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kentaro koboriのブログ

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2015年 12月28日(月) ~ 2016年 1月初旬


オレはサイモンの農場を後にして、カリフォルニアの北にあるユーカイアという町でバスを待っていた。

オレはサイモンの農場でオーガニック野菜の畑の面倒をみる手伝いを終え、次の目的地サンタクルズに向かおうとしていた。

サンタクルズを選んだ理由はもちろんサーフィンがしたかったからだ。

サンタクルズは友達から聞いた話しだが、アメリカ本土でのサーフィンの発祥の地だと言っていた。
この話しは友達から聞いた話しだからどこまでが本当かがオレにはとりあえず明確に言えない。
また、オレの記憶の定かでない部分もあるので半信半疑で読んで欲しい。
1885年にハワイから来たクイーンが子供達にサーフィンをさせるためにサーフボードを誰かに作らせたか、もしくは持ってきたかしてアメリカ本土でのサーフィンカルチャーが始まったらしい。

話しは曖昧で申し訳ないが、アメリカ本土でのサーフィンの発祥の地ということは間違いない。

ちなみにウィキペディアにはこう記してあった。
カリフォルニア州でサーフィンについて最初期に出版されたものの中で、ハワイの王子達エドワード・ケリアホヌイ、デイビッド・カワナナコア、およびジョナ・カラニアナオレが、1885年7月にサンロレンソ川河口で、土地のレッドウッドを加工した板でサーフィンを行ったと記されている。

とりあえずオレはアメリカで時間を過ごしていた時にそこに友達ができたし、サーフィンがしたかった。
だからとりあえずそこに向かうことにした。



(レッドウッドサーフボード レプリカ)


実際に前日にオレはサイモンの農場からユーカイアのバス停に一度来ていた。
だが、その日はバスがバス停に来なかった。
多分週末だったからかもしれない。
ただ、時刻表にはその日バスが来ることになっていたのだ。
その時はたくさんのホームレスの人達がスーパーのでかい買い物用のカートに自分達の服や生活用品を乗せてたむろしていた。
その時1人のモヒカンのおじさんがオレにタトゥーを見せて自慢してきた。
龍のトライバルのタトゥーが肩から胸にかけて入っていた。
その人にバスが来ないから、バスのことを聞いたらその人もバスのことを結局よくわからずオレはそこを後にした。
その日はそんな感じでバスが来なかったからユーカイアに一泊。

そして次の日。
朝の9時にバスがしっかり来てくれた。
バスに乗り込み、いよいよ新しい場所へのまたの一歩。
次へ行く瞬間のあの冒険じみた新鮮な感覚。
いろんな想いが心をよぎる。

ちなみにこの日一日中オレはサンタクルズまで移動していた。
バスや電車をいくつも乗り換えた。
その詳細をここに記そう。


ユーカイア → サンタロザ バス $18

サンタロザ → サンフランシスコ バス $12.5

サンフランシスコ内 バス停 → カルトレイン(電車)乗り場 トラム列車 $2.5

サンフランシスコ → サンホセ カルトレイン(電車) $9.25

サンホセ → サンタクルズ バス $7

合計 $49.25(約5480円 2016年3月21日 現在)


バスや電車を乗り継いでいる時にバスの運転手、その辺に歩いていた人などいろんな人に道を聞いた。
中には軽くオレを足らった人もいたが、ほとんどの人がオレを助けてくれた。
特にサンフランシスコの市内はオレには大都会でごっちゃごちゃでオレは人の助けなしではあそこはのりきれなかったと思う。
ありがたい話しだ。

時間にすると朝の9時にバスに乗り込んでから日がくれた位までずっと乗り物を乗り換えて一日中過ごしていた。
多分サンタクルズに到着したのが18時頃だった。

サンタクルズのバス乗り場に到着してから町のストリートを少し歩いてみた。
その雰囲氣はどこか馴染み安そうな、大きすぎず小さすぎないくらいの町だった。
路上で音楽をやっている人や歌を歌っている人も数名いた。






(サンタクルズの町の様子)


オレはそこにあったカフェに入って友達のボブに連絡した。

仕事を終えたボブは1時間後位にオレを迎えにきてくれた。
ボブは50代のサーフィンと音楽をやるカリフォルニアのサーファーって感じの人だ。
ボブの仕事はペンキ屋さんで、それに趣味でサーフボードも削るのだ。

それからの数日間、オレはボブの家でお世話になった。

波がある時はボブと一緒にサーフィンをした。
特にボブの好きなスティーマーレーンとプレジャーポイントはきれいにブレイクする距離が長く、またパワフルな波でめちゃくちゃ楽しかった。
ボブの削った板もためさせてもらいサーフィンの素晴らしさをおもいきり感じた。
またある日の海から見た夕日がすごく美しくてカリフォルニアの海に魅了された。
西海岸では太陽が海に沈む。
サーフィン中に海の水の上に浮かびながら、その様子を見るのだ。
確かに眩しいといえば眩しい。
だが、オレにはそれがむちゃくちゃ美しく見える。
輝いていた太陽が海に沈む瞬間の最後の点の光がスッと地平線に沈むのを、海の上で見ると今日も素直にサーフィンを楽しめて良かった。
いい一日だったと心から素直に思える。
まさに壮大で爽快だ。
それに時に沈んだ太陽の光りが空にある雲を赤く美しく染めて、カリフォルニアの大きな空が燃えるように輝いて見える時もあった。
地球って美しい。
改めて感じた。



(とある日のサンタクルズでの夕日)

(スティーマーレーン)


夜には一緒に音楽をしてJamセッションをしたりもした。
ってか、ボブがたくさんオレにギターでのJamセッションの仕方を教えてくれた。
まだまだ練習が必要だが、徐々に何となくあう音とあう音を理解し始めたオレだった。



(歌うボブ)


それにお礼に日本食を作ったり、ボブの庭の掃除や手入れを手伝ったりもした。
ボブの家の外にはでっかい浴槽があってそれにサーフィンの後に入ってゴージャスな贅沢氣分を味わったりもした。

しかもオレはボブからおもいがけないプレゼントをもらえた。
オレはボブからサンタクルズの超レジェンドシェイパーのダグ ハウトさんが昔に削ったシングルフィン7'8のセミガンをもらえたのだ。
マジびっくりしたし、サンタクルズの波を地元の板で遊ぶビッグチャンスをもらえた。
むちゃくちゃ嬉しかった。
もちろんその板で乗った、その板の地元の波でのサーフィンは最っ高に氣持ちよかったし、波と板の相性もバッチリだった。
また、オレはボブと遊んでいたらその板を作った張本人のダグ ハウトさんにも会うことができた。
ボブの用事で、ボブと一緒にダグ ハウトさんのシェイピングルームに行ったのだった。
ダグさんは有名でサンタクルズのレジェンドシェイパーってだけあるからどんな人なんだろうってちょっとドキドキしていたが、会ってみたらすごくフレンドリーで目がキラキラしてる素敵なおじさんって感じだった。
有名人でもレジェンドシェイパーでも、あんなに揺るぎない感じってすごく素敵だって心から思った。
ボブもオレにダグさんについてそんな感じのことを言っていた。




(ダグハウトシングルフィン)


それとオレはボブと一緒に2016年の新年を迎えた。
2015年12月31日の大晦日はボブとプレジャーポイントでサーフィンをして、その夜にはボブとサンタクルズの町に繰り出しボブのいきつけのパブをハシゴした。
あるパブではピアノの生演奏をしている人、あるパブでは音楽がノリノリでみんなが楽しく踊っていたりとサンタクルズの町はみんな陽氣になって賑やかだった。
それに、二件目に行ったオシャレなパブで飲んだフルーティーなビールがマジうまかった。
オレとボブはもちろん酔っぱらっていた。
一緒にカリフォルニアの超かっこいい昔のサーフボードが、店内の壁のいたるところに飾ってあるピザ屋でそれらのサーフボードを見てわーわー騒ぎながらピザを食ったあとにオレ達はサンタクルズにある時計台に向かった。

ストリートに出ると町にいる人のほとんどが時計台の方に歩いていた。

サンタクルズではみんなそこに行って年を越すのが定番だそうだ。
たくさんのヒトの賑わいの中時計台が青や赤のライトでライトアップされていた。

そしてカウントダウンが始まった。

スリー!、トゥー!、ワン!

パンッ!!!パンッ!!!
花火の音と共にみんなが一斉に『ハッピーニューイヤー!!!』と騒いでいた。

そしてまた新しい年が始まったのだ。

ボブもオレもとりあえず大きな声で『ハッピーニューイヤー!!!』だった。
そんな素敵な新年を迎えた。

もちろん次の日の朝のトイレでしたションベンはビール臭かった。
でも素直にいい新年を迎えることができた。

それから数日間ボブの家にいてゆっくり過ごしたのちに、オレはレンタカーをサンホゼの空港に行って借りた。
サンホゼまで行くのにボブが車を出してくれて手伝ってくれた。

ちなみにオレはこの時レンタカーを2週間借りて、その値段は$427だった。
トヨタのカローラだ。
保険や何やらいろいろ入ってこの値段で思った以上に安く済んだ。
オレはこの時実際安いレンタカーを探していて、空港内のレンタカー会社を聞いて回った。
そしたらこの値段のレンタカーを発見。
条件として、サンホゼで借りた車をサンフランシスコの空港で乗り降ろすという条件だった。
しかもオレの出国日の当日がちょうどレンタカーの乗り降ろす日の2週間後の当日でオレの出国する空港がサンフランシスコとオレにとって、完全にパーフェクトなレンタカーだった。
むちゃくちゃ嬉しかった。
ちなみに話しはそれるが、レンタカーを借りるにはクレジットカードが必要だ。
もしレンタカーを借りる場合はクレジットカードをあらかじめ用意しておこう。

車を借りた次の日、オレはボブの家を出てまた新しい旅を始めた。
ボブにお礼を言って熱くハグを交わし出発。
またオレのジプシーライフが始まったのだ。
車があると自由の枠が一氣に広がる。

オレはどこに行こうかと考えたがとりあえずスティーマーレーンに波を見に行った。
そしたら4~5フィート位のキレイでローングな波が美しく崩れていた。
ボブの家を出てから早々オレはサーフィンに夢中になった。
ボブからもらった赤いシングルフィンでひたすら波に乗った。
むちゃくちゃ楽しかった。
結局日暮れまでサーフィンに没頭した。

結局それからの数日間もオレはサンタクルズにいた。
ボブが『また戻って来てもいいぞ』とオレに言っていたが、オレはこの時一人になりたい氣分だった。
つーか単純におもいきりサーフィンがしたかった。
だからそのままレンタカーのカローラの後部座席を倒してそこにキャンプ用のブローイングマットをひいてその上に寝袋で寝ていた。
車中泊を数日間していた。




(車の中に作った寝床)


そして毎日のように一日中サーフィンにのめり込んでいた。
シングルフィンでのサーフィンが本当に楽しくて楽しくてしょうがなかったのだ。
サーフボードを通じて感じる水の感覚が氣持ちよくてたまらなかった。
それにちょうどその時にいいうねりが数日間入っていたのだ。
夜には波の音を聞きながら崖に座って月や星を眺めたりもした。
70年代位のカリフォルニアのサーフィンヒッピーの人達はこんな感じで車に寝泊まりしながらサーフィンと生活を楽しんでいたのかな?など考えてみたりもしていた。
生きた心地をおもいきり感じていた。





(スティーマーレーンにて)


よく考えると久々に一人になって純粋に海に向かって想いを開いていた。
自分を見つめていた。
夢中になっていた。



(Life is short)