長女“う”は生まれた頃より全く手の掛からない子だった。夜泣きもなく、大きな病気もなく成長してくれた。
“う”は保育園に通う頃、よく不思議な歌を一人歌っていた。
「せんにょ~う、ばっこい、せんにょっかい、せんにょっかいのはんにゃっさい、はんにゃっさいのせんにょっかい。ふんにゃっさい!!」
そう一人で歌い、一人で大笑いしていた。
また、小学校に上がるとへたくそなピアノをよく弾いていた。
あるとき、ピアノの音がやんだと同時に拍手の音が聞こえてきた。誰か友達がいるのかと部屋を覗いてみると“う”がにこにこしながら自分で拍手をしていた。
当時は、まだまだ幼かったこともあり可愛らしい光景だったが、さすがに高校生になってもピアノを弾きおわったあと自分で拍手する様子を目にしたときは、育て方を間違えたと思った。
“う”は声がでかい。非常にでかい。大笑いをする。馬鹿笑いをする。
お隣に住むご主人がある時、「いや~、“う”ちゃんの笑い声はいいですね。あの笑い声を聞くと幸せな気分になりますよ」と言ってくださった。
お隣さんはそれですむが、間近に聞くわれわれ家族にとってあんなはた迷惑なものはない。22歳になった今でも漫画本を見ながら「でぇっ、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ、っひーっひーっひーっ」と奇声を発する。つくづく育て方を間違えたと思う。
“う”は誰に対しても間違っていると思ったことは頑として譲らない。自分の主張を曲げない。
自分に対してももっと厳しくていいと思うのだが。
次女“え”と長男“お”も“う”と同様、夜泣きもなく、病気、怪我もなく成長してくれた。
“え”と“お”は年子で、生まれ月も一月しか違わない為まるで双子のように育った。事実、よくよその方から双子と間違われた。
いつも、二人一緒に遊び、けんかをして育った。“え”が小学校に入学するまで二人は常にセットで過ごした。それぞれ、19歳と18歳になるが、未だにとても仲がいい。
お互いに常に連絡を取り合っているようで、高校は、別々の学校に通ったが“え”のその日の予定は“お”に聞けばわかったし、“お”の予定も“え”に聞けばわかる、そんな仲のいい姉弟である。
まだ、言葉も覚えたての頃、“え”と“お”を連れて散歩をしていると、突然“え”が「あ、アッヒー!アッヒー」と言い出した。
なんのことだろうと思い、耳を澄ませていると、「カッコー、カッコー」と鳴き声が・・・
「“え”、あれは、アッヒーじゃなくってカッコーって鳴いてるんだよ」そう私が言っても“え”は相変わらず「アッヒー、アッヒー」と言う。それを聞いていた“お”も真似をして「アッヒー、アッヒー」
“え”は非常に戦闘能力が高い。
普段“え”と“お”は非常に仲がいいのだが一たび喧嘩が始まるなかなか激しい。常に“え”が勝利した。
“え”は“お”が反抗的になるとすかさずキック、パンチ、引っ掻き、引き摺り回し、踏んづけ・・・“お”はなすすべもなく敗れ去る。“う”に対しても同様である。“う”も“え”には逆らわない。“え”の怖さを身をもって知っているからだと思う。兄弟の中の恐怖政治である。その地位関係は現在も変わらない。
“え”は他人に対しては非常に気を使う。常に相手の事を先に考えて自分を抑える。そのストレスの捌け口が家族に向かっているのは迷惑な話であるが。
“お”は“え”を呼ぶときお姉ちゃんとは呼ばない。必ず呼び捨てである。“う”に対しては「おねぇ」と呼ぶが、“え”に対しては「おい、“え”~」と呼ぶ。義父がそれを非常に気にしていて「“お”、お姉ちゃんと呼びなさい。」そう諭すが聞かない。「“う”は“お”のなんだ?」そう義父が“お”に尋ねると「おねえちゃん」そう“お”は答える。「そうだな、じゃあ、“え”は“お”のなんだ?」そう尋ねると「“え”~」そう答えが返ってくる。さすがに義父も二人が中学生になるころにはあきらめたようである。
“お”は末っ子の為やはり甘えん坊である。一人息子ということで女房がかなり甘やかしたという面もあるが。“お”も母親に頼りきっている。
私と“う”“え”が口をそろえて“い”に言う事がたびたびある。「お母さんは“お”に甘すぎる~!!」
“お”は他人に対して非常にやさしい。特に自分より年下の小さな子にはやさしい。女房の弟に姪っ子7歳と甥っ子5歳があるが、頼まれてよくベビーシッターとなる。一緒に一日相手をしても平気でいられる。18歳になる今でも一緒になって遊んでいる。
ただ単に精神年齢が成長してないだけかもしれないが。
親の事をどう思っているか知る由もないが私も女房も、この3人の事をそこそこ気に入っている。