まずオレとYはカンボジアのシームリアップからバスを予約して、そのバスで一日中ゆられながらカンボジアとラオスの国境を目指した。
バスと言っても小型バスで乗車できるのはだいたい10人位までのものだ。
途中途中に数回トイレ休憩で小さな町や道路に停まる。
窓から見えていた景色はジャングルだったり小さな集落だったりと全般的に緑が豊富なところばかりだった。
朝に出発したバスが国境に着いた頃はもうすでに夕方になっていた。
国境は簡単に越えることができる。
国境を越えるのにもオレの記憶が確かだとUS$2~3位の金額で済んだと思う。
カンボジアの国境を越え、真ん中のちょっとした道路100メートル位を歩くとラオスの国境がある。
ラオス入るのにもいくらか払ったが、オレはこれもまた明確覚えてはない。
多分US$3位だったと思う。
それで2週間の観光ビザがもらえた。
もしそれ以上滞在したかったら確かUS$20位でその後の2週間のビザがもらえたはず。
とりあえずオレ達は2週間のビザをもらい無事にラオス入りをはたした。
それからまた続きのバスに乗り込みラオスでの目的地のメコン川の南部方面の4000アイランズ周辺を目指した。
ラオスに入った瞬間に車の外の雰囲氣がどことなく変化したことにオレ達は氣づいた。
とりあえずカンボジアの家々のイメージが丸だとしたら、ラオスの人々の家はどことなく角ばった感じなのだ。
それにカンボジアと比較すると、ラオスはどこか日本に近づいた感じがした。
それからまたバスにしばらくゆられたのちにオレ達は小さな村に降ろされた。
辺りは日がもう落ちようとしているさなかだった。
ちなみにカンボジア人やラオスの人達には英語があんまり通じない。
バスの運転手とか国境の人には通じることはあるが、その他はほとんどと言っていいほど英語が通じないのだ。
だからいつもバスがどこまで行ってどうなるとかが曖昧なのだ。
この日も4000アイランズのドンコン島まで予約したのだが、途中の村までだった。
どうしたのだろうと思ってバスの運転手に聞いたら1人US$5でその島まで行けると言っていた。
とりあえず払ってその運転手に着いていくと、いきなり大きな川の前まで出た。
それからそこにあった船着場に案内された。
どうもオレ達はこれからボートに乗って島に渡るらしい。
案の定そこの小型のボートに乗ってその大きな川の上を進みだした。
予期せぬ出来事にオレ達は有頂天だった。
それに日の沈むギリギリでの船上旅行はたまらなく快感だった。
曇っていたが雲の隙間から夕日がうっすらと見えていた。
遠くの空で雷も落ちていた。
そんな自然の移り変わりを水上で眺めていた。
また、小型ボートだったから水面が近くて顔を洗ってバスの中でかいた汗をおもいきり洗ったりもした。
おもいきり冒険してる氣分だった。

[メコン川の日の入り ボートの上から]

[暗い中進むボート]
ちなみにその大きな川はもちろんメコン川だ。
水の茶色い大きな大きな大きな川だ。
そんなメコン川をボートは進んでいった。
暗やみの中でもボートは進んでいった。
そしてオレ達はやっとの思いでドンコン島に到着した。
島は静まり返っていて、光りはあまり見あたらずと言った感じのシンプルな雰囲氣だった。
ボートの運転手にお礼を言い、ボートを降りて俺たちはその船着場から歩いてその日の泊まる宿を探した。
歩いていると何処からかオバちゃんの声が聞こえてきた。
ラオス語だからなにを言ってるかさっぱりわからなかったが、そのオバちゃんが近くの家の二階から降りてきて宿まで案内してくれた。
オバちゃんは宿のスタッフもしくは大家さんだった。
宿は川の目の前にあって他に誰も泊まっている様子もなかった。
オレ達はそこに宿泊することに決めた。
それに一泊一部屋US$6位と値段もお手頃だった。
ちなみにこのドンコン島は個人的に好きだ。
まず雰囲氣が昭和の日本って感じだった。
宿の近くのレストランに入っていた時にそれを大きく感じ、自分が小学生の時を思い出した。
あの雰囲氣ってすごく懐かしくて平和だった。
空氣感が素朴なのだ。
そこで食べた焼いた豚肉が歯ごたえがあってたまらなく美味しかった。
特に何をしたってわけでもない料理だった。
多分素材がいいんだと思う。












[ドンコン島の様子]
そんなドンコン島にオレ達は2泊した。
ゆったり流れるでかいメコン川を感じながら、ゆったりと流れる時間を過ごした。
大きな水の動きを感じたとても豊な時間だった。
その後、オレ達は他のメコン川南部に位置する島々も氣になったので行ってみることにした。
ドンコン島のあとにドンコング島そしてその後にドンヒンヤイ島とその後の数日間の内にオレ達はたくさんの濃厚な経験をした。
まずドンコング島までドンコン島から2時間かけてボートにゆられながら向かった。
2時間のボートの旅。
しかもその日のボートの予約客はオレ達だけで貸し切りのボートでの旅だった。
値段も1人US$8位と2時間のボートの旅にしてはまたまた安かった。
2時間のボートの上での経験は素晴らしかった。
大きな川を隔てて両サイドの岸の所々に村や集落があって自分たちの日本での生活とは全く違う生活環境がそこにもあった。
それを川の真ん中から見ながらまた次の土地に向かったのだった。
また、所々では地元の漁師の人達が釣りや網を使って魚の漁をしていたりと、どれをみてもオレ達には新鮮に感じた。



[2時間ボートにゆられて]
そしてドンコング島に到着。
ドンコング島は4000アイランズの島々の中でも一番サイズが大きい島だ。
オレ達は島に到着後に、また歩いて宿を探した。
今度の宿は立派だったしかもロケーションも最高。
二階建てでメコン川がもろ真ん前だった。
晴れていると部屋の前のバルコニーで朝日も拝むことができるのだ。
しかもこの日も宿泊客はいなく、貸し切りの宿。
作りもどことなく高級感があって、部屋に使われてる木がずしっと重い感じのオシャレな部屋だった。



[部屋の窓から見るバルコニー]





[メコン川での日の出]

[バルコニーでゆっくり過ごす]
オレ達はしばらくそこにゆっくりとどまった。
近くに素敵なレストランもあってそこでメコン川でとれたナマズの鍋を食べたりした。
そのナマズ鍋がまたうまいのなんのって。
それに値段もオレ達日本人からすると安すぎ。
1人1000円位払っただけでリッチなロケーションのレストランでリッチなナマズ鍋。
うまかったー。
ご飯もたくさんきて、食べきれない位の量だった。
デザートにドラゴンフルーツとよく熟れたパパイヤを食って大満足。

[ナマズ鍋]
それにその島の早朝にはマーケットがあって、そこにもオレ達は何度か行った。
そこにはたくさんの様々な地元の食材が手にはいるのだ。
オレ達はそこでフルーツやナッツ。
地元の料理を買いあさった。
新鮮な地元の食材はうまい。
それに地元の人のローカル料理はうまいのなんのったら。
それに日本では見たことないようなトカゲやカエル、バナナの花などの食材もたくさん売られていた。饅頭みたいな揚げ物もこれまた絶品。
島の人達がたくさん集まってて、祭りみたいな雰囲氣だった。







[早朝のマーケットの様子]
そんなドンコング島で楽器ひいたり、ちょっとジョギングしたりって有意義な時間を過ごした。
そしてその後はドンコング島の西部に位置する小さな島、ドンヒンヤイ島を目指した。
ドンヒンヤイ島は宿も何もないようなシンプルな島らしいという情報をオレ達は耳にした。
それを聞いたオレ達はそこにとりあえず行ってみることにした。
行く手段はよくわからなかったが、その辺の人に聞いたらUS$10でドンコング島の反対岸まで行ってくれるとのことだった。
そこからボートでドンヒンヤイ島まで渡ってようやく島まで行けるとのことだった。
でも、オレ達はヒッチハイクでドンコング島の反対側まで行くことにした。
特に理由はなかった。
何となく歩きたかったのだ。
炎天下の日の強い中を歩いて、手の親指を立てて進んだ。
汗が滝のように出てきた。
たくさんのバイクがオレ達を通りすぎながら見ていた。
多分ヒッチハイクをしている人間が珍しかったんだと思う。
そして2~3Km位歩いた位にトラックが止まってくれてオレ達を荷台に乗せてくれた。
荷台で浴びた風を感じながらオレ達は興奮していた。
自由を感じていた。
そのトラックは辺り一帯が田んぼの道にオレ達を乗せてってくれた。
そこからまたオレ達は歩きながらヒッチハイクを再開させた。
道バタにはミントがたくさん生えていてそれをとって、持っていた水に入れてミント水を作ったりもした。
ミントの味が爽やかだった。
そして途中に駄菓子屋を発見。
その駄菓子屋でアイスを食っているとその駄菓子屋さんのお兄ちゃんがトラックで何処かに行こうとしていた。
近づいて、行き先をジェスチャーで聞いてみるとオレ達と行く方面が一緒だった。
乗せてくれとジェスチャーを使って聞いてみると心よくOKとのこと。
その後商品と共にトラックの荷台に乗り込みまたまた先に進めた。
爽快な氣分だった。
それにその荷台にその駄菓子屋のお兄ちゃんの妹さんが一緒に乗っていたので、オレ達は荷台に乗りながらそこにあった商品のパンやお菓子を荷台で買いあさった。
一石二鳥だった。
その妹さんも喜んでいた。
そして今度はちょっと大き目の町に降ろしてもらい、そこからまた歩きながら親指を立ててヒッチハイク。
その後ラオスの少年や声をかけてきた自転車屋の面倒見のいいおじさんやたくさんの人にオレ達は助けられ、その日の内に数台の車に拾ってもらい、ボート乗り場まで到着することができた。
そしてそのボートに乗って、無事にオレ達はドンヒンヤイ島まで到着することができた。
ヒッチハイクは拾ってもらえるかどうかわからないところがあるから、拾ってもらえた時のあの快感がたまらない。
特にトラックの荷台とかは風をあびて爽快な氣分になる。
またどこでもそうだと思うが、大抵拾ってくれる人は親切な人が多い。
そんな親切をもらえるのがすごく氣持ちがいいし、ありがたさを大きく感じる。


[ヒッチハイクの様子]
そしてそれから数日間オレ達はドンヒンヤイ島を楽しんだ。
とりあえずドンヒンヤイ島では日本から持ってきていたテントに寝泊まりしていた。
そしてオレ達が過ごしたドンヒンヤイ島での時間はかけがえのない大きな経験だった。
まず、ドンヒンヤイ島はまったくもって観光地ではないのだ。
だからテントで来るオレ達みたいのが以前にいたのかいなかったのかわからないが、テントを貼った場所に日中の毎日毎時、村の人がオレ達を見にきていた。
特に子供達だ。
オレ達は動物園の動物のような氣分だった。
ずっと観察されているのだ。
外国人が珍しいんだと思う。
また、その見物しに来ていた子供達を手招きしても恥ずかしがって近づいて来ないのだ。
オレにはそれが愉快だった。
だけど、その子供達にレストラン屋お店がないかと食糧をジェスチャーで探して聞いていたら、一人の子供がオレ達にもち米を持ってきてくれたのだ。
オレ達は感動して氣持ちでお金を渡した。
それにしばらくそうこうコミュニケーションをとっていたらその子供達と仲良くなって、一緒にメコン川をキャーキャー言って泳いだりもした。
めちゃくちゃ楽しかった。

[見られるテントとオレ]

[子供達と一緒に]
それにその日の夜も感動の嵐だった。
まず日本とは違うタイプのホタルをオレ達は見た。
光り方が若干早くて、どっかLEDのような光り方をするホタルをだ。
静まり返った田んぼの上を幾つもの小さな光りがついては消えて、ついては消えてを繰り返していた。
幻想的で素晴らしかった。
また、テントに戻った時に空を見上げていたら、自分の今までの人生の中で最長で一番スピードの遅い流れ星を見た。
お願いごとを三回は言える位長く流れていた。
多分8秒間は流れていた。
オレ達は唖然としていた。
鳥肌がやまなかった。
すごかった。
そしてその同じ日の夜に、村の人達数名がオレ達のテントの所まで来た。
何事かと思った。
そしたら、なんと村の人達がオレ達に水2ℓとカスタードアップルを2つわざわざ持ってきてくれたのだ。
先頭にいた若い妊婦さんがそれらをオレ達に笑顔で渡してくれた。
日中にオレ達が食糧を探しているのを知って、わざわざみんなでそれらを届けにきてくれたのだ。
暖かくて暖かくて胸がジーンと熱く熱く感動した。
みんな綺麗ないい笑顔をしていた。
シンプルで自然の中にあるひっそりとした村。
その分人々は協力しあって生きているのだろうか?
村の人々はそれが当たり前かのように困っている人がいたら助けるという行為をあたりまえにするのだ。
当たり前のことなのだろう、でもすごく大切な大きなことを学んだ。
そして次の日の朝、村を歩いて散策していると村の広場で村の女性達と子供達が集まって、何かの作業をしている所にオレ達は呼ばれた。
みんなで遠くから手招きしていたのだ。
これまた何事かと思って近づいてみると、今度は村の人達が食事をご馳走してくれた。
オバちゃん達がみんなで、食べなさいとその食事を指さしていた。
スープヌードルだった。
うまかった。
うまかった。
うまかった。
まさしく地元の味って感じで、子供の頃の芋煮会で近所のオバちゃんが豚汁をよそってくれるかのようにオレ達にスープヌードルをご馳走してくれた。
だからオレ達はその女性達、子供達がやっていた作業を手伝った。
草で覆われたグランドに土をその草の上にかぶせる作業だった。
お返しのつもりで働いた。
言葉はわからなかったがみんなと一緒に動いた。
それに土は近くの小さな岡を人の手でみんなで削ったものだった。
削りとるのは大変だった。
削った土を木でできたネコ車に乗せて運ぶのだ。
時には子供が3人一緒に土の入ったネコ車を押したりもしていた。
運ぶのも大変だった。
そんな中村のみんなと共に一緒に汗をかけてすげー氣持ち良かった。
そしたら村の人達はやっぱり何を言ってるかわからなかったが、笑顔になって一緒に喜んでくれた。
オレ達はそれがすげー嬉しかった。
人間らしさをすごく感じた。
みんなが作業を終えるまで手伝った。
途中にもトウモロコシや豆など農作物をご馳走してくれた。
どれもこれもマジうまかった。
何か小学生のころの子供会の時の感覚を思い出したかのような感じだった。
雰囲氣がやっぱり昭和チックなのだ。
手伝いを終えてからみんなで休憩所に座っていたら、そこにいたおじさんに虫刺されの薬までもらえたのだ。
おじさんはオレが手をかいてるのを見て氣を効かせてくれたのだ。
本当に至れり尽くせりであったかい村だった。
あったかくて素直に感動させられた。
いい村だった。
助けあって生きるこの村のスタイル。
オレは大きく大事な暖かさを学んだ。
それに田舎の自然に囲まれて生きてる人達、子供達の笑顔はイキイキしていた。

[いただいたスープヌードル]


[場の様子]

[グランドの入り口にあった大きな塔]
その日テントをたたんで、オレ達はその村から北の別の地域を目指して歩いた。
その途中にグランドを整備していた所にいた地元のオバちゃんの1人の家があって、そこの前を通った時も、そのオバちゃんがオレ達を手招きしてくれてそこでもご飯をご馳走になった。
そのご飯がうまいのなんのって。
モチ米を炊いたご飯なのだ。
冷めているのだ。
でも、甘みがあってお米の味が奥深く風味があるのだ。
噛めば噛むほど味があるのだ。
多分、村の様子からみて無農薬だし、機械を使わない農法なんだと思う。
村でオレは機械を見ていない。
家々の外にテレビ用のアンテナがあるから多分機械はテレビ位なんだと思う。
そんな所でできたお米を地元のオバちゃん特製の辛いタレに付けて、右手で一口大に丸めたその米を食うのだ。
ご飯とそのタレ以外何もいらない位うまかった。
今まで食ったお米の中でも指折りの味だった。
だからオレ達はお返しにうたをうたってお返しした。
そしたらオバちゃんは『オーケー、オーケー』と言って手の親指を立てて喜んでくれた。
すげー嬉しかったし楽しかったしあったかかった。

[お返しに歌った]
それからオレ達はドンヒンヤイ島の北の村に向かった。
北の村に到着してからも、同じようにたくさんの人に助けられオレ達はドンヒンヤイ島をおもいきり心地よく過ごした。

[ドンヒンヤイ島北の村で歌う]
やっぱり人の暖かさからは、たくさんのことを学ぶことがある。
あんな風に自然に当たり前に人のためになることをするのって本当に素晴らしい。
本当、いい経験ができた。
まだまだオレの知らない部分は多いと思うが、たくさんの違った生き方がこの地球上にたくさんあるんだとつくづく感じた。
環境や所変われば様々なものが違ってくる。
おもしろい。
改めていろんなものを見て感じて、自分に活かしたいって素直に言える今日この頃である。