力が強くなんてなくても、守れるものがあるって教えてくれたあいつに、心から伝えたい言葉がある…
「あんがとな…」


くだらない毎日を送るのに飽々していた。
ダチと呼べる人間なんていなければ、両親や兄弟とも疎遠だった。
一人が気楽だから…いつしかそんな言い訳で何かから逃げていた。
変化は音もなくやってくる。そう実感した久しぶりに夜空を見上げた日のことだった・・・


目をあけると、世の中はもう昼過ぎだった。
廻り廻る時間や時代が、無様に見せる七変化の一つだ。
朝か昼か夜か、春か夏か秋か冬か。世の中はその七つに変化する。代わり映えのない、

滑稽な姿をいつも披露しては、感動とやらを提供する。
世の中に生きる事の意味なんて無いんだよ。と、心で悟ったように唱えていた。
いつからだろう、その問いに答えが返ってくるようになったのは・・・


まるで、誰かがいるように、「そんな事はない」と頭に響く。
最初は気持ち悪く、頭がおかしくなったかと思った。
だけど、次第にそいつが俺の腐った考えに真剣に答えてくれている事に嬉しさを感じてきた。
俺は、そいつに問いかけた。
「お前、名前は?」
「解らない…気が付いたらここにいた。」
「いた?お前は何処から来たんだ?」
「それも良く解らないんだ…自分が誰で何者なのか、解るのは君と話が出来る事、それだけなんだ…」
そいつは真剣に答えていた。
顔も見れないのに真剣って解るのは、こいつが俺の中にいるからだ。
こいつの不安みたいなものが、言葉と一緒に頭に流れてくるから・・・
「そっか…まあ無理に思い出す事もないさ。いつか、思い出す日がくるまでは、俺の中にいていいからよ。

お前、名前も解らないんだろ?じゃあ俺がつけてやるよ。イル…イルってどうだ?」
俺がつけた名前が嬉しかったのか、イルは嬉しそうな声でこう答えた。
「ありがとう…」


いつの間にか俺の中にいたから、そしてこれからもいて欲しいから、

いつも【要る】・・・それでイルって名前にした。

その名前に喜ぶイルを思うと、

つい昔の事を思い出した・・・

「誰かに喜んでもらう事が嬉しかった時期もあったな・・・」

そう呟いて、戻れない過去の悔やみを噛み締めていた。


多分、この頃から俺は少しづつ変わっていった。
あんなにくだらないと思っていた世の中が、少しづつ良く思えてきた。
朝も昼も夜も、代わり映えの無い毎日を過ごす事に、意味を探すようになっていた。
あいつが…イルがそう教えてくれたから。
そう思い始めた、ある日の事だった。

集合場所は居酒屋だった。昔からの馴染みの店だから、入れば顔パスで通される。


ちょっと優越感に浸れるからって言うのと、ここのモツ煮は絶品で、一度食べてヤミツキになったから、僕らはよく通っていた。


「いらっしゃい!!生でいいんだよね?」


カウンターから、おっちゃんの声がした。


「あ、お願いします。」


僕が答えると、


「こっちこっち!!」


聞き慣れた声が聞こえた。友達は、もうすでに飲んでいて、出来上がっていた。


四人席の奥と手前に一人づつ座っていて、手前があぐらをかいていて、眼鏡をか
けた筋肉マンの勝兼、奥で僕を呼んだ女好きが入貴だ。


二人とどう友達になったかを聞かれても、はっきりとした答えは出せないが、友
達ってのはそういうものだと思っている。


これがあったから友達なんて、そんな堅く考えたくないからだ。


趣味も合わなきゃタイプも別々だけど、お互いに馬鹿にしあったり、励ましあっ
たりしながら、僕らは気が付けば大人になった。


いつまでも変わる事なく、こんな関係が続いていけばいいと、いつも思っていた。


「そういえばお前、手紙の主は見つかったのか?」


いきなり入貴が言ってきた。女好きの入貴には、どんな女なのか気になるらしい
。まあそれ以前にかなり酔っていた。

入貴は酔うとすぐ人に絡む癖がある。それで度々僕らは口論になったりするんだけど。


「まだ見つからないよ。てか探してないし…」


僕は言葉に詰まった。手紙は持ってるけど、相手を探したいとは思っていなかったから。


何年も前の話だし、何を「覚えて」いなければいけないのか、まったく検討がつかなかったからだ。


入貴がそれに対しツッコミを入れようとした時、


「まあ、いつか見つかるだろ。そしたら教えろよ。」


と、絶妙なタイミングで勝兼が言った。言葉に詰まらせた僕への配慮だろう。


「ああ、見つかったら必ず紹介するよ。」


僕は二人に言った。


「まあ期待せずに待ってやるよ。」


タイミングを逃した入貴が言った。


平凡な毎日を送ることが、とても幸せに思えた。


別に、劇的な変化は求めていなかったから。

これから起こる全ての出来事が、夢だとしたら…その時の僕は幸せなのだろうか?

起きたら僕は、真っ暗な世界にいた。周りには何もない。


見えるのは闇の中でうっすら浮かぶ外の風景。


外?


ここは何かの中なのだろうか…


それが解らないまま、僕はしばらくそのうっすらと映る世界を眺めていた。

今何かをすることが、不透明なんだけど、それがあるのは解っていた。


そんなある日の出来事だった。


いつも通り、コーヒーを煎れながら、接客をしていた。


常連さんやたまに来る人、新しい人を見る事は稀だった。


「ピークも過ぎたし、休憩でも回そうか」


先輩がみんなに言った。順番は決まっていて、朝早く来た人から先に行く。


僕はその日早番なので一番始めだ。


パンを焼き、少しミルク多目のアイスラテを造り、休憩に入った。


「休憩、お先に頂きます」


みんなにそう言って、三階に上がった。


バイト先は三階建てで、一、二階が店で三階は休憩室と更衣室、あと倉庫だ。


三階は何故か居心地がいい。たまにみんなでバイトが終わった後も残って喋っていたりした。


休憩は三十分で、パンを食べて煙草を吸ったら結構あっという間に過ぎる。


一時間くらいは欲しいと、眠気眼でそう思っていた。


ブルブルと電話が震えた。メールが届いたみたいだ。


差出人になんとなく検討がつきながら、僕は携帯を開いた。


やっぱり思った通り、男友達からだった。


まあ、彼女もいなければ、女友達も乏しいから、男友達からしかないんだけど…


用件はバイトが終わった後の、飲みの誘いだった。


予定も無かったので、直ぐに了解の返信を送った。


あと何時間働けば酒が飲めると自分に言い聞かせて、残り時間を乗り切る事にした。