昨日は亡くなった亡父の妹、叔母と電話で話した。

叔母は12歳亡父より年下で、

幼い時、私たち姉妹は一緒に叔母と暮らしていた。

その叔母が、

若年認知症のそれも前頭葉側頭葉型認知症の私の姉の旦那さん

私の義兄の世話で苦労の姉のことを

今まで友達と色々遊びに出かけたり

好きにさせてもらったから、

我慢して面倒みないとね〜って言いい、

認知症も世間に知られてきたから、理解もあるよねって。

唖然。

お姉ちゃん、きっと電話で話したと言っていたから、

内心怒りと悲しさでいっぱいだっただろうなあと。

 

どうして、

介護したことのない人は

簡単に安易に、わかったようにうわべの知識だけで

発言するんだろうなあ、それも当事者に。

ほんと、当事者相手には深く考えてもの言わないといけない。

私も大いに反省しますが、

まず、介護の苦労は側からみているより

あらゆることがあり、

親孝行だと思ってとか、

旦那さんを大切にとか、そんな生易しいことではない。

気楽に生きて来た人などいないにだから、

あの人は今まで楽だったからとか、どの口言うんだあって感じですね。

世間の理解なんてない。

世間は偏見と、差別で満ちているし、

当事者自体にもあるのに、世間なんてもっとある。

どんな病気だって、深いところは当事者と家族しかわからない。

ちょっとした知識で話すのは慎重にってことですね。

 

そんなやりとりあったこと旦那にはなし、

今日も仕事中に母から電話で、

買ってきてほしいもの言われてと。

毎日私が行くのが当たり前すぎて、当然になっている状況が辛いと言うと、

自分は遠方だから、やりたくてもできない。

だから、お母さんの世話をできることは幸せみたいなことを言われた。

私、無言。

 

 

やりたくても出来ないって、

男のあなたが、どこまで何をするのか?

ちょっと笑うレベルです。

 

そもそも、

まず家事は出来ない。

炊事、洗濯、掃除、出来ない。

しない。

シモの世話。

絶対できない。

出来ること、車での送迎。

買い物の付き添いだって、車椅子の人を

たった一人で連れて行ったことなどないし、

病院だって、受け付けから、診察、検査、会計から

全て一人でそれもトイレの付き添い介助もしてなんて、

したこともないし、出来ないでしょう。

自宅でのトイレ介助もお風呂介助も出来ないでしょう。

私はずーっと一人で、何年間もやってきて、

暑い夏も寒い冬も

仕事から帰り、ご飯作りその後母のところに行く日は毎日で

男である旦那は、帰ればご飯食べて呑んで、

ゆっくり出来るが、私はゆっくりしている暇はなし。

やりたくても出来ないって、失笑だよ。

そんな人が実家に帰っても、

介護ってものを、担ってずっと出来るはずはない。

帰ってみるっていうのは、私が一緒に行って

結局私がみるってことじゃんって、思うよね。

みません。

旦那は確かに、

母をよく送迎してくれるし、

買い物にも一緒についてきてくれるし、

食事にも一緒に付き合ってくれるし、

手伝いはしてくれるが、あくまでも私がいて

私の手伝いってことだし、

煩雑な手続き等は、ノータッチだしもちろん。

付き添いっていう立場だけです。

母に優しい娘婿ではありますが、

介護を担っているわけではありませんし、

私が行けず、代わりに行ったこともありませんし、

そんな状況に私がならないように、とにかく準備しています。

自宅の家事が手抜きになることに何も言わないので

助かるのは助かりますが、

だから、自分がやるとかはありません。

 

だから、

介護は実際やるのは違うんだよ。

旦那の実家でも、

実際やる義母や妹は、

私と同じ感覚で、

お兄ちゃんは理想ばっかいっていると言います。

そうです、自宅でみてやって。

実際やらない者は、簡単に言うんだよね。

数年来の私の苦労をみて、ホームに入ることは

悪いことではなく、当事者も介護者にも

返って良いってことが少しはわかったようですが、

自宅にこだわり旦那です。

やりたくても出来ない。

それは結局言い訳。

やってない人は、言わないでと

心の内で、ふんって思っていた私です(笑)