毎日が辛くて、思いつくのは現実逃避と、都合のいい世界ばかりだった、

あの頃の自分を思い返していた。


あれから少しだけ大人になった。だから…


「あのさ…」


酸味の効いた臭いが、鼻を通り過ぎる。


「いい香り」


そう思いながら、僕はコーヒー豆を挽いていた。


駅からすぐのコーヒーショップ、そこが僕の仕事場だ。


高校を卒業して、大して目標もなくバイトを続けている。


そんな毎日でも、まあ楽しく過ごしている。


人は何のために働くのか。「結婚して家庭を養うため」「生活するため」


ありふれた答えしか思いつかないから、働く事に、大して意欲はない。


楽しく過ごしていければ、何でも良いから。


そんなどうしようもない自分が、ただひとつ捨てられないものがある。


昔誰からか貰ったラブレター。


宛名には僕の名前が書いてあり、中には一言、綺麗な字でこう書いてあった…


「覚えてますか?」


誰かのイタズラかもしれないし、気味悪いけど、

何故か僕はそれを捨てられずにいた。


自動ミルから、空回りするモーターの音が聞こえてきた。


気がつくと500gのコーヒー豆は挽き終っていた。


誰しも忘れてはいけない事がある気がする。僕はいつもそう思う。


人を愛した事、傷つけた事、信じた事や裏切った事。


僕は大事な何かを忘れている…いつもそんな気がするから、あの手紙捨てられずにいた。