
[タスマニアの地図 スカマンダーはタスマニア東のビチェノとセントヘレンズの間]

[エイドリアンとオレ 旅立ちの時]
オレとエイドリアンはホバートを通り過ぎていって、シグネットに向かっていた。
理由はオレの仕事を探すためだ。
エイドリアンはオレ達の今回の2人での旅、パースからタスマニアまでのオーストラリア横断の旅の最終目的地であってタスマニアの最大の都市ホバートに住むことになっていた。
その前にオレの仕事探しを手伝ってくれたのだ。
オレ達の旅はいよいよ終わろうとしていた。
シグネットに向かっている途中、日が暮れようとしていたのでオレ達は途中にあったキャラバンパークに一泊した。
そしてよ来る日に、オレはダメもとで旅の途中で集めていたタスマニアの所々のパンフレットに載っていた様々なお店や農場に仕事があるかどうかを電話をしてきいてみた。
そしたらそのうちの一つのラズベリー農場がラズベリーの収穫の仕事をしてくれる人を探していた。
オレはその農場にすぐ行けることを告げて、電話で仕事を得ることができた。
それに自分の思っていた以上にスムーズに仕事を得ることをできてむちゃくちゃ嬉しかった。
電話を切ったあとに「イエー!!!」と喜んだ。
実はオレはその時持っていたお金が$80だけだった。
心の裏腹では若干焦りもあったのは正直な意見だ。
また、そのことをエイドリアンには伝えていなかった。
その当時どっかで勝手に氣を使っていたオレがいた。
だから仕事を得れて、心から本当にホッとしていた。
とりあえずオレとエイドリアンは仕事を探さなくてよくなったから、時間ができた。
だからホバートに戻ることにした。
ちなみにホバートに戻る途中にあった滝を見にも行った。
ちょっと道から歩いたくらいで見れる滝だったが、でかくて立派な滝だった。
タスマニアの自然は本当に素敵だった。
街を出てちょっとしたら素敵な自然があって感動していたのを今でも思い出す。
そしてホバートに到着。
エイドリアンの住む家に訪問した。
エイドリアンはハウスシェアでホバートに住むことになっていた。
その家にはオレがタスマニアに住んでいた時に何度かお世話になった。
初めて行ったこの日のその時の印象も素敵な場所だって一瞬で思った。
以後その家に住んでいた人達とも仲良くなる。
そこの家の窓からマウントウェリントンというホバートにある山がどーんとそびえ立っているのがよく見えるのだ。
それも結構近くでだ。
そしてオレ達はエイドリアンの家を訪問するだけして、その家の窓から見えていたマウントウェリントンを車で登ってサンセットを見に行った。
車で山頂まで行けるのだ。
山頂は風が強く、山の下とはうって変わって冷えきっていた。
それでもオレ達はそのサンセットをしっかり見た。
美しかった。
それにオレとエイドリアンの今回の旅はいよいよ終わろうとしていた。
オレは目的地に到着した嬉しさと、旅が終わろうとしているどこか寂しい氣持ちが入り交じった複雑な感情だった。
その日の夜は本当はダメなのだが、マウントウェリントンの山の途中にあったスペースに車を停めて車中泊をすることにした。
雨が降りだしてきたのだ。
オレとエイドリアンの今回の旅の最後の夜だった。
夕飯にはエイドリアンが特製のインディアンカレーを作った。
しかもこの旅での1番まずかった夕飯だった。
何でそうなったかよくわからないが、お米の炊き具合が芯が残りまくっていてガチガチだった。
旅でのその最後のまずい夕飯をオレ達は笑いながら食った。
やっぱりまずかった。
それに雨だったので荷物いっぱいの車の中に2人してキュウキュウで寝たのを覚えている。
それでも忘れられない最高の夜だった。
次の日の昼すぎのバスでオレはホバートからスカマンダーというタスマニアの東側にある町に行くことになっていた。
オレはそのスカマンダーでラズベリーの収穫の仕事を得たのだ。
しかもスカマンダーには幾つかのサーフポイントがあってサーフィンもできる。
海沿いだったのがすごく嬉しかった。
新しい生活にウキウキもしていた。
朝食にオートミールをマウントウェリントンで食べた後に、エイドリアンの新しい家によって、引っ越しの手伝いをした。
相棒の新しい門出にもオレは心が踊った。
そしてオレはエイドリアンに車でバス停に送ってもらいホバートを出発した。
荷物をバスに乗せた。
オレはエイドリアンと熱く握手をしてハグを交わした。
エイドリアンはオレに「頑張って、ケンありがとう」と日本語で笑顔で言った。
オレも「ありがとうエド、頑張る」とこたえた。
そしてオレはバスに乗り込んだ。
乗客全員が乗り込んですぐにバスは出発した。
エイドリアンは笑顔でバスの外で大きく手を降ってオレを見送ってくれた。
オレもそれに応えて手を降った。
バスはどんどん進んで行く。
それでもエイドリアンはずっとずっと手を降って見送っていた。
エイドリアンが点になるくらいになっても手を降って見送ってくれた。
心がグッと熱くなった。
感動していた。
涙が出そうになった。
オレもずっと手を降っていた。

[ホバート出発のとき オレ]
あれから6年経った。
この文章を書いていて、オレはあのバスで見送ってくれたエイドリアンの思い出の光景を今でもしっかり覚えている。
エイドリアンはオレにとって友達であって師匠でもあって表現が難しい位に大きく大きく大きく大事な人だ。
あんなに素晴らしい人間と旅をしたことを心から光栄に思う。
それに6年経った今でもオレは旅をしている。
流れるかのように月日が経つのがあっという間だ。
それにオレもいつの間にかこんな風に流れる人生を送っている。
いい意味で、オレ自身がびっくりだ。
それに6年前にエイドリアンと共にした旅が今でもオレの旅に大きく活きている。
オレの旅のスタイルの基本はエイドリアンだ。
自然に触れること。
キャンプしたり、サーフィンしたり、どっかで畑作って食いもの育てたり、山に登ったりとだ。
半分ヒッピーなスタイルで旅をしていた。
それにいつもエイドリアンは笑顔で笑っていた。
そんな彼をオレは心から尊敬する。
本当にたくさんの大切なことを彼から学んだ。
ちなみにオレはオーストラリアに2年間いた。
その後オーストラリアを出てからはエイドリアンには会っていない。
手紙とメールを数回した程度だ。
彼は今出家をしてタイ仏教のお坊さんの道に入った。
彼らしい素晴らしい道に進んだ。
手紙でも「まだまだ修行中の身だけど頑張る」と彼の道での元氣な内容が書かれていた。
友達が元氣だとやっぱりオレも嬉しい。
そのうちのお互いの笑顔の再会をすげー楽しみにしている。
オレの旅のたくさんのことを彼に話したい。
オレも頑張るぞ。

[出家したエイドリアン 写真提供フランク]