羊蹄山(ようていざん)は日本百名山に選ばれていて、標高1898mの成層火山である。呼び名が後方羊蹄山(しりべしやま)、また富士山に似ていることから蝦夷富士(えぞふじ)とも呼ばれている。

(羊蹄山の地図)

(羊蹄山)
とうとう羊蹄山を登る日がやってきた。
オレが今年の2月半ばにニセコに来てからずっと登ってみたかった山だ。
ニセコに来てから2日目の時だ。
ちょうどヒラフを歩いて仕事を探し回っていた時のことだ。
ヒラフ坂を登ってどこのお店に入って行こうか見てまわっていた時に、ふと後ろを振り返ってみると、その先にはどーんと勇ましく大きな山がそびえ立っていたのだ。
オレは自然と立ち止まって吸い込まれるように羊蹄山に見入っていた。
ちなみにニセコにきた初日は雪が吹雪いていて視界がなかったので、オレはその山がそこにあることを知らなかったのだ。
それからというものオレは毎日羊蹄山を見る生活を送っていた。
何度か住む場所は変わったのだが、行くところ行くところの寮や部屋から羊蹄山が見えていたのだ。
毎日のように表情の違う羊蹄山を見つめていた。

(住んでいた部屋からの羊蹄山)
実際に以前に羊蹄山を登るチャンスはあったのだ。
友達が春に羊蹄山を登って一緒にバックカントリーのスノーボードをしようって言ってくれていたのだ。
だが、オレはそのチャンスをものにすることはできなかった。
ちょうど羊蹄山に行く計画の数日前にゲレンデを滑っていて、その時に右膝靭帯のケガをしてしまったのだ。
靭帯が切れはしなかったので大事に至らなかったが、その日から1週間ほどオレはまともに歩くことはできなかった。
その後地元農家さんの手伝いの仕事を得て、農業をしていた。
農業は力仕事が主で、膝のリハビリとしても良かった。
北海道の大きい大地の上で汗をかきながらの外の仕事は大変だったが、爽快だった。
雇い主の人達や一緒に働いていた人達も本当にいい人達で恵まれた環境で生活していた。
またそこの畑からも毎日オレは羊蹄山を見ることができた。
毎日美しい羊蹄山を拝みながら仕事をしたり、昼食をとりながら羊蹄山を眺めていた。
いつか登る。
いつも見るたびに心でそう思っていた。

(畑からの羊蹄山)
そして農家さんとの仕事の契約が切れ、オレに時間ができた。
住んでいた寮の荷物をまとめたり登山の準備をしたりとなんだかんだしていた。
そのときはしばらく雨続きで羊蹄山を登るタイミングを天気予報と実際の天気と共ににらめっこしながら生活していた。
サーフィンでいう、台風やウネリが入ってくる時の波を予想する感覚に似ていた。
そして6月18日(土)のことだ。
朝起きてみると、外は曇り空また霧雨でどんよりとした天気だった。
でも、雲は低く羊蹄山は下の方まで雲で覆われていた。
オレは感で「今日しかない」って思った。
それにその次の日の19日の予報が晴れだったのだ。
オレは天気図や予報にそこまで詳しくはないが、ちょうど雨を運ぶ低気圧と低気圧の合間の高気圧に覆われるタイミングがその日だったのだ。

(18、19の天気図)

(18、19の天気予報)
だからオレはあらかじめ用意していた登山の道具をもって羊蹄山に向かった。

(登山準備)
登山道入口についた時はまだ地面が濡れていて山頂がどうなっているかはわからなかった。
でも、オレは登りたかった。
それにオレの感だとその日しかなかった。
もし山頂に上がっても天気が回復する傾向の日、リスクも少なくあわよくば雲海、もしくは美しい景色が見れる。
今行かなかったら後悔する。

(バックパック)
ずっと登りたかった山だったからそんな感を頼りにいよいよ羊蹄山を登った。
入山届けを書き、オレはヒラフ側の登山道から歩き始めた。
雨が少し降っていたこともあり木々や草花は濡れていた。
みずみずしい森の新鮮な空気感、そこに共鳴する鳥の鳴き声。
濡れている時にしかないあの雰囲気もオレは好きだ。
それに霧雨程度だったから余計だ。
濡れているのが全然気にならなかった。



(雨の日)
足元は滑りやすかったので転ばないようにしっかりと歩いた。
熊鈴のチリンチリンという音を響かせ羊蹄山を上に上にゆっくりと登った。
それからすぐだ。
記憶が曖昧だが、たしか二合目をすぎたくらいから雲が晴れてきてさっきとはうってかわっての空には雲一つないピッカーンと輝いた太陽が嘘のように出ていた。
それにオレの予想していた雲海が辺りには広がっていた。



(太陽に照らされて)
素直に「来て良かった~」と声に出てしまう位に思っていた。
途中の休憩時にも笑顔がやまなかった。
ちなみにオレは羊蹄山山頂の山小屋に宿泊するつもりだった。
ただし一泊するかニ泊するかはその時の気分次第だったのでとりあえずニ泊分の持ち物を持ってきていた。
それに山頂の状態がわからなかったので水を5リットルほど持ってきていたのだ。
荷物はずっしりと重かったが、天気の良さに喜びを感じ軽快にしっかりと歩いた。
辺りには絶景。
素晴らしかった。



(雲海風景山頂付近)
そして目的地の避難小屋に到着した。
午後0時に出発してから避難小屋に到着したのが午後4時位だった。
汗だくだくになっていた。
その避難小屋には土日だったこともあり、たくさんの人が来ていた。
みんな雲海風景に喜んでいた。
外のテーブルではビールを飲んで至福に浸っている人達もいた。
ちなみにその避難小屋には一泊1000円で泊まることができる。
冬場は管理者の方がいないので二階の出入り口から入って費用無しで宿泊することができるそうだ。
オレは小屋に到着して荷物をまとめ、さっそくペコペコになった腹を満たした。
パスタを作った。
2分で茹であがる麺にレトルトのソースをかけた簡単なパスタだ。
それでも目の前に広がる雲海を見つめながら食べた簡単パスタは最高の味だった。
じーんと感じていた。

(パスタ雲海を見ながら)
ちなみ余談だが、避難小屋についてから知ったのだがこの時期に避難小屋の近くに雪渓の雪解け水が流れていてそれを飲むことができるのだ。
オレは水をたくさん持ってくる必要はなかったのだが、いい体力作りになったし、何があるかわからない登山なので準備万端としたからよしとしよう。
そしてサンセットタイム。
オレはパスタを食べた後に必要最低限の荷物を持って、軽装備で20~30分ほどで行ける山頂にある旧避難小屋跡に行って沈んで行く太陽を見た。
旧避難小屋跡には誰もいなかった。
一人で目の前の絶景に見入った。
自分とそこにあるものだけの空間。
神秘的だった。
沈んで行く太陽が雲海や辺りをシャンパンゴールドに染めていった。
時間も音も全てなくなったような感覚。
山頂にあぐらをかいて座って無心でその景色に見入った。
雲の海、もしくは実際の海、西の方角に変化しながら消えていく太陽。
また雲が段差により水よりのっそりゆっくりと水のように漂って流れる雲海。
まさに雲の大海原。
そんな大自然の美しい瞬間を目の当たりにしていた。
美しすぎて儚くも感じた。
あの儚さが素晴らしい。
生きた心地を感じていた。
太陽が沈んでからもオレはしばらくそこに座り続けた。
動きたくなかった。
後ろを振り返ると月が登っていた。
「本当にいい日だな」と心の深い部分から思っていた。

(雲海サンセット)
その後ヘッドライトを灯しその光りを頼りに避難小屋に戻った。
小屋戻った時には夜の8時を回っていた。
宿泊者のほとんどの人は就寝についていた。
ほとんどの人は次の日の日の出を拝もうとしていたのだ。
オレも日の出を見に行こうと、歯を磨いて寝袋の中に入った。
だが、全然眠ることができなかった。
羊蹄山に登れたことと、雲海を見て興奮していたこともあった。
また、避難小屋の雑魚寝でたくさんの人達のイビキがうるさかったのもその原因の一つだった。
オレは耳栓を持ってくるのを忘れていた。
以前にも他の場所で同じようなことがあった。
イビキで寝ていた地べたがバイブレーションするくらいなのだ。
それにその一部屋に詰め込んだかのように寝ていたから熱気もすごく暑くて部屋中が蒸し蒸ししていた。
だからオレはとりあえずただただ横になっていた。
ちなみに日の出の時間が午前3時50分位となっていたので起きなくてはならなかったのが、午前2時30分位。
山頂の日の出が見える喜茂別側まで避難小屋から歩いて約1時間程かかるのだ。
結局オレは寝たのか寝てないのかわからない位にほとんど寝ることなく午前2時10分位に起きて暗いうちに山頂の喜茂別側を目指した。
その時の山頂の天気は強風でガスがかかっていた。
荒れていたのだ。
日の出が見れそうにない天気だったが、小さい可能性にかけてオレは歩き始めた。
天気が天気だったので気を引き締めたのはいうまでもない。
オレは真狩側の山頂から直接岩場のある喜茂別側を目指した。
山道がゴツゴツした岩場でアップダウンが激しい、歩きにくい道を慎重に迷わないようにしっかり歩いた。
辺りは相変わらず強風でガスがかかっていた。
修行してるみたいだった。
オレはなるべく心を落ち着かせて慎重に進んだ。
山頂に無事に到着した時はホッとしていた。
風をかわす岩場に寄りかかり朝ごはん代わりのドライフルーツの入ったシリアルを食べながら日の出を待った。
相変わらずビュービュー風は吹いていた。
山頂には誰もいなく、オレが一番のりで到着していた。
辺りが明るくなるに連れて徐々に人も増えていきいよいよ日の出。
だが、雲が多くてしっかりした日の出は見ることができなかった。
日の出に集まった人達と強風で流れるたくさんの雲を見て、その合間からかろうじて見える太陽に喜んでいたのがなんかすげー良かった。
そこに集まったばかりの顔をあわせて間もない人達と冗談を言い合って楽しんでいたのだ。
そしてしばらくそこにいたのちそのままヒラフ側を回るように来た道を戻らず避難小屋に戻った。
ヒラフ側の道は距離としては朝来た道よりあるが、歩き易さを考えると簡単で早かった。
避難小屋に戻る途中に小屋で仲良くなった登山者二人組と一緒に羊蹄山のクレーターの中をレインパンツを履いてケツで滑った。
むちゃくちゃ面白かったしケツが痛かった。
出会ったばかりの人達とわーわー言ってむちゃくちゃ楽しかった。
そしてクレーターの真ん中に溜まっている雪解け水を見た。
雪解け水は触ると冷たく清んで見えた。
三人で爽快な気分だった。

(クレーター)
それから急なクレーターの斜面を慎重に登って避難小屋に戻り、荷物をまとめて一緒にクレーターをケツで滑った二人組と朝食をとった。
スノーバイクをやる方とスキーとウィンドサーフィンをやる方だった。
アウトドアをして気が合う魅力ある人達だった。
山でのこんな出会いも最高。
そうこうしていたらガスが晴れて、風も止み申し分ない天気になった。
オレはもう一度頂上に行き、クレーターの周りを歩いて回ることにした。
その時の山頂は早朝とは打って変わっての快晴。
太陽は輝き、高山植物は花を咲かせ、その蜜を飲む虫たち。
太陽と共にオレも含めみんな活発に動き出していた。
申し分ない心地のいい日中を満喫することができた。

(喜ぶオレ)

(蜜を吸う虫)
そして下山。
前日の雲海とこの日の天気に大満足したのでオレは一泊のみで下山を決めた。
ちなみにオレはヒラフ側から登って来たので、違うルートも見てみたかった。
それゆえ真狩側に下山することにした。
それに6月19日(日)のその日は羊蹄山真狩側登山道の祈願祭だったのだ。
縁起が良かったのもあったからだ。
下山は素直にくったくただった。
多分ほとんど寝れなかったせいもあるだろう。
無理のない程度にゆっくり歩き、度々休憩を重ね無事に下山することができた。
休憩時に木々や太陽が気持ち良く清々しく感じた。
素直に山っていいなーな瞬間だった。
下山後に真狩側の登山道の近くにある金比羅神社様にも登山を無事に済むことができた挨拶にも行き、オレの夢に見た羊蹄山登山は大成功に終わった。

(金比羅様)
ちなみにヒラフ側の登山道入口に停めたオレの車まではヒッチハイクで戻った。
わりかし待つこともなく、すんなりと車二台で戻ることができた。
親切な地元の人達だった。
オレを拾って乗せてくれた地元の方々にも本当に感謝の心でいっぱいだ。
ヒッチハイクで車を待っている時見た羊蹄山はまた一味違って見えた。
心からの達成感でいっぱいだった。

(羊蹄山ヒッチハイク)