オレ達は4000アイランズを後にして、ラオスの首都ビエンチャンを目指した。
まず、ドンコング島からボートでラオスの本島に渡った。

[ドンコング島から本土へ渡る船]
そしてそこからとりあえずバスが出てそうな大き目の町パクセまでヒッチハイクで行くことにした。
道の脇でヒッチハイクをしていると、そこで少年達がセパタクローをしていたので、オレもそれに混ざってセパタクローのボール蹴りをやった。
少年とオレはそれにハマってしばらくそれを続けていた。
セパタクローのボールは小さくてサッカーボールよりオレにはコントロールが難しく感じた。
それでも慣れてくると、しばらくボールを地面に落とさずにボールを蹴り合うことができた。
そうこうしていたら、相方のYがヒッチハイクを成功させた。
オレはセパタクローを辞めて、少年達に別れを告げて荷物をもってその車に乗り込んだ。
オレ達はパクセまでの道のりをその時拾ってくれた車一台だけで全部行くことができた。
1時間位の道のりだった。

[少年とセパタクロー]
車の中では拾ってくれた人の子供達と遊んだ。
言葉が通じなくてもお互いで楽しく過ごせた。
折り紙のツルをあげたら子供達はすごく喜んでいた。
そうこうしていたらパクセまで到着。
思ったよりスムーズに進めた。


[パクセまでヒッチハイクの車の中で]
そこでとりあえずバス停を歩きながら散策していると、スリーピングバスが一台あって、そこにいたバスの運転手に聞いてみるとそのバスがパクセからビエンチャンまで行くとのこと。
オレ達はすぐにそのバスに乗り込んだ。
ちなみにスリーピングバスは、寝台列車のようなもので、バスの座席が全部ベッドなのだ。
そのベッドに寝ながら夜をバスの中で過ごし、よ来る日には目的地に到着しているのだ。
ただし、エアコンがガンガンにきいていることが多かったので、オレ達はジャケットや長袖を中に持ち込んでそれを対策した。
ちなみにビエンチャンはラオスの首都だけあって、大きな都会だった。
今まで見ていたラオスのイメージが田舎と自然だったので、自分達の思った以上の都会度に少しびっくりした。
そこにオレ達は数日間過ごすことにした。
オレ達はビエンチャンで幾つかすることがあった。
まず大事だったのはビザの延長。
オレ達はラオス入りした時に14日間だけの観光ビザだけだったので、残りの滞在可能な日数がわずかだった。
だからオレ達はビザを延長してもっとラオスを見て回ることにした。
その方法はオレ達は首都ビエンチャンからバスでタイの国境を渡った。
しかもバスで多分1時間位で値段もUS$2~$3位だったと思う。
そしてタイとの国境を渡ってそして、そのままタイのカフェで一杯のコーヒーを飲んでゆっくりして、またオレ達はビエンチャンに戻ってきた。
思った以上に安く簡単にビザの延長ができてオレ達は嬉しかった。
それにオレ達はビエンチャンでバイクを2週間位レンタルした。
バイクに乗ってラオスの北方面を見て回ることにしたのだ。
今までバスやトゥクトゥクに乗って移動していたが、オレ達はもっと自由を感じたかった。
それにトゥクトゥクの運転手との値段交渉にも少し面倒臭さを感じていた矢先だったからバイクはオレ達にとってたまらなかった。
ビエンチャンの街の中を風を切って走ったのが爽快だった。
ちなみにビエンチャンでの数日間もオレには濃厚だった。
まず仏教のお寺にお参りに行ったら、お坊さんが祈祷してくれてその流れで一緒にお祈りと瞑想を少しした。
お坊さんに祈祷してもらったら手にミサンガをお経を読みながら付けてもらえた。
また、ラオスの人達の多くが信仰する宗教のナメシムンというものにも触れた。
そして、これまたそのお寺にお参りに行ったら日本での神社の神主さんがサカキに水を付けて厄払いしてくれるかのように、そこのお坊さんが何かの植物に水を付けてオレ達を祈祷してくれた。
やっぱり祈祷してもらうと氣持ちが清々しい。
そこでもお坊さんがお経を唱えながら、手にミサンガを付けてくれた。
仏教もナメシムンも似てる所がたくさんあった。
どこが違うかはオレには明確にわからなかった。


[仏教のお寺で]

[ナメシムンの神様]

[つけてもらったミサンガ 色つきが仏教のお寺、白がナメシムンのお寺から]
また、ビエンチャンの街にも物乞いのヒトやホームレスの人達がたくさんいた。
オレはその中でも、子供達が氣になった。
なぜなら、小学校低学年位の小さな少年が物乞いでお金を集めていたからだ。
オレはその少年がお金をオレに求めてきた時、ジェスチャーでコミュニケーションをとったら仲良くなってその時にちょっとだけだが一緒にいた。
少年はビエンチャンの街に住んでいる様子だった。
しかも親や家族なしで生きているようだった。
その辺に他の同じ様に物乞いで生きている少年達と一緒にダンボールを布団代わりにして寝ているのだ。
何とも言えなかった。
また街で生きる力強さも感じた。
ただ、そうじゃない感情もあった。
数日ビエンチャンで生活したら、オレはその子達とより一層仲良くなった。
街を歩いていると度々会うのだ。
何か一緒にしてーなーって思ってふとひらめいたのが、とりあえず路上ライブを一緒にしようって思った。
そしてオレはそれを実行。
それもたまたまお寺にお参りに行った時にその子達にばったりあったので、夜歌ってお金を稼ごうぜってジェスチャーで伝えた。
そしたら子供達が笑顔でOKとのこと。
夜に待ち合わせして、待ち合わせ場所でそのまま実行。
オレはその子達と一緒に遊んだ。
街の目の前を通ってた人達もオレ達に笑顔をくれた。
オレ個人的にはすげー氣持ちよく歌えた。
子供達はオレの適当な歌を聞いて盛り上がってくれたし、オレが「手拍子しろ」とか言って子供達を動かしたことを喜んでくれた。
お金も道を通る人達からもらうことができた。
対した金額ではなかったが、オレが歌ってできたお金をその子達にあげた。
歌を歌うことを一緒にその子達とできて、素直に楽しかった。
そしてオレもその子達から何かを大きく学んだ。
それにあいつらもいい笑顔をもっててオレはすげー嬉しかった。
親なしで街に住むって、オレの想像以上にすげーことになってるなって思った。
いろんなたくさんの人生があることを痛感した。


[街の少年と路上ライブ]


[路上ライブ後]
そんなこんなでオレ達はビエンチャンを後にして、今度はビエンチャンから東にあるターバックという村を目指した。
目的地をそこに決めたのは美しい場所だということを耳にしたからだ。
オレ達はバイクに乗って、ビエンチャンから東にひたすら進んだ。
バイクでの旅は雨に打たれたり、道のボコボコをよけたり、ずっと座っているのでケツが痛くなったりと若干大変だった。
でも、その分自由で、その分もっと地元感を味わえたのは言うまでもない。
オレ達はバイクの旅でたくさんのことを一緒に経験した。
それをここに簡単に書きたい。
ラオスは昔フランスの植民地だったこともあって、ラオスにはフランスパンがいっぱい売られている。
そのフランスパンを使ってパクチーや魚肉ソーセージを使ったサンドイッチがマジうまかった。
今までにないようなアジアンテイスト。
スイートチリソースをかけてこれまた絶品なのだ。
特にバイクでただ通った名を知らない小さな町で買った、焼きたてのフランスパンのサンドイッチは安くてうまくて最高だった。
あの味はもう一度食べてみたい。

[フランスパンとサンドイッチを売るおばちゃん]
それにビエンチャンや観光地をでると全ての値段が安くなる。
ラオスでは特に都会では外国人相手に通常の値段より高い値段で物を売ってくることが多々ある。
でも、一歩街を離れるとその値段がいっきに下がるのだ。
地元ローカルプライスで物が買える。
その差が安すぎてびっくりするくらいだった。
また、ターバックに到着するまでの道のりの景色は壮大だった。
たくさんのかっこいい岩山がゴツゴツあって、遠くに見える空はだだっ広く雲が大きくて、そんでもってこんなところに!?ってとこに村があったりってすげー景色のところに当たり前に人が住んでて感動した。










[バイクの旅]
そんなこんなでたくさんの感動があったドライブをして、オレ達は目的地のターバックに到着。
ターバックは村に宿がなかった為オレ達はここでもテントを貼って生活することにした。
それにターバックは田舎で雰囲氣が安全で村の人達もフレンドリーだったので、そこにテントを貼りっぱなしにして、オレ達はそのターバック周辺をバイクで見て回った。
テントだったが、まさにターバックに住んでいた。
ターバック周辺にも幾つか洞窟や綺麗な川があったりして、オレ達はそんな自然環境をおもいきり楽しむことができた。


[ターバックでのテント生活]

[丘の上で]

[橋の上で]
それにターバックの人達は手織りの機械を使って布を編んでいた。
それを見てオレはすごく感動した。
手織りで売りものや自分達の物をまだ作っている生活っておもしろいって思った。
しかもすごくかっこいいデザインを編んでいた。

[手織り]
オレが見たラオスは一昔前の日本にタイムスリップしたかのような経験ばかりだった。
その後もオレ達は違う地域に行ったりとラオス内の違う場所も楽しんだ。
時にオレ達はバイクでの移動がおっくうになったこともあった。
そんな時はそのバイクごとバスに乗り込むことができた。
日本にないサービスがラオスにあって、オレ達は大きく快適だった。


[バイクをバスにのせる]

[バイクを積む]














[目にした他の地域]
豪快であって、どこか適当さももつラオス。
それでもってシンプル。
氣楽で緑豊富でオレ個人的にすごく楽しんだ国だ。
食べ物にあたって数日間熱とゲリにうなされたこともあった。
キャンプ生活もしたから、川がお風呂とトイレ代わりの時もあった。
一緒に旅をしたYとの協力があったからたくさんのいい経験ができた。
Yに大きな感謝を送りたい。
それに旅中に出会ってオレ達を助けてくれた人達にも大きく感謝したい。
ありがとうございます。
たくさんの出会い、良いも悪いもたくさんの経験をした今、旅ってやっぱり楽しいなーってつくづく思う今日このごろだ。