今朝、
伯母のところで、
ヘルパーさんが帰った後に、
トイレに行きたいと、
ベットから抜け出そうとする伯母。
抱えて、ベットに座らそうとも、自分一人で座ることはできない。
そもそも姿勢を保てない。
ベットから横に敷いているマットレスに一旦寝かせて、
なんとかそこから
旦那と立たせて、
二人で抱えてトイレに。
トイレで用を済ませて、
座っていたら、もうまたまた気分悪くなっているよ。
旦那いはく、
立ち上がって血圧が急降下したと。
母がよく排便失神していたが、
高齢者はいきむと、血圧急降下して、失神するんだよね。
伯母は立ち上がったのと、排尿で顔色真っ白。
クラクラというか、
座ってられずに、倒れそう。
必死に支えて、なんとかパンツあげて、
とにかくベットへ。
もう汗だくよ。
横になったら、伯母はもう寝てるだけ。
お昼のヘルパーさんのメモにも、
動いていて、
ダイニングテーブルのもの触っていたみたいな事書いてあった。
夕方いくと、
トイレにはまた行っていたが、
それで超疲れ果てるのか、
寝ているばかりで、食も進まない。
エンシュアさえ飲んでいたら、
最低のカロリーは取れるとの事だが、
伯母は丈夫で、健康でどこも悪いところはない。
薬もない。
大変この年齢では珍しいし、
驚異的なんだけど、
すごいって思うけど、
こうなってくると、
果たしてこの丈夫さは、幸せなのか、不幸なのか
その差は裏表っていうか、
いい事ばかりでないような。
私以外の者だったら、きっと病院いれて、
嫌がっても、
そのままで、拘束されて、そのまま弱って
亡くなるの待っていたと思う。
自宅にいて、
ヘルパーさんらに世話されて、
自力でなんとかトイレは自立と奮闘する伯母。
それは素晴らしいってヘルパーさんらや、先生も言うが
ずっとそうやって、そのケアをして
こちらは淡々と後始末して、やっぱ伯母が弱っていくのを
ただ待っているんだよね、同じく。
伯母にとって自宅のほうが自由で
意外とケアも良いのかもしれないが、
ケアが良ければ良いほど、
その期間は長くなっていて、
それって、どうなんだろ?
生への執着、執念なのか、
思ってもできない自分を認識しているのか?
それも、こっちにはわからない。
ただ、
私は今の状況に慣れてきて、
伯母がどんな状況でいるか?
玄関ドア開けるのも、
どんな事になっていても、あんまり驚く事もなく、
後始末をすればいいやって、そんなふうに思えるようになって
パターン化されてきて、
過ごし方が日常生活になりつつある。
介護の正解はわからない。
最善なのか?
でも、
選択はしないといけない。
思うことは、
私は子供にこんなふうに介護で迷惑かけたくないって事だけ。
それも、
願っても叶うかはわからないし、
誰もが願う事。
人生の最期って、
自分で決められないねえ。
介護していると、
普段目にしてなかった事目にするし、
人生の闇の部分みちゃうよね。