12日の午後
やっと、電気が使えるようになりました。
今の状況を知りたくて、テレビを付けて驚きました。
テレビに映っている映像は、あまりにも悲惨で
想像を絶していました。
情報では1カ月くらいは余震が続くそうです。
感じられる揺れが何回もありました。
東北の方たちは、もっと激しい揺れを感じている訳で、
寒いなか、危ないので暖もとれない状況だと思います。
私には孫がいますので、
子供たちの事が心配です。
赤ちゃんのオムツやミルク補給状態はどうなっているのか。。。
ミルクがあったとしても、哺乳瓶、お湯等がなければ、飲めません。
食事は1日1回でおにぎり2個とかの状態のようです。
まだまだ続く余震も心配ですし、
東北の皆さんの体調など、その他もろもろですが心配です。
私に出来ることはというと、募金くらいです。
少しでもみんなで協力して募金をすれば、お役に立てると思います。
11日
仕事を終えて、家で遅い昼食を取ろうと座ったら、
グラグラときました。
「えっ」
揺れがとんでもない揺れ。![]()
こんな地震は初めて。
玄関のドアを明けて、ずっと玄関にいました。
家が壊れそうなら、すぐ出られるようにです。
揺れが大きくて長い。
家に中から、ガタビジ音がしました。
「ガラスが割れたかな」
揺れがおさまったので、2階に行ってみたら、
棚の物は全部落ちていて破片が飛び散っていましたし,
タンスの引き出しは、すべて出ていました。
それらを確認したのは30秒かかってか、かからないくらい。
また、大きな揺れが。。。![]()
急いで玄関に飛んで行きました。
地震があってすぐに停電になりました。
日は沈んでいきます。
あたりは暗くなってくるし、家には私ひとり。![]()
震源地は、すぐ近くだと思っていました。
揺れが止まったら、必要なものを大袋に入れて、
揺れたら玄関へを繰り返しました。
懐中電灯は、いくつもあるのにどれもつきません。
電池が入ってないではありませんか。
電池を入れてある箱を確認したら、
悲惨なことに、懐中電灯にあう電池がない。
真っ暗になっても玄関にいました。
近所に人達が出てくる様子もありません。
パニックになってはいましたが外に出ない方が安全なのかも。。。
そんなこと思いました。
娘が帰ってきました。
道路が浮き上がっているところがたくさんあったようです。
帰り道のお店は全部しまっていて、
街灯のない暗闇を走ってきて怖かったと言っていました。
旦那に電話してもつながりません。![]()
長女に電話をしてもつながりません。![]()
旦那、長女に何も起きていなければいいと
そればかりを思っていました。