Taimo   「仕返し

 遠い昔のこと。保育所時代の頃から好きだった彼女。小学生時代も中学生になっても。全く相手にされてないのに、性懲りもなくずっと好きだった。中学校の卒業式の日、とうとう最後の時が訪れた。あの子は、俺の目の前であのやたらとカッコいいアイツに真っすぐ近付いていって、ラブレターらしきものを手渡したのだった。
 ああ、あの子の好きな男の子って、ああいうタイプなのね。
 分かっちゃいたけどさ。

 

 でも、俺があの子のことが好きになったのは、何故なんだろう。清楚としかいいようのない顔立ちだったからかな。決して暗くはないけど、無口な彼女に俺にはまるで欠けてる清潔感を感じたからだったか。勉強はまるでできなくてクラスで最下位を争う俺に比べ彼女は真面目に学業に取り組んでいた。

 

 小学生時代のある日、席がわりと近くって、しかも、斜め後ろの席だったから、夏なんか、彼女の二の腕なんか眺める機会に恵まれていた。そうでなくても授業には身の入らない俺は、ひたすら彼女を見つめていた…そして知った。彼女、やたらと毛深い!

 

 眉毛とか凛々しいことは保育所時代から気付いていた。あるいは顔立ちよりも眉毛の輪郭の鮮やかさ濃さに憧れていたのか。だけど、性格のはっきりしたことを示すような眉毛の濃さが、毛深さに繋がっているとは!

 

 俺はというと、毛が薄い。やたらと薄い。中学生になって加山雄三をヒーロー視し始めたのも、海の若大将で見せた、彼の胸毛だった。すね毛も濃い。それに比べて俺は、胸毛どころかすね毛なんてまるでない。腕にも脛にも産毛すら生えてない。腋毛だって虫眼鏡が必要なくらいに惨めだ。せめて中学生になったら少しは生えてくるという幻想も、夢と潰えた。体育の水泳の時間に裸になるのが憂い。

 

 中学三年の夏休み前、胸や腕やすねに剃刀を滑らせた。一旦、無毛になったら次に生えてくるのは、産毛じゃなく、もっと太い濃い毛が生えてくると聞いたから。ダメだった。虫眼鏡で観たら産毛はさすがに識別できていたのが、完全なつるつる素肌になってしまったのだ。


 憧れの胸毛は生えず、乳首から一本だけ変に太いのが目立つのが憎たらしい。

 一方、好きな彼女は毛深い。足がどうだったかは覚えてないが(ほんとに覚えてないのか? 脛は剃っていたのか?)、腕の毛深さは男の子たちも含めてクラス一番。


 もしかしたら、保育所時代の俺は彼女の毛深さに恋したのか? まさか! 

 

 俺の眼前で恋文を渡した相手の奴も眉毛が凛々しかった。類は友を呼ぶのか。俺はまるで論外。眼中になし。

 あの卒業式の悲惨な出来事。彼女は俺の想いを知っていて、敢えて見せびらかしたのか。…なんて俺の想い過ごしだろう。

 

 けど、そうとも言い切れない。小学生時代の冬のある日、六年生だった俺は学校の階段をトントンと昇っていく彼女を見掛けた。勢いよく駆け上がっていくので、スカートが少し捲れて、中が覗けた。真っ黒の毛糸のパンツを穿いてた。俺はたまらなくなってつい衝動的に彼女を追いかけて、お尻をパンと叩いて走り去った。

 

 そうだ、あの日、彼女は俺のことを眼中にないだけじゃなく、毛嫌いしてしまったに違いない。禄でもないことを仕出かした俺を軽蔑すべき奴として意識し始めたのだろう。根に持ち、中学の卒業の日に思いっきり仕返しをしたんだ。

 

(07/29 03:46 画像は、「男性の腕毛の剃り方は?処理前後のケア方法についても解説」より)