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[剱岳の地図]


剱岳錫杖発見

剱岳は近年まで全く人跡未踏の山とされていた。
明治38年、近代登山の始まりともいうべき日本山岳登山会が設立され、この剣岳にも当然のように白羽の矢がたった。まもなくの明治40年に7月に陸地測量部の柴崎芳太郎らが大山村の猟師宮本金作などを案内人として、地図作成のため、剱の頂上を極めた。初登頂かた思われていたが、頂上からは古い錫杖(修験者の使った杖)の頭部や槍の穂(いずれも奈良時代といわれている)の2点が、さらに近くの岩屋では焚火のあとまであり、古くから名も知れぬ者により登られていた事が判明した。
当時の修験者が頂を踏んだ史実は驚愕に値する。なお、これらの錫杖等は国定指定の重要文化財隣に保管され、富山県山岳連盟のシンボルとして旗にも印されている。
(昭文社 山と高原地図 剱・立山の歴史より)


剱岳は古来、立山修験と呼ばれる山岳信仰の対象であり雄山神社の祭神の一柱である天手力雄神(太刀尾天神剱岳神・本地不動明王)の神体として信仰を集めてきた。一方立山信仰では「針山地獄」とされ立山連峰のほかの頂きから参拝する山であって、登ることが許されなかった。
(ウィキペディアより)



[不動明王 大岩山 日石寺]


剱岳にはそんな伝説がある。

めちゃくちゃかっこいい話しだ。
明治時代に柴崎芳太郎さん達が地図を作る為に挑戦して登ったと思ったら実は大昔の奈良時代に誰かがすでに登っていた山だなんて。

そんなストーリーのある山。
ハンパじゃない。

それに自分は酉年生まれでその守護本尊は不動明王だからやっぱり自分の守護本尊の神体の山は登りたいって思った。

それに剱岳は見た目がすげーかっこいい。

だからオレは登りたかった。


2015年8月4日(火)

早朝の午前3時。
オレはまだ暗いうちに目を覚ました。

テントから出てみると、まだ真っ暗な時間なのに周りのたくさんのテントがライトで光っていた。

登山者の朝は早いのか、みんな剱岳に登るためにここ最近の天氣の比較的いい時間帯に登るためなんだろうか。
多分両方の理由でみんな早起きなんだろうと思った。

オレもそんな理由で早くから歩き始めた。
だいたい午前3時半位だった。
辺りはまだ真っ暗だった。



[まだ暗いうちのスタート]


ちなみに今回は軽装備で行けるのだ。
なぜならテントの中に荷物を置いて、そのまま必要な荷物だけを持って剱岳を登れるからだ。
素直に嬉しかった。

歩いていると東の空が日の出前だが、徐々に明るくなっていった。
五竜岳の後ろの方に綺麗なラインが入っていた。




[徐々に日が出てくる]


オレは神聖な空氣を感じながらいよいよ憧れの剱岳に向かった。

剱岳の方を見ると山の山道には登山者のヘッドライトの明かりが線をなしていた。

山の麓に到着すると、砂利の道が続いた。
そこをザクザクいわせながらまずは一服剱を目指した。

麓から30分しない位で一服剱の頂上に到着。
そこに着いたら、東の空には太陽がもうすぐ顔を出しそうな位に明るくなっていた。

オレはそれでも先を進めた。

氣分的にもうちょい高く見晴らしのいい場所でその太陽を見たかったのだ。
そこから見えていた前剱の頂上を目指して急な斜面を汗だっくだくで登った。

所々にクサリを使って登る場所。
崖の様な岩の斜面をアスレチックのように這うようにして登った。

ぜぇぜぇぜぇぜぇ言って汗がしたたり落ちた。

そうこうしていたら前剱の山頂に到着。
そこにはまだ誰もいなかった。
到着したと同時に目の前に光り輝く眩しい太陽がオレを真っ正面から照らした。

オレは日の出の瞬間には間に合わなかったが、出たばかりのあったかみのある太陽を拝むことができた。
ちょうど五竜岳の山のとんがりの真上に光る玉があった。




[前剱から見た出たばかりの太陽]

[前剱から見た朝日が照らす剱沢]

[前剱から見た朝日が照らす剱岳]

[剱岳をバックに一枚]


それをしばらく眺めながら朝食をとった。
剱岳一発目のメシは昆布ひじきご飯と貝のトマトソース味の缶詰。
山での海鮮。
目の前には絶景。
しかも誰もいなく一人。
贅沢極まりない氣分だった。
それにオカズ洋風。
最高だった。

朝食後にまた歩くのを再開させた。
やっぱりメシの後は足取りが軽い。
と思いきや剱岳の頂上に近づくにつれて急なクサリ場がどんどん出てきた。

剱岳は山全体がでっかいでっかいアスレチックに感じた。





[クサリ場の様子]


ウキウキしながらそのクサリ場、岩場をはぁ~はぁ~と呼吸を繰り返し、汗だくで登った。
特にカニのタテバイというクサリ場はほぼ真っ直ぐ真上に登って行くような感じだった。
そこを登っている最中にも一枚、自分で必死にその写真を撮ろうとしていたら、オレのすぐ下を登っていた親切なお兄さんが写真を撮ってくれた。
ちょっとしたロッククライマー氣分での一枚。



[カニのタテバイでの一枚]


難関ルートだが楽しい楽しい!
もちろんケガのないようにに氣は引き締めていた。

そこを登りきって、岩場をしばらく登ったら頂上だった。
時間をよく見ていなかったから、何時かは明確にはわからなかったが頂上到着がだいたい午前7時半~8時くらいだった。

氣を張っていたせいか、ルートが楽しかったせいか、氣持ち的にあっという間に頂上に到着した氣分だった。
それだけ充実した時間だった。

頂上の標高2999mはある程度のヒトで賑わっていた。
みんな「ヨッシャー」とか「やったー」と言って歓喜の声をあげて剱岳登頂を喜んでいた。

そしてみんな写真を撮りあっていた。

もちろんオレも他の登山者に写真をパシャりと撮ってもらった。
もちろん山頂の神様にもしっかり挨拶をした。

あんなにかっこいい山の頂上に行けたことにおもいきり喜びを感じた。

この日もこれでもかっていうくらいの申し分ない快晴。
大大大満足だった。




[剱岳頂上到着]




[頂上からの景色]

[ヒトで賑わう剱頂上]


それから頂上で1時間半~2時間くらいまったりした。
目の前に広がる絶景にまたまた酔いしれた。

それに剱岳の錫杖発見の歴史をあの頂上で振り返り感じてみると、奈良時代の昔のヒトがそれをしたことが尋常じゃないことをおもいきり感じた。

ヒトの可能性って本当にすごいことをフツフツと感じた。

そしてこの日、2回目の朝食!!!

今度も海鮮!!!

昆布ひじきごはんとオイルサーディン!!!
しかもオイルサーディンにはオシャレなスパイス付きでだ。

剱岳頂上での海鮮はやっぱしうまかった。
神様と絶景目の前にしての贅沢。
よく噛んで食った。



[昆布ひじきごはんとオイルサーディン]


それにこの日遠くに白山も見ることができて申し分ない日だった。
最高の氣分だった。



[剱から見る白山]


それからもしばらく頂上でだらだらしたのちに下山した。
登って来た急な坂道を下ったのだ。














[帰り道での写真]


帰りは太陽が上にぱっちり出てて日差しがギンギンに強かった。
暑かった。
やっぱり汗だくだくだった。

でも、途中途中で谷間から吹きぬけてくる風は爽快だった。
独り言で「わぁお」とか言っちゃうくらい氣持ちいいのだ。

それに下りの時は朝暗い内に通った道もはっきり見えていてすごくよかった。
下に行くに連れて緑が広がっていて、それまたイキイキしていて心地よいのだ。




[緑広がる剱岳の下の方]


また、遠くの山から聞こえてくるウグイスの「ホーーーーーホケキョ」という鳴き声がいい感じに響くのだ。
木の影に休みながらその鳴き声に浸った。

いい一日を過ごしている。
シンプルにそう。思えていた。

すごく恵まれた環境に住んで生活していたことをまたまた再認識した

テント場まで戻ってきた時は足が棒になっていたが、心は完全に満たされていた。
やりきった感満載の最高の氣分だった。
そんな時、隣のテントのヒトに写真を撮ってもらった。
いい記念になる一枚を撮っていただけた。



[剱岳をバックに記念の一枚]


夏最高!山最高!自然最高!

そしてそのまま特にこれといったことはせず剱岳を眺めて午後の時間を過ごした。

あの迫力のある勇ましい山を登頂したことを心から光栄に思った。
次の日にそこを去るのが寂しく感じてしまうくらいの氣分だった。

そんな経験ができて本当に恵まれている。

そんな状況でたまたま来ていたホテル立山で働いていたこうすけくんとそのキャンプ場でばったり遭遇。
こうすけくんも次の日剱岳を登ると言っていた。
剱岳を見ながら剱岳やアウトドアについて語った。
こうすけくんも剱岳の景色に惚れていた。

オレはそんな仲間に再会できて嬉しかった。

寝る前に剱岳に感謝をして寝た。

いい一日だった。