でも三人で泳ぎに行ったり一緒に飯食ったりしたことがあった。
それが富山でみんな合流したんだからマジでたまらなかった。
人生ってむちゃくちゃおもしろい。



[オレ、ゆいさん、ボブ]


ゆいさんはサシコの先生に出会いそして覚醒した。
前に言ったようにゆいさんの作った作品は展示会に出品すると入賞するくらいの腕前なのだが、自分の腕をさらに上げたいと即座に感じとれるくらいに本場の技術を目の前にしてきて感動しまくっていた。
74歳ビッグマム、向上心ありまくり。
目がキラキラしていた。



[サシコの図面を真剣に見るゆいさん]


やっぱし好きなことの持つパワーって半端じゃない。
あんなに輝いて活き活きしているオレの四国の母ちゃんを目にしてオレはむちゃくちゃ嬉しい。
そして言葉では簡単に言い表せないくらいのすごく大切なものを感じ学んだ。
輝くヒトはかっこいい。

ちなみにゆいさんは一緒にいる時にたくさんの名言を口にしていた。
ここで少し紹介したい。
氣になったら何でもやってみる。
好奇心いっぱい。
失敗は何回でもしなさい!
人がしてることは誰でもやればできる。
自分が子供みたいだ。
楽しみなさい。




[富山で遊んでる時のゆいさんとオレ]


ゆいさんとりあえず勢いが半端じゃない。
マジ見習うところがいっぱい。
オレは息子みたいに想われてマジ光栄に思う。

そしてオレは夜に富山市内でゆいさんにプレゼントで路上ライブで氣持ちを歌った。
マジ氣持ち良かったしゆいさんは喜んでくれたしまた、「良かった。」と褒めてくれた。
嬉しかった。
そしてそれを聴いてくれてた男性に1000円もらった。
そしてその方から頑張れよと笑顔交じりで応援の言葉までいただけた。
ありがたかった。




[路上ライブの様子 ゆいさん撮影]


最高の人生の中の一日を過ごせた。
ゆいさんマジありがとう!!!

そんでゆいさんは後日オレの今働いている立山までくるそうだ。
北アルプスの3000メートル近くある山の頂上付近に来るゆいさん。
どんな旅になるんだろう。
楽しみでしょうがない。


2015年6月1日

ゆいさんが立山に来た。
オレが仕事場のレストランで働いていると急にインカムを通してレジカウンターの前に呼ばれた。

レジカウンターのところに行くとゆいさんは笑顔で立っていた。
挨拶をかわし少ししたら、ゆいさんは山を見にレストランを出て行った。

それからオレ達は15時の中ぬけの休憩の時に待ち合わせをしていた。

オレとゆいさんは実は前回一緒に富山市内で遊んでいた時にある約束をしていた。
それはゆいさんがスノーボードをするという約束だった。

市内のビジネスホテルで2人で話していた時にゆいさんがふと言ってきた。

「ケンタロウあんなぁ~。」
「私なぁ~。」
「誰にも言わんといてなぁ~。」
「私な、スノーボードしたいんよぉ~。」

とだ。

オレはゆいさんの性格を知っていたから、74歳の発言とはなかなか思えない発言だが理解できた。
またさすがゆいさんかっけぇーなって思い、是非やろうよと答えた。
誰にも言わんといてなぁって言っていたがここでみんなに言ってしまう(笑)
ゆいさんすまん!

そしてその日がやってきた。
ゆいさんはスノーボードをやる前にみくりが池温泉でひとっぷろ浴びてきていた。
15時からの仕事の休憩の中ぬけでオレ達は即座に用意をして外に出た。
メンバーは前日にゆいさんスノーボード作戦の手伝いを頼んで協力してくれる職場の仲間達だ。
ここでその仲間達を紹介したい。
まずスノーボード大好きマンのなおポン、同じ寮の部屋に住んでいるズンくん、また、道具はレストランで働いているヤマサが貸してくれた。
しかもヤマサの板は全日本の大会に出場したことがあるモノだった。

74歳のスノーボード体験。
みんな感激していたしウキウキしていた。

外に出て、ゆるい傾斜のある場所に行ってゆいさんの準備をした。
ゆいさんは人生で始めてのスノーボードのギアを身につけた。
ギアの装着はみんなが手伝った。

ブーツにウェア、そしてスノーボード。
オレは74歳の四国の母ちゃんの勢いに圧巻した。
そしてゆいさん、着替え終えてから満遍の笑みを見せていた。



[ギアの付け方をなおポンから教えてもらってる]


[着替え終えてからの満遍の笑み]


[ズンくん、ゆいさん、なおポン]

そしてスノーボード体験開始!!!
そしてそこで新しい発見があった。
実はなおポンはスノーボードのインストラクターを職業としてやっているのだった。
オレは何も知らず声をかけたが、一番いい先生役に声をかけていた。
教え方がマジうまかった。
ラッキーすぎる。

それにゆいさん74歳とは思えない身のこなしと真剣な眼差しだった。
始めはなおポンが支えながら滑って雪に慣れてもらった。
それを何回か繰り返していると、ゆいさん調子が良くなっていった。






[なおポンから講習を受けるゆいさん]


それからゆいさんが「一人で滑ってみたい。」と言ったのでチャレンジした。
なおポンもゆいさんならいけると今までの経験からOKを出した。

一発目!
徐々にスピードに乗ったところでゆいさんは転倒。
だけど、さすがゆいさん。
こけ方も怪我をしづらい転び方だった。



[転んだゆいさん]


そして二発目!!!
コツをつかんだゆいさん、オレも見ててびっくりするくらいうまくしっかりまっすぐに滑った。
みんなゆいさんにびっくりしていた。
すげー。
それを見てオレ達はヒューヒュー言っておもいきり盛り上がった。
ゆいさんマジかっこいい!!!




[一人で滑るゆいさん]






[ゆいさんのシークエンス]


ゆいさんに「最高?」って聞いたら、即座に「おんっ!」と返事が返ってきた。
そしてむちゃくちゃいい笑顔をしていた。
子供だった。



[みんなで記念撮影]


ゆいさんのスノーボード体験から歳じゃない、氣持ちだってことを素直に学んだ。
オレもあんな歳のくいかたしてぇなって素直に思う。
身近にこんな人がいてオレは本当に光栄だ。

そしてオレ達は休憩時間のリミットが来て仕事に戻った。
みんな戻りながら興奮していた。

ゆいさんはスノーボードが氣持ち良かったようで「もっとやりたかったわぁ~。」と満足氣な笑顔で言っていた。

それを聞けてオレはすげー嬉しかった。
それにゆいさんマジ74歳に思えない。
マジ元氣。
そしてゆいさんはその日、雷鳥荘という山小屋に宿泊することになっていたので、雪の道を歩いてそこに向かった。

オレは仕事中笑顔がやまなかった。
また一つゆいさんの夢が叶ったのだった。


2015年6月2日

朝早くに起きてホテルからゆいさんのいる雷鳥荘までゆいさんを迎えに行った。

朝の山の散歩はたまらない。
し~んと静かで周りの山々の景色が立派でどうしようもないくらい自然を感じれる。
途中に天然記念物、雷鳥も何匹か見ることもできた。



[天然記念物 雷鳥]


そんなことを感じていたら雷鳥荘に到着した。
8時頃だった。

ゆいさんは起きていて相変わらず元氣だった。
「今朝の朝日がほんま綺麗だったんよ!」と朝日の綺麗な写真を見せてくれた。
北アルプスでの太陽は本当にめっちゃ綺麗だ。

その後雷鳥荘のレストランでコーヒーを一杯飲みながら親切なスタッフの女性と前日のスノーボードの話やら何やらして盛り上がって笑いまくった後に、一緒に山道を歩いてホテルまで戻った。



[雷鳥荘で撮ってもらった写真]


ホテルまでの道のりの途中ではかっこいい景色がやっぱり広がっていた。
途中座ってコーヒーを飲んだり、写真を撮ったりしてなんだかんだ楽しんで歩いた。
ゆいさんもここ立山を好きになったようだった。
朝の氣持ちのいい時間が流れていた。
空氣がむっちゃうまい。
二人で立ち止まっては深呼吸して美味しい空氣を吸い込みまくった。



[途中の景色]


[雪を歩くゆいさん]


ちなみにその時オレは10時から仕事で、ゆいさんはその頃のバスに乗って次の目的地の氷見周辺に行くと言っていた。

そのままホテル立山に到着したらオレはゆいさんをバス停に連れていってそこで少し待ってもらった。
オレは仕事着のワイシャツに蝶ネクタイをつけてゆいさんのところに戻った。

そしてゆいさんとの別れ。
ゆいさんはオレに「ケンタロウのおかげでほんま楽しかったわぁ。ありがとうなぁ。」とオレに感謝してくれた。
オレは一瞬涙が出そうになったがこらえた。

オレもゆいさんに「四国では世話になったで。また行ったら遊ぶべ。楽しみにしてるで。」とゆいさんに返した。
ゆいさんも涙をこらえていた。
そして「ありがとう。」と言ってハグをしてお別れをした。

オレは仕事場のレストランまで行く階段を登りながら涙が止まらなかった。
誰にも涙を見られないように隠しながら歩いた。
オレには涙出るくらい大切なヒト達がいる。
オレにはたくさんの応援者がいる。
素直にそう思った。

四国で出会った仲間やお世話になった人達のことをたくさん思い出した。

オレいい人生歩んでる。
自信もってそう言える自分がいる。

ゆいさん、オレはそんなことをゆいさんをきっかけにして感じた。
それに74歳の一人旅。
74歳のバックパッカーからたくさんの勇氣をもらえた。

ゆいさんは最後に「私サシコ頑張る!」と言っていた。
74歳の新たな夢が生まれていた。
74歳の向上心。
オレはそんなゆいさんからたくさんのメッセージを感じれる。
ゆいさんオレも一生懸命頑張ります!

素直にありがとう。
また会う日を心から楽しみにしてるで。



また、この場を借りて協力者のなおポン、ズンくん、ヤマサ、雷鳥荘Aちゃんに心から感謝したいありがとうございました。