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kentaro koboriのブログ

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2011年12月


今から約4年前、オレは不思議な体験をした。
その時のことをここに書きたい。

オレはギズボンというニュージーランドの北島の東側にある町に住んでいた。

そこでオレは数ヶ月間住んでいた。
それも車の中にだ。
当時オレはダイハツのシャレイドという小型車の助手席を全部潰して、そこにキャンピングマット等を使いベットを作って寝泊まりしていた。
時にはテントを使用してビーチにキャンプをした時もあった。
また、同じような旅の仲間が数人いて、みんな海辺の駐車場に車に寝泊まりしていた。
みんないろんなところから来ていた。
カナダ、フランス、チリなどだ。

それにギズボンにはサーフポイントが幾つかあって、いいうねりが入るといい波がたつ。
そんな時はみんなでサーフィンに夢中になっていた。

また、おもしろいことにみんな駐車場で車に住んでいたが、各々で仕事もしていた。

ちなみにオレはコーンの粉を作る工場の機械のオペレーターをしていた。
40度近い温度の乾燥室でマオリの人達と一緒に働いていた。
仕事内容を簡単に説明すると、どでかい機械のコントロールパネルをいじって、温度を変えてコーンのペーストを乾燥させてコーンシートを作るのだ。
コーンの水分量や糖分量、またその日の天候などによって温度や機械の回転速度を調節する。
感覚が重要になる仕事だった。
うまく機械を調節できたら、あとは見ておくだけの仕事だがうまくいかない時は機械に乾燥しきってないしっとりとしたコーンのシートが絡まって大変なことになる。
機械を止めてそれをバールなどでとらなくてはならないのだ。
ちなみにそこで作られたコーンの粉は日本に輸出され、缶のコーンスープや粉のインスタントコーンスープなどたくさんのものに使われるらしい。
もしかしたらこれを読んでくれている方々の中に、オレの作ったコーンの粉を使ったスープをいつの間にか口にしたことのある人がいるかもしれない(笑)
そんな仕事をオレはしていた。
また、オレはスーという女の人とベンという20代前半の若い男のこと毎日一緒に働いていた。
前にも書いたが、スーもベンもマオリの人達だ。

そんな生活の日々の中で、オレは1人の日本人の旅をしていた女の子に恋をした。
結果は残念ながら惨敗。
おもいきりフラれた。

そしてオレはこの時むちゃくちゃ重い氣持ちになった。
かつてないくらいに重く重く、苦しかった。
身体も重く感じ、足どりも重かった。
あんなに苦しい氣持ちはオレの今までの人生の中であの時限りだった。
過去最大に落ち込んだのだ。

なんせ自分で自分に心の中で、『死んじゃダメ』って言い聞かせてるくらいだった。
しかも1日だけだ。

とりあえずむちゃくちゃ重く重く重く苦しい氣持ちを抱えたまま、オレは仕事へ行った。
そしてそのままいつものように仕事をした。

ただ、もちろん元氣はなかった。
そんな時にベンがオレに声をかけてきた。
『どうしたんだ?元氣ないな?』ってだ。

オレは恋してそれが実らなかったことをベンに話した。

そしたらベンが『そっか。じゃーオレの母ちゃんにあってみないか?』って聞いてきた。

オレは不思議に思いながらなぜか聞いた。

そしたらベンが、『オレの母ちゃんスピリチュアルヒーラーなんだ。』と返してきた。

オレはスピリチュアルヒーラーが何かイマイチわからなかったが、その響きで若干何となくわかった部分もあった。
とりあえずオレはその時何でもいいからすがりたい氣分だったので、ベンにベンの母ちゃんに会いたいと伝えた。
ベンは『母ちゃんに明日ヒーリングできるかどうか聞いてみる。』と言ってそのままオレ達は仕事を続けた。

そして次の日。

車から起きたオレは携帯にメールが入っているのを確認。
ベンからだった。
朝の8時からならベンの母ちゃんの予定は空いているとのことだった。

8時にベンと合流してベンの母ちゃんの家に向かった。
到着してからベンの母ちゃんの家をノックした。

中からは『カムイーン!(入りなさーい!)』と元氣な声が聞こえてきた。
中に入ると色黒のふくよかな50代半ば位のベンの母ちゃんが迎えてくれた。

ちなみにベンの母ちゃんの名前はジャッキーだ。

挨拶を交わしたのちに、ジャッキーは早速オレに質問をしてきた。

『ケン、あなたドラッグをたくさんやる?』
『ケンあなたお酒をいっぱい飲む?』

とだ。
もちろんオレは『ノー』と答えた。

それからジャッキーは『私あなたのこと助けられるけど、どうしていいかわからない。とりあえずやってみましょうか。』と言って、オレをジャッキーの家の隣り、同じ敷地内にあるヒーリングをする小屋に行った。

そしてジャッキーに連れられたまま、そこにあったイスに座らせられた。

ジャッキーはオレに『そこにリラックスして座ってて。』と言い、オレの向かいにジャッキーはジャッキーが座るイスを用意した。

それからジャッキーはオレのところに来て、太ももの上に置いていたオレの両手を左右左右と交互に『イエス、ノー、イエス、ノー、イエス、ノー』と三回ずつ触った。

ちなみにこの時、オレの左手がイエスの方で、右手がノーの方になった。

それからジャッキーは自分のイスに戻ってオレにまた、『リラックスして座ってて。』と言い、それから質問してきた。

でも、その質問の内容があきらかにオレに向けてではなかった。
その時起きたことがオレにはあまりにも衝撃的に感じその質問内容をよくは覚えていない。

ただ、『あなたは○○ちゃんなの?』とか『何歳?』みたいな感じだったと思う。

その時にオレは今までに経験したことのない感覚を経験した。
オレの人さし指が自分の意思で動かしてないのに勝手に動いたのだ。
イエスの時は左手の人さし指がピクピクと、ノーの時は右の人さし指がピクピクと何かが引っ張ったように動いたのだ。
時に動かない時もあったが、動こうとする感覚がオレには感じた。

びっくりした。

そしてジャッキーはオレに『あなた、6人の子供の魂が一緒にいるわよ…。6ヶ月前から…。』と言った。

その瞬間オレの目から涙が出てきて、止まらなくなった。
今までのオレの人生であんなに涙を流したことないくらいに、ボロボロ、ボロボロボロボロ、ボロボロと大粒の涙が滝のように溢れ出てきた。
涙が顎を通ってボタボタ服に落ちていた。

そしてオレは東日本大震災後に目にしたこと、体験したことを勝手に口でいいながらおもいきり泣き続けた。
叫ぶように泣いた。

ちょうどこのヒーリングの時から6ヶ月前にオレは地元福島県いわき市にいたのだ。

オレは地元福島県いわき市が震災にあった時は地元にいなく、震災そのものは体験していない。
震災のあった時ははオーストラリアにいた。
でも、震災後に旅をする氣がなくなったのと、地元の様子が氣になって福島県いわき市に戻ったのだ。

そこで、毎回ではないがちょこちょこと瓦礫撤去をあるボランティアグループとの出会いにより手伝ったり、仮設住宅の建設の仕事をしたりしていた。

でも、それも数ヶ月間だけでその後被災地から逃げるかのようにニュージーランドに行ったのだ。
震災後に目にしたものがオレには重かった。

オレはその後30分位泣き続けた。
ずっと涙が滝のように頬を流れていた。
ジャッキーが『自分自身を抱きしめてあげて。』と言い。
オレは自分を抱きしめながらワーンワーン泣いた。

それからジャッキーが室内にもかかわらず『太陽を見て。両手を広げて上げて。』と言ってきた。
オレは言われた通りにして両手を上に上げて、上を向いた。
そしてジャッキーは大きく呪文か何かを大きい声で言い、その後オレの感情は治まった。

オレはハァハァと息を切らしながらしばらく呆然としていた。

そしてジャッキーはオレを見て、

『ケン、私あなたをヒーリングできて本当に光栄に想うわ。』

『あなたに6人の子供の魂がいたずらをしていたのね。だからあなたの心は重くあなたは迷うように生きていたのね。』

『それにどうしてか理由はわからないけど100人位のたくさんの魂達があなたに着いてきていたわ。でもそのたくさんの魂はあなたに着いてきていただけでいたずらも何もしていないわよ。私ヒーリングしている時にたくさんの人達の顔を見たわ。みんな天に送ったわよ。だから嬉しくてあなたはみんなの代わりにたくさんたくさん泣いたのよ。あの涙はみんなの嬉し涙だよ。』

『それともう一つ、今の日本には女性の愛の力が必要ね。』

と言っていた。

オレは自分の予想以上のことが自分自身に起きて、びっくりしていた。

それにヒーリング後のあの感覚は今でも本当に忘れられない。
ものすごく爽快でスッキリしていて身も心も軽いのだ。
何を見ても綺麗だし、立ってみると背が高く感じた。
また、何よりもオレの後頭部の中がスッカラカンになったくらいスッカーンと爽やかで爽やかで今までに味わったことのないくらい氣持ち良かった。
多分今までで一番氣持ち良かったのではないだろうか。
その爽快感はその後数日間続いた。
ジャッキーのヒーリングの次の日の朝起きてからも爽やかすぎて、ヒーリングで起きたことが信じられなかったがその爽快感で現実だったのだと実感するくらい最高に氣持ち良かった。
なんせとりあえず笑いがとまらなかったし、笑顔が勝手にでていた。

話しは若干それたが、そのヒーリング後にジャッキーはオレに、

『あなたはあなた自身が思っている以上に強いわよ。』

と言ってくれた。
どういう意味で強いかはオレはよくわからなかったが、素直に嬉しかった。
やっぱりオレは男だし、明確にどんな意味かはわからないけど強いって褒められるのは氣持ち良かった。

それと、

『あなたのおじいさんって、背が大きくてガッチリした方?』

と聞いてきた。

オレのじいちゃんはもう10年以上前に亡くなったが、背がでかくてガッチリしていた。
ジャッキーが言う通りなのだ。

そしてジャッキーは、

『あなたのおじいさんが今あなたと一緒にいて、私にありがとうって言ってるわ。』

『あなたのおじいさんがあなたを私のところに導いたのね。』

『それにあなたのおじいさん、あなたが旅をしてたくさんのいろいろなところを見てまわってるのが嬉しいって言ってるわ。一緒にいろいろ見れるのが嬉しいらしいわよ。』

『それとあなたのお母さんにおじいさんは伝えたいことがあるみたい。』

『私には理由はわからないけど、あなたのお母さんにおじいさんは[ごめんなさい]って伝えたいみたい。だからあなたのお母さんにそのことを伝えてあげて。』

とも言っていた。

オレはすげー嬉しかった。
オレは旅をする前に毎回じいちゃんが眠っている地元のお墓に行って、お参りしてから旅にでるのだ。
その時に毎回、

『いつも見守ってくれてありがとうございます。一生懸命頑張ってきます。これからも見守って下さい。いってきます。』

と言っているのだ。

それをまさかこんな形で実感するとは思いもしなかった。

本当にありがたい話しだ。

そしてオレはジャッキーにお礼に氣持ちで少しばかりの金額を渡した。
ジャッキーはオレに『もう大丈夫だわよ。』と言い笑顔で見送ってくれた。
本当に優しい笑顔の素敵な活氣のある人だった。

そしてその夜に国際電話でオレは、日本にいる母ちゃんに電話してこのことと、じいちゃんの氣持ちを伝えた。

母ちゃんはオレが経験したことを心からホッとしたように喜んでくれた。
またじいちゃんの氣持ちも受けとめたようだった。
ちなみにじいちゃんはオレの母ちゃんの父ちゃんだ。

こんなことを経験したからだが、世の中、人生って自分が思っている以上におもしろい世界何だなとつくづく思う。
また、昔から御先祖様供養やお祈り、祭りなど目に見えない神様等を敬うことって本当に大切なんだなって改めて実感した出来事だった。
もちろんそれだけではないが、御先祖様あっての今なのだ。

ちなみにその後のオレの人生はいいことも嫌なこともたくさんある人生を当たり前のように送っている。
でも、素直にこの人生を送っていれる今に大きく感謝している。

そう思えている今があることがすごく嬉しい。

それとつけたしだがジャッキーはオレに、

『Do you know who you are?(あなたは自分自身が誰かわかる?)』

と聞いてきた。
オレはその時『No.(わからない。)』と答えた。

ジャッキーは、『You will know.(あなたは知るでしょう。)』
とオレに伝えてくれた。

ちなみにニュージーランドでジャッキー以外の他の人にも同じ質問をされて、同じく『あなたは知るでしょう。』と言われたことがあるのだ。

おもしろい。

オレはコボリケンタロウだ。
それ以外はわからない。
でもそれが答えなのだろうか?
まだその答えを明確にわかってはいない。
オレはそれを知るときがくるのを楽しみにしている。